第三話 適正検査(仮)
暗闇の中で出会った不吉な女神。
それについては姉にだって話せない。いや姉には絶対にダメだ。
昨日のような事にはもう巻き込みたくない。
俺の知り合いといえば、髭面ベックや市場のオヤジくらい。もちろんそっちも話せない。
相談する相手を間違えば、またベックの時のような事になるだろう。
まず俺は例の光り輝く女神の事も知らないのだ。
できるだけ自分で調べて、考察できる情報を揃えなきゃいけない。
街には巨大な中央図書館がある。街の見学ツアーの時に紹介された。
そこで調べるのがおそらく一番だろう。
しかし図書館に入るには許可が必要だと、ツアーのガイドさんが言っていた。
今度ベックに詳しく聞かなければ。
「ただいまー」
俺の気配を察知していたのか、玄関で犬が待ち構えていた。
まるで久々の再会のように再び熱烈に歓迎してくれた。
「分かった分かったって!」
もふもふした感触が体にまとわり付くので嫌な気はしない。むしろ心地よかった。
ひっつき虫のような犬を引きずりつつ台所へ向かうと、姉が洗い物をしていた。
一瞬『幼妻』という言葉が浮かんだが、何て不埒なことを!と頭を振ってそれをかき消した。
「おかえり!早く朝ごはん食べよう」
テーブルにはさっき買った朝食が皿に乗って出ていた。付け合わせにスープとサラダも用意されている。
凄く腹ぺこだ。
犬もテーブルに並んで座り、犬用の皿には薄い味付けの焼いた肉や芋が盛られている。
「「いただきまーす」」
3人で暮らし出して1ヶ月。最初は家事が全く出来なかったが、やっと慣れてきた。
料理だってもう色々できる。
しかし姉は誰より早くこの環境に順応していた。
料理も家事も、異常なスピードで上達していく姉には遠く及ばない。
犬は用意されていた食事を速攻で完食し、俺の方へやってきた。テーブルの下から顔を出して、「くれるよな?くれるんだろう?」という顔で見上げてきた。
可愛い顔しやがって。どうしようかな。
ネギは犬には毒だ。鶏肉ならいいか。
「コラ!ガッツ!タイチもあげちゃダメだよ」
そうそう、犬の名前はガッツに決まった。
ベルセルクの主人公の名前だ。
ガッツは不服そうにバォッと吠えたが、それでも姉には逆らえないので、そそくさと逃げていった。
「ガッツは食べたいだけ食べちゃうんだから、あんまりあげたら太っちゃうよ。おねだりに負けちゃダメ」
逆らえないのは俺も同じだ。
「ごめんごめん」
犬という生き物はなんであんなに可愛いかね。つい甘やかしてしまう。
「そういえばさっき連絡があってね、マリーさんが午後から遊びに行っていいかって。日本の住居に興味があるんだって。構わないかな?」
「おー、大丈夫」
「良かった!それじゃあ来ても大丈夫って返事しておくね」
マリーとは姉さんが一週間ほど前にティーサロンで知り合った女性だ。自称『街外れで一人寂しく暮らす老婦人』らしい。
ただ姉の話では、只者ではない雰囲気があったとか。
何やら緊張してしまう。
姉は住家に着いて数日もたたない内から積極的に街に繰り出し、知り合いや友達を作っていた。
俺にも紹介してくれたり、家に招いたりしている。
姉はあっという間に友達ができるのだ。
よその人種や種族のコミュニティにも顔を出して友人を増やしているらしい
本当に凄い人だ。
俺も見習いたいが、どうやったらそうなるのか分からない。
朝飯を平らげてお茶を飲んでから、この後どうするか考える。午後までは暇だ。
転生後の1ヶ月間は街の見学ツアーや施設紹介などを受けるのだが、それも数日だけで特にやることもなく毎日本当に暇だった。
そういう時、俺はガッツを連れて適当にぶらぶらする。今日も昼までは散歩で時間を潰そう。
「散歩行こうぜ散歩」
ガッツは嬉しそうに飛び上がり、軽い足取りで玄関へ向かった。
「散歩行くの?」
「ちょっとな。マリーさんが来るまでには戻るよ」
「散歩のついでに甘善堂よってきてよ。今日のお茶菓子にするから」
「和菓子でいいの?」
「うん。ねりきり買ってきて。掃除するから出る時間ないの」
お使いを頼まれた。
姉はガサゴソと掃除道具を持ち出している。
俺が見る分にはどの部屋も綺麗に片付いていて埃も見当たらないが、老婦人マリーを迎え撃つにはまだ不足らしい。
掃除をする姿を見ていると、姉よりも箒の方が背が高い事に気がついてしまった。
「本当に幼妻だな」なんて言いそうになって慌てて口を塞いだ。
お金を受け取り、急いでガッツと出発する。
「ガッツ、今日は帰りに寄り道するからな」
ガッツは少しこちらを振り返った。
理解しているかはわからないが、何となく色々話しかけてしまう。
実はこっそり女神について話した事もある。
ちなみにガッツはリード無しで散歩している。特に問題無いとベックが言っていた。
「どうしたまた散歩か」
「ぎゃあああ!!べべべ、ベック……さん」
「さんはいらん」
心臓に悪い!突然ベックが現れた。
「何かご用ですか……?」
「どうしているか様子を見にきた。一年間は手続きやら仕事のことやら俺が面倒を見る事になってるんだよ」
「なるほど……」
「サクラさんからよく散歩をしていると聞いたぞ」
「それしかする事がないんだよ!」なんてもちろん言えず、
「散歩が好きなもんで……」
へへっと、曖昧な笑みを浮かべて返した。
一度俺を殺そうとしたやつだ。1ヶ月前のことだがまだ怖いものは怖い。
「積極的に外に出るのはいいことだ。引きこもっちまう奴もいるからな」
姉さんのようにポンポンお友達ができるわけでもないけどな。
「今日午後からは暇か?」
「今日はちょっと。お客が来るから」
「そうか。適性検査の話をしたかったんだが、また日を改める」
適性検査。そういえばそんな話もあったな。
転生した者は皆何かしらスキルを1つ女神から貰う。そしてそれを検査する事で、どんな職業に向いているか診断するらしい。
本当にRPGの世界みたいだ。
自分がどんなスキルを持っているか、実はちょっとワクワクしている。
「来週検査だからな。書類も送ってあるから、名前と住所を書いて当日持ってきてくれ」
なんだか健康診断みたいだな。
そういえばベックに聞く事があったのを思い出した。
「俺、図書館に行ってみたいんですけど、申請してからどれくらいで入れますかね?」
「図書館?あー。今は無理だと思った方がいいぞ。あそこは希少本が多いから」
なんと、いきなり当てが外れた。
「日頃の生活態度とかから査定されるから、少なくとも一年は街で暮らさないとな。査定基準を満たしていないと判断されて大抵弾かれちまう。よっぽどコネでもない限りな」
コネの心当たりが全く無い。姉さんに聞けば何かあるかもしれないが、ここで頼るのも良くない気がする。
「ありがとうございます。とりあえず試しに申請やってみますよ」
「ダメ元で考えておけよ」
「それじゃあ俺行きます。姉さんに頼まれた事あるんで」
他に手を考えないとな。
どこかに貸本屋があったような気がする。
「裏路地は通るなよ。治安はいいが何も危険がないわけじゃない」
「はーい」
俺は早足になった。するとガッツも合わせて早足で動く。
さっさとこの場から離れたかった。
走る内にだんだんガッツが勝手にスピードを上げて、それに俺も合わせる。それを繰り返す内にお互い全速力になり百メートル走でもしているようになった。
二百メートルほど走ったところで気持ち悪くなり、道端でしゃがんで吐きそうになっていた。
ガッツが心配そうに覗き込んでくる。
食後に急に激しい運動をするもんじゃないな……。
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甘善堂はまさかの異世界和菓子屋だ。
和菓子の知識を持って転生した有志が集まり運営している、この街一番の和菓子屋。
姉が何度か買ってきてくれた事がある。
ねりきりのねっとりとした白あんは、まろやかな口溶けで美味しかった。
老舗和菓子店みたいな立派な店舗には人が溢れていた。
日本人だけじゃない。違う人種からそもそも人間じゃないやつまで。
着物姿の店員さんが忙しそうにしていた。
店内にある座敷のイートインも満席だ。トカゲのような見た目の生き物が美味しそうにみたらし団子を頬張っていた。
皆の食事風景にガッツが涎を垂らしている。
どれを買おうかな。ねりきりだけでも色々並んでいる。
迷っていると、背中を突かれる感触があった。
「ん?」
振り返ると大きな口が!
「うわっ」
「驚かしたか〜ごめんごめん。ワシよう怖いって言われるけんな〜」
突然大きな口からフランクな言葉が飛び出てきた!
何?自動翻訳の魔法がバグってる?
俺に話しかけるそれは、巨大な蛇の口だった。
俺なんか丸呑み出来そうなサイズの蛇が、和服を着て喋っている!
「ワシこの店初めてなんやけど、にいちゃん何が美味しいか教えてくれんか?」
「えっと、あの」
長い舌が出てきてチロチロと揺れた。
「そりゃこの見た目怖いわなぁ〜やけど安心しまいよ。ワシもにいちゃんと同じ日本出身やけん!」
声がデカい!
言葉は関西弁と似ているようだが少し違う。
しかし日本出身?喋る蛇なんて聞いたこと無いぞ!どこの日本だ!
「まあ細かい事は気にせんと〜教えてや!」
細かいかどうかは分からないが、出来るだけ相手の姿を気にしないようにしつつ言葉を返す。
「え、ええと……ここは、ねりきりとか、どら焼きが結構好きです」
「ほんまか!ありがとう!ちょっとお姉さん、このねりきりとどら焼き二つ!こしあんのやつ!」
勢いが凄い。
俺とは違う生き物だ。もちろん蛇と人間で種類が違うけれど、そういう意味じゃない。
「にいちゃんほんまありがとな!ワシ鳥居の向こうでウワバミって店やっとるけん良かったら遊びに来てな〜」
尻尾の先で器用に会計を済ますと、また賑やかに声を上げて嵐のように去っていった。
鳥居ってなんだよ。神社の入り口のアレってのは分かるけど、異世界にもあるの?
疲れた気がする……。ねりきり買ってさっさと帰ろう。
しかし俺はまだ知らなかった。この後更にスパイシーな人物との出会いが待っていることを。
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老婦人マリーはなんと馬車に乗って現れた。
馬の蹄の音が日本人街に響き、ご近所さんが何事かと玄関から顔を出している。
従者が扉を開け手を差し出すと、そこに青白いシワシワの手が重なった。
馬車の中から現れたのは、身なりのいい白人のお婆さんだった。
「んまぁ可愛らしいお家ですこと」
「マリーさんいらっしゃい」
姉さんが親しげに声をかけて、従者からマリー老婦人の手を預かった。
「さあ上がってください」
「ええお邪魔します」
体はよろよろとおぼつかないが、物言いはしっかりとしていた。
マリーさんは姉の手を借りながら客間の椅子にゆっくりと腰掛けた。
俺たちも椅子に座り、皆で机を囲んだ。
「突然ごめんなさいね。お宅にお邪魔しようだなんて本当ならもっと前に声をかけるべきなのだけど、急に暇ができたものだから」
「お忙しいですもんね。来てくれて嬉しいですよ。マリーさん紹介します。こちらが私の弟達です」
幼い見た目の姉にこんなオッサンを弟だと紹介されて、なんとも恥ずかしかった。
「タイチと」
「ど、どうも……」
「ガッツです」
「ぅわぉん!!」
「ふふふ、皆さん若々しいですこと。もちろん見た目じゃなくて内面のお話ですよ」
マリーさんはニヤリと笑う。
「そ、そうですか?」
「見た目はどうあれ、私のようなここの暮らしが長い者からすればよく分かりますの」
そんなものだろうか。
「でも皆さんから見ればあたくしも面白いものですわよ。だってこんなお婆さんでもまだ25歳なんですもの」
「25歳ですか……!」
こんなお婆さんが?
いやしかしそうだ。この世界ではどんな姿だろうが、あの実から生まれてからが人生の始まりだ。
どんなに年老いていても、生まれたばかりなら0歳。どんなに幼い少年でも、50年生きていれば50歳だ。
「面白いでしょう?こんなあたくしもまだまだ女盛りなんざんす。転生した皆さん最初は混乱されるものだから、若い方に年齢を明かすのが楽しみで」
扇子を口元に当ててほほほと笑う目の前の女盛り25歳は、どう見ても80歳にしか見えなかった。
「そろそろお茶にしましょうか。タイチ、お願いしてたやつ用意してもらえる?」
「わかったよ。まってて」
お茶とねりきりの用意をしに台所へ向かう。
「はああああぁあ」
やかんに水を汲みながら、体から力が抜けて大きな息が出た。
正直緊張した。
マリーさんは穏やかで品のあるお婆さんだったが、同時に否応なく背筋が張り詰めるような緊張感も放っている。
姉さんの言う通りだった。今なら何となく分かる。たしかにあの人は只者ではない。
少しの間でもあの空間から離れられるなら有難い。
しかし姉さんはあんな仙人のような人と、よくずっと話していられるな。
ねりきりを皿に取り分け、緑茶と一緒に盆に乗せて持っていく。
「お待たせ」
「ありがとう」
ガッツは姉さんの影に隠れてチラチラとマリーさんを見ている。コイツが人見知りするのは珍しい。
「ガッツちゃん、ガッツちゃん」
マリーさんがこっちへ来いと手招きすると、恐る恐るという感じで前へ出た。
そこでマリーさんが優しく頭を撫でると、表情が和らいで尻尾を振りだした。
ガッツを撫でる表情が優しい。少し怖いが悪い人ではないと分かる。
「可愛らしいこと。この世界は馴染みがない生き物ばかりで、こんな可愛い子に会えると安心しますわね」
マリーさんの言うことも分かる。
街には生まれが地球ではない種族も多く、動物も見知らぬものばかり。
さまざまな種族がごった返すような場所で、人間や増して犬や猫に出会うことはなかなか珍しい。
俺は皆にねりきりとお茶を配った。ガッツには犬用ビスケットを。
「まあこれが」
「前に話したねりきりです。ぜひ食べてもらいたくて」
「嬉しいわ。いただきます」
花の形に作られた桃色のねりきりだ。
竹の楊枝を刺して割る。
「不思議ね。これが……あんだったかしら?その感触なのね」
頬張るとマリーさんは微笑んだ。
「美味しいわ。優しいのにしっかり甘くて。今までにないお味」
「良かったです」
「たしかお店にカフェもあるのよね?今度ご一緒にいかがかしら?もっと色々試してみたいわ」
そんな感じでおしゃべりが長々と続く。
まさに御婦人の会話という感じで、俺にはついていけない。途中からガッツの相手をしていた。
「そうそう、皆さん1ヶ月ですのよね?適性検査はお済みになったの?」
「いえそれはまだ。来週に検査なんです」
午前中ベックと会った時にその話になったな。
「まあ、お二人とも幸運ですこと。あたくしが役所勤めなのは以前お話しましたけど、実は適性検査の担当をしておりまして…」
「幸運、なんですか?」
「それはもちろん。補償いたします。適性検査とは言いますが、いただいたスキルによっては勝手に未来が決められる理不尽極まりないものです」
基本穏やかな口調の人が、「反吐が出る!」とでも続けたいような荒んだ言葉尻になった。
「例えば料理に向いたスキルを持つ人は、それだけで料理人の職を勧められます。もし他の職を目指そうとも、履歴書の欄に料理の名が有れば、何故ここに来た場違いだろうとなって落とされる、なんて話は掃いて捨てるほど!」
マリーさん自身そういった経験があるのかもしれない。
「もし将来こうなりたいという希望があるのでしたら、検査の結果にあたくしが少し“手心”を加えてそちらに寄せるように取り計らう事ができます。お二人とも何かご希望あって?」
将来か……。あまりにも漠然としていて、きっとそれをはっきり決められるのは、まだまだ先のような気がする。
姉さんも少し考え込んでいるようだった。
「私は……、冒険家かな」
「まあ!」
「担当の人から聞いたんです。この世界はまだ出来てから歴史が浅くて、広い世界にはまだまだ誰も踏み入ったことのない場所がたくさんあるって。私冒険とかすごく興味があって、そういう未踏の地を旅して何があるのか見てみたいんです!」
言葉から情熱が溢れ出ていて、圧倒された。
「素晴らしいわ!こんな素敵な夢を語る方今までお目にかかったことありませんわよ!あたくしが小さかったですわね。あなたには履歴書なんて小さな話する必要もありませんでした」
対して俺はどうだ。まだ何をしたいかもどうするべきかも分からない。
「タイチはどう?」
姉さんに聞かれて焦った。何と言えばいいだろう。
「俺は……まだ何とも……」
気弱になってしまった俺をガッツが心配するように鼻で押してきた。
ポンと姉さんが肩に手を置いた。
「将来なんて、後から考えるタイミングなんていくらでもあるし気にしなくていいんだよ。今は今が一番大事なんだから」
「焦る事なくてよ。自分のやりたい事よりやれる事を目指す方も多いんですのよ」
マリーさんは完全に孫を見る祖母の目だった。
元気付けられたような情けないような。まあそれでも落ち込む事はないだろうな。
「まずは何より診させていただきましょう」
マリーさんは姉の手を取り、額に当て目を閉じた。
普段の動作とは違う仕事の手つきだ。
「見える。ええ見えます」
手を離した。
「これは、素早い、流れを読むもの。そうですわね」
メモとペンを取り出し目を閉じたままサラサラと何か書き出す。それは複雑な記号のようだった。
そして目を開け自分の書いたそれをまじまじと見つめたのだった。
「これは、そうこれは“魔力感知”。しかし通常のものとは違いますわね」
「というと?」
「正確性と速さが他とはまるで格が違う、と評価させていただきます。ここまでですと魔力の流れを読む事で先の事象をある程度予測できるほどになりますわね。それを加味した上で、“魔力予知”と名付けましょう」
「「おおぉ」」
これがプロのお仕事!俺と姉2人の感嘆の声が上がる。
「迅速な行動が常で何事も先を読んで動くあなたがこの力を得るなんて、あたくし末恐ろしいですわよ」
マリーさんは悪戯っぽく姉にウィンクした。
たしかにマリーさんの言う通り。姉の強みを更に強化するようなスキルだ。正に鬼に金棒だな。
「えへへ」
姉さんは照れたように笑っていた。
次は俺の番だ。ドキドキする。
「それでは、お手を拝借」
俺の手を額に持っていく。
「まあ何かしら。これは……、ありふれているけれど、違う、何か大きな、暗い場所、誰かいる、ああ……あなたは……」
どうしたんだ。何が見えたんだろう。
良からぬものが見えたのではないかと不安だった。
マリーさんはペンを持った。しかし紙に書く手が震えている。
紙に書かれたもの、それは黒く塗りつぶされた円の形。穴のようにも見えた。
「……あなたのスキルは“魔力補正”」
補正?それは一体どんなものだろうか。
「魔法を放った時に自動で補正が入り、決まった威力に修正されます。例えば補正の値が中級魔法程度で有ればどんなに弱い魔法でもどんなに強い魔法でも、使った時には中級魔法の威力にしかならないのです」
なんだか弱そうに聞こえる。
「俺のスキルは、弱いんですか?」
「まあお待ちなさい。まずは説明を聞いてくださいまし」
マリーさんは魔法のランクについて語りだした。
攻撃魔法にはA〜Dまでの威力のランクがある。
Dが最弱。ライターの火、ドアノブを触った時の静電気、冬場の凍った水たまり、程度の魔法。
Cは明確な攻撃。大きな火傷、全身の痺れる感電、周囲が凍りつく冷気。程度の魔法。
Bは殺傷力。黒焦げにする炎。ショック死する電撃。凍傷になる温度。程度の魔法。
Aは天変地異。全てを焼き尽くす豪炎。天から下る雷鳴の一撃、全てを静止させる絶対零度。程度の魔法。
「才能ある魔法使いが鍛錬を積んだところで、たどり着く先はBかAの足元程度ざんす。魔法にも人の域がありますの。人の出力、人の技術、それを超える力を持つという事はまさに神々に域に近づくということに他なりません」
マリーさんは震える手のまま懐からタバコを出した。
「ごめんなさい。よそ様のお家で勝手に吸うなんてこと。でもどうか一本だけお許しくださいまし。じゃないとあたくし気持ちがどうにも収まりませんの」
「え、ええ」
姉が動揺しているのを見るのは初めてかもしれない。
「一体何が見えたんですか?」
マリーさんは椅子の背もたれに体を預け、不安げに両腕を組んだ。
そして意を決するように口を開いたのだった。
「あなたのスキルは、Aランクの“魔力補正”なのです」
つづく