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第七話 コスパの魔法使い

「え?!これだけなんですか?」


 座学の最中に叫んでしまった。


 まずは呪文を教えてもらって、時間をかけて練習し苦心の末にやっと魔法を会得する。なんて思っていた。


 しかし俺が教えられたのは本当に初級の初級。最低のDクラス。

 ライターから出るようなちっちゃい火や、バチッとなって少し痛い静電気、ちょっとひんやりした風を出したり、お部屋に湿気を加えたりする魔法。

 

 それだけだった。


 時間なんてかからない。一言程度の詠唱、慣れれば無詠唱も簡単。どんなに才能のない人でも絶対できるレベルの魔法。

 教科書には、『全ての魔法はこれら初級から学び始め徐々に段階を上げていく』と書かれていた。


 しかし俺の場合は違うのだ。ここから始まらない。教えるのは後にも先にもこの初歩の初歩だけだと言われた。

 座学も30分だけで終わった。


「あの…もっとこう、強い魔法とか、ほら……召喚魔法とか……」


「そんなものいらないよ!」


 リサさんはピシャリと言って退けた。


 俺はやや気落ちしながらリサさんと2人、屋内訓練場へやって来た。

 ぐるりと防護壁に囲まれた訓練場には何故かベックや数人他の訓練生の姿もあった。


「ついにタイチ君が魔法か」


 相変わらず言葉に抑揚のないベックだが、少し興奮しているように見えた。


「なんでこんなに人がいるんだ?」


「珍しいランクの威力補正だからな。見たいに決まってるじゃないか」


「そんなもんかね」


 AだかBだか知らないが、俺はまだ一度も魔法を使ったことがないんだ。スキルがどうあれ何も実感がない。

 というか他人が魔法を使っている様子だってほとんど見たことがないんだ。

 

 リサさんが器具を操作すると、床の隙間から的が上がってきた。

 外国の映画でたまに見る射撃の練習場みたいだ。

 あれを打ち抜けという事だろうか。


「タイチ君、これはさっき教えた魔法の詠唱語のリストだ。覚えられない内は訓練の時に持っておいた方がいいよ」


 凄く分かりやすくリストにまとめてくれている。


「まずは私が手本でやって見せよう」


 リサさんは右手を構えて、指2本で照準を付けると呪文を唱えた。


「------!!!」


 落雷のような鋭い一閃が的を射抜いた。

 綺麗に的の中心に穴が空いていた。穴の周囲の焼け焦げた部分から煙が上がっている。


「おおおお……」


 カッコいい!


「これがCランクの攻撃魔法」


「威力は限りなくBランクに近いけど」


 ベックが口を挟む。

 たしかに威力は凄そうだった。


「基準はあるようで曖昧だからね。今唱えたものは呪文そのもののランク付ではCクラスだが、展開範囲を細く引き絞る事で威力を増大させている。威力は上がれどランクはあくまでC。魔力消費はそれだけ少ない」


 ほえー、すげえな。なんて俺は漠然と思っていた。


「テクニックとしては上級のものですよね」


 ベックが補足した。


「まあね。だが私は自分のテクニックをひけらかしたいわけじゃないんだ。まずこれを見せればタイチ君の凄さが分かると思ってね」


「え?俺?」


「まずは一度やってごらんよ。しっかり的を狙ってね」


「は、はぁ」


 戸惑いしかない。

 ドキドキしながら白線の前に立った。


 新しい的が床から上がってきて、俺を試すように目の前に立ちはだかった。

 まずは手を構えて、ええと、そうだ呪文の詠唱。

 どれがいいだろうか。炎も雷も冷気もなんか怖い気がする。それなら残るは一つ。水の魔法だ。

 思い切って!


「っ----!!!」


 ーーーーえ?


 割れた的が俺の横をぶっ飛んでいった。

 想像以上の勢いで発射された水流は簡単に的を破壊し、戸惑った俺の手元が狂った事によって天井近くまで龍のように登った。

 凄まじい勢いで水が撒き散らされる。

 瀧の下で飛沫を浴びているようだった。


「凄い!凄いよタイチ君!!君は素晴らしい素質を持ってる!」


 きゃあああ!と女子高生のようにリサさんがはしゃいでいる。

 普段の教官らしいキリッとした姿との随分ギャップにグッときてしまった。

 見に来ていた他の生徒達も「おおおー」と声を上げて拍手している。


「これは、予想以上だな。補正値はBランクだが限りなくAに近い」」


 ベックの言葉を聞いて我に帰ったのか、リサさんは軽く咳払いをしてたたずまいを直した。


「わかるかいタイチ君。この高威力の魔法を、君は理論上最低限であるDランクの魔力消費と最短の詠唱のみで簡単に使えてしまうんだ。本当に……本当にすごい事だよ!」


 しっかり抑えていたのに最後でどうしようもなくテンションが爆発してしまったらしい。リサさんは感極まる様子で俺に抱きついてきた!


 うわわわわわわああああ!!!!!!

 え!?え?!

 あの超美人で大女優のリサ・ベイカーが俺に抱きついてる!!!


 自分で顔が真っ赤になるのが分かった。


「絶対に私が一人前に育ててみせるからね!!」


 俺の耳元で少女のようにはしゃいだ声を出した。

 鼻血が出そうだ。


「わぁ、うわっ……」


 大きすぎる驚きと興奮と緊張の重なりに、俺はその場で安らかに気を失ったのだった。

 

-----


 全個体値マックスのポケモンを入手したポケモントレーナーの気分だったのだろうか。

 あの時のリサさんは。

 

 列車の窓を開けて風を感じながら、不意にそんな事を思った。

 

「なんだかワクワクするね!」


「ゥワン!」


 向かいの席に座った姉さんとガッツは窓に張り付いて、変わりゆく景色を堪能している。

 時間は朝10時。今日はお出かけ日和の快晴で、外の街並みもいつも以上に映えて見える。


 列車はちょうどヨーロッパ地区の上を走っていて、その街並みの見事な景観に俺も目を奪われた。


「あそこの角のケーキ屋さん、マリーさんが凄く美味しいって教えてくれたの。今度行ってみようよ!」


 列車といえどあまり速くはない。ゆっくり景色を眺めて、不意に見つけたお店に注目できる程度の余裕はある。

 この心地よいゆっくりさが、列車の内装と合わさって物凄いラグジュアリー感を出している。気がする。


 あ、ガッツがヨダレ垂らした!

 

『本日はご乗車誠にありがとうございます。中央図書館線。当列車は間もなく終点“中央図書館駅”に到着いたします。お忘れ物ございませんようシート下の収納スペースなど今一度ご確認の上お降りくださいませ。本日はご乗車ありがとうございました』


 アナウンスが鳴り、元々遅かった列車がさらに減速していく。

 俺と姉さんはシートに垂れてしまったガッツ汁をなんとか到着までに隠蔽しようと必死に拭いていた。

 ガッツは、そんな俺たちの姿を申し訳なさそうな上目遣いで見ていたのだった。


 駅舎に降り立った俺たち3人は、巨大な駅舎の建築美に目を奪われながら人混みをかき分ける。

 凄まじく高い天井には星空の光景が映し出されていて、人混みの中なのに思わずチラチラと見上げてしまう。


「同じ街の中なのにここは都会って感じが凄いね!」


 姉さんは低い背で他の人に揉まれながらも、先へ進もうと必死だ。

 ガッツなど時々聞こえてくる困ったような鳴き声がなければそこにいるかどうかさえ分からない有様だ。


 こうなったら!

 俺は姉さんの手を取った。


「あ!タイチ君」


 姉さんは驚いた様子だが、嫌がる素振りは見せなかった。


「姉さん大丈夫?」


「……うん」


 恥ずかしそうに少し顔を赤らめている。

 いつもはズイズイ進む人なのに、こういう時はこんな顔もするんだな。

 俺が先頭に立って進もう。


「ガアアアッツ」


「ワオッ!」


「ドッキング!!」


「ウオオオオオン!」


 勢いよく駆けてきたガッツが俺の背中にダイブし、全ての脚で器用に背中をガッツリホールド!!暇を持て余していた時に遊び半分で仕込んだ必殺の兄弟合体だ……!!

 別にこんな時を想定なんてしていないが、思わぬところで役に立った。


「何やってんの?!」


 先程とは違う意味で顔を赤くした姉さんが俺達の脇腹を小突いてくる。

 周囲からの視線をビシバシ感じるが、そんなこと気にしていてもしょうがないぜ。


 これなら絶対にはぐれる心配はないだろう。

 ガッツを顔を見合わせてニヤッと笑った。


 図書館入り口は広く厳しく、そして厳重だった。

 ガードマンらしき屈強な男が二人、扉の前で腕を組んで立ち塞がっていた。一人は岩のようなゴツゴツした肌で、もう一人は一見人族のようだが、耳や頭の先がツンと尖っている。


 今日のお出かけの目的はもちろんこの図書館だった。

 ついに申請が通り入る許可が降りたのだ。

 

「入館の方ですか?許可証の提出をお願いします」


 受付には髪を綺麗にまとめて制服も綺麗に着こなしスラッとしたシルエットの見目麗しいゴブリン女性が座っていて、俺たちに声をかけてきた。


「はいどうぞ」


 ややガッツのよだれが付着している入館許可証を手渡した。

 ゴブリン女性は許可証を一瞥すると、パッと空気中に浮かび上がった魔術的なキーボードを手早く操作して、これまた同時に発生した半透明のモニターの内容を確認している。


「確認いたしました。タイチ様とそのご家族ですね。図書館へようこそ。知の宝物庫はあなた方を歓迎いたします」


 ゴブリン女性は手で扉を示し、それに呼応するようにガードマン二人が扉を開けて俺たちを中へ誘導した。


 俺はもちろん推薦状の力で入場を勝ち取ったのだが、姉とガッツに関してはなんと自力での入場だった。


 ガッツは働いているドッグカフェで過去最高の売り上げを記録し、界隈に大きく名前が売れて審査に非常に有利なこともあって入場許可が降りた。


 姉さんはまだ働いていないにも関わらず、とにかく広いむしろ広大とまで呼べるほどの交友関係が許可足り得る根拠となったらしい。


 凄いな二人とも……、しかし俺だって頑張ったぞ!胸を張れ!


「少し暗いね」


 明るい外とは違い極端に薄暗い館内は、静かで外光の入る余地が無く密閉されていた。

 点々と道標のように灯った明かりがかなり奥まで続いているので、随分広い事は分かる。


「こちらへ」


 暗闇で光る目が俺たちを呼んだ。


「!?」


 ひえぇっ!

 ここは図書館、静寂が何よりのルールだ。声を上げる一歩手前でなんとか踏みとどまることができた。


 パチンと音を立ててランプに明かりが灯った。

 声の主がランプの線を引いたようだ。


 明かりが灯ったことで、その場に受付テーブルがあることが分かった。

 三日月のようなニュッと細い目をした男の猫人が受付に座ってこちらを見上げていた。


「こちらで図書館利用についての説明をいたします。単純明快。お静かに。持ち出し厳禁。蔵書を傷付ければ重い罰があります。以上です。何かご質問は?」


 一気に喋った後、どうだと言わんばかりに再びこちらを見上げてきた。

 しっかり喋っているのに体は微動だにしていない。鋭い目がこちらを品定めするようにニュッと動くだけだ。


「蔵書の区分はどうなってるんですか?あと随分暗いようですけど、明かりの貸し出しは?」


 姉さんがテーブルに身を乗り出すように質問する。猫人の鋭い眼光にやり返すような態度だ。

 猫人がニュッと笑うように目を細めた。


「棚にはそれぞれ番号が振ってございます。番号にはそれぞれジャンルが割り当てられております。詳しくはこちらをご覧ください」


 机の下からスッと紙を一枚出した。

 猫人が今言った内容が詳しく書かれていた。


「まずは各々の机を確保ください。そちらに持ち運べる明かりが備え付けてございます」


 猫人は俺たち全員を見回すと、もう一度ニュッと目を細めた。


「もうよろしいですか?」


 それではごゆっくり。猫人は俺たちを本の海へ促すとランプを消して再び闇に消えた。


---


 机の下にあった小さなランプは、持ち上げると自然に明かりが付いた。

 これがこの場所を冒険するためのアイテムだ。


「なんだか洞窟探検みたいだね!」


 会話は小さな声で。

 ランプに照らされた姉さんの顔はワクワクを抑えきれない様子だ。


「姉さんは何探すの?」


「今日は地図見たいの。えっと……地理だから6番の棚か」

 

「ガッツは……」


 ランプを咥えたガッツはさっさと棚の間に分け入って行った。


「何探すんだろうね」


 ガッツは俺が知っている犬じゃない。

 この世界に転生した存在は、人も犬もその他全ての生き物も同じ条件だ。寿命も肉体もそして思考領域も。


 難しい話で俺じゃあ上手く説明できない。

 だがとにかく言えることは、ガッツは少しずつ頭が良くなっていくということ。

 俺たちと同じように。やがて人間のレベルにまで。


 そのうち同じ言葉で話をしたり、一緒に飯を食いに行けたらいいな。なんて、深く考えもせず気の抜けたことばかりを考えている。


「さてと」


 俺もしっかりランプを引っ提げてこのダンジョンを攻略しなきゃ。

 目指すは宗教学の棚。地図によればそれは図書館の奥の奥だ。


 暗い図書館の中をランプを持って進んでいると隠者になったような気分になる。

 同じように明かりを手にあちらこちらへ彷徨う人々。ゆらゆら揺れるランプの光。時々止まって上へ下へ。

 ランプを手に持った時から自分も景色の一部に、絵の中の人物になっているような不思議な感覚。

 

 たどり着いた棚には綺麗な装丁の分厚い本が並んでいる。

 金縁の背表紙を眺めながらどれだろうかと視線を走らせる。 

 不意に隣に誰かが立った。

 

 盗み見れば俺と同じようにランプを掲げ、一心に連なる背表紙を解読しようとしている。

 

 どこかで見た覚えがある顔だ。この掴みどころの無いふわふわした感覚は、この人物は俺が転生する前に見た顔だということを示している。


 そう、そうだ。この人は売れっ子アイドルの飴宮アンリ。

 右の目元の二つ並んだ黒子が印象的で、柔らかな表情が印象的な人。

 代表曲は『春の女神』

 時間が止まったように、その横顔を眺めていた。

 小さな顔、大きな瞳に小ぶりな鼻と口元。

 

 ああ、俺!ファンです!

 ランプの光で浮かび上がる顔は、暗闇の中で光る女神のように見えた。


 そうだ。女神。


 マリーさんからもらった手帳の内容が思い出される。

 この世界の二人の女神。今でこそキラキラ女神様が主流だが、ボロボロの方にもかつては立派に信仰があり世界を二分していたらしい。

 それが次第にキラキラな方が優勢になり、同時にボロボロの方の信仰は衰退し、今では信者もほとんど残っていないらしい。


 この図書館はキラキラ陣営が運営する場所だ。もちろんボロボロ女神を賛美するような書物は置かれているはずもない。

 しかしその信仰の移り変わりを記録した文献があるかもしれないし、けなし半分であってもボロボロ陣営の主張をまとめた書籍があるかもしれない。

 俺が探すべきはそういうものだ。目を皿のようにして、見つけ出すんだ。


「あの、何か?」


 鈴のような綺麗な声が俺にかけられた。

 目の前の飴宮アンリらしき女性は怪訝そうな顔で俺を見ている。


「あ……!あの……」


 気付けば見つめたままになっていたようだ。

 そんなメンチを切っていたつもりはないが、美人すぎたため思わず見惚れてしまっていたらしい。


「飴宮アンリさん……ですよね?」


 一瞬の沈黙。

 その直後飴宮アンリの綺麗な顔が、ぐにゃっと曲がった。

 曲がったという表現はおかしいが、そう思うくらい顔をしかめられたのだ。


「なんだてめぇそういう口か。知った顔だと思って馴れ馴れしくするんじゃねえよ!」


 物凄い勢いでそんな言葉を吐き捨てられた!ひえぇええ!

 俺そんな、そんなつもりじゃ……!

 というかこんな人なの?


 戸惑う俺を他所に、目の前のアイドルはこちらを睨みつけてきている。

 怖い!!



つづく

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