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ep2

ep2


 馬車というのはこんなにも乗り心地が悪かったのか。酷く揺れる車内で頭が揺れる。向かいにはこの世界の両親が身を寄せあって顔を青くさせており、隣に座るこの世界の兄はゲラゲラと偉そうに足を組んで笑っていた。


「一体、どうしちまったんだよノエル」


 窓に映るこの世界の私の顔に見とれる私へ、兄――セルジュ――が尋ねてきた。この場にいる母以外の三人は銀色の髪であり、夜でも僅かに光を反射させていた。目鼻立ちがくっきりしており、傷どころか荒れのない綺麗な肌だ。早く明るいところで瞳の色も見てみたいものだ。


「昨日までは“殿下と結婚しますわ〜!”なんて大喜びだったじゃねーの」


 ふむ。私はセルジュへなんて返そうかと考える片手間で、自分の置かれた現状を整理していた。


 どうやら私の家は三大公爵のうちのひとつで、王室の血が流れた女性を除けば国で一番偉い地位のようである。そのため両親、引いては国王と皇后は第一皇子の婚約者にと、私を幼い頃から後押ししていた。今日は第一皇子の十八歳の生誕祭兼正式な婚約発表の場であり、私はそのど真ん中で皇子に失礼な態度をとったわけだ。はっはっはっ。笑うしかないな。


 しかしそれは私の意思ではなく、私の身体の話だ。この身がどんなに尊く、気品に溢れ、皇子を愛していたとしても、他人事だ。婚約者であるという皇子だけでなく、隣に座る兄に対しても「近づかないで欲しいな」としか思わない。というか思えない。


「気が変わっただけです。恋愛ごとは、交際してからよりも片思い期間のほうが楽しいと言うじゃないですか」

「こりゃ驚いた。本当にどうしちまったんだ? 友達もいないくせに、耳年増みてーなこというじゃねーか」

「友人がいないのはお兄様もでしょう」


 三大公爵なんて言うけれど、家を継ぐであろうこの兄の口の悪さは何とかならないものなのか。ため息をつきたくなったが、身体が覚えているのだろう。前の世界では丸まっていた背はしゃんと真っ直ぐであり、自然と手を膝の上で大人しくさせ、両方の膝を合わせていた。椅子に体重を預けくたびれた座布団のような今までとはまるで違う。


「そもそも殿下は、私のことなど愛しておりませんよ」

「……」

「政略結婚であることは周知の事実ですし、殿下には他に想い人がいるようでしたので。もともと国内で変に派閥を作るのを疎んだお父様と国王の口約束でここまで来てしまったわけですし、幼なじみとして殿下には幸せになって欲しいと思うのは自然なのでは?」

「ノエル、お前そんなことまで……」


 私には断片的ではあるが、ノエルの記憶がある。映像のように鮮明なものから、ただの紙面の上の情報まで。おそらくノエルが覚えていることはそのまま引き継いでいるのだろう。

 なかなかノエルは苦しんでいたようだ。幼なじみであり、想い人との政略結婚。皇子には他に想いを寄せている人がいて、本物の愛を授かることは出来ないと、ノエルは分かっていた。分かっていたけれど、それを手放す勇気もなく、ただただこの日を待っていた。そしてなぜか私がノエルの身体に憑依したわけだ。


「まあ、なんとなく気持ちは分かるよ」


 なぜ私がノエルの身体に入っているのか。その根本は分からないが、お互い自由になりたくて、たまたま波長が合ってしまったのかもしれないな。ラジオの周波数を調整したかのように、噛み合ってしまったのだろう。とりあえずはそんな感じで納得することにした。


「さて、婚姻破棄をした私はこれからどうしましょうか?」


 ノエルの顔は、前の私よりも簡単に口角があげられるほど、柔らかい頬をしていた。

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