ep4
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領地の端の小さな村、それがギプソフィラだ。同盟を組んでいる隣国が目と鼻の先にあり、交流が盛んだという。
「やあ、よく来たねノエル」
「はい。お世話になりますわ、おじ様」
領主はお父様の旧友である。白く長い髭を生やしているせいで、随分と年寄りに見えるがよく見れば目元のシワはそう多くはない。結婚はしていたらしいが、子供はおらず奥方はもともと身体が弱かったのがたたり数年前にこの世を去ったらしい。日本の平均的な一軒家三軒分ほどある屋敷は、たまに村の人が気を利かせて掃除をしに来る程度で、一人で住んでいるそうな。
「だからね、ノエルが来るのを楽しみにしていたんだよ。きみは覚えていないだろうけど、幼い頃に何度かここに遊びに来てくれてねぇ。子供がいない私たち夫婦を随分と楽しませてくれたものさ」
それ私であって、私じゃないです。
なんて無粋なことを言う気もなく、案内された部屋に荷物を下ろした。平民のような格好で現れた私に、大層驚いていたがむしろ好感を持たれたようで、笑って迎え入れてくれた。貴族らしさを強要してこない人で良かった。
ギプソフィラは水質が綺麗で、豊富な自然を有した土地である。建物に遮られることのない空を見るのは生まれてこの方はじめてかもしれない。金は出回っているが、自給自足で物々交換が主流らしく、どこの家庭も畑があり、そうでない家庭は家畜を飼っている。
「なら、服や本はどこで調達を?」
「隣の国だよ」
隣国クフェア。その王都は馬車で一時間ほどだそうだ。同盟を組んではいるが、一介の村民が出入りすることは難しいはずだ。小首を傾げる私へ、おじ様は自身の髭に手ぐしを通しながら話し出した。
「行商人は必ずここを通るからね。物を買ってもらったり、売ってもらったり、欲しいものがあれば用立てて貰ったりするのさ。三日に一度くらいの頻度で誰かしらは村を訪れるよ」
「誰かしら、ということは数人いるんですの?」
「ああ、そうだよ。しばらくは挨拶する日が続くだろうね。……長旅で疲れただろう? 夕飯の時に呼ぶから、それまでは好きにしていなさい」
きぃ、と蝶番が音を鳴らして部屋を後にしたおじ様。邪魔にならない場所へ適当にカバンを置いた私は、とりあえずベッドに横になった。