彼女と笑顔の価値
美原風香様とハクア様主催の現代恋愛短編小説投稿祭り、その流れで私みたいな弱小魔王の作品にも来訪してくださる方がいるんじゃないかと思い立ち、書いてみました。交際経験なしの童貞魔王が、妄想で書いた恋愛論です。よかったら、どうぞ。
「すまないな、わざわざ呼び出して」
「まったくだ」
席に着くや否や、辞令的な言葉の応酬を済ませる二人の青年。
国道が走る大通りから一つ折れ曲がった8号線、更にそれの路地に入り口を構える喫茶店内で、二人はいかにも大仰な雰囲気のもと会話を始めた。
「で、何の用だ。本来ならお前は相方と出かけるべきなんじゃないのか」
「相方って、そんな遊郭じゃないんだから。そりゃ、俺も栄とデートに行きたいさ。それに問題があるから、こうしてお前に相談に来たんじゃないか」
「そうか、帰る」
「おい、待てよ」
胡乱な目を向けながら場を立ち去ろうとした青年を、腕を掴んで引き留める。テーブル越しに掴んだせいでかなり前傾姿勢になって、非常に不格好だが目には話が終わるまで絶対に帰さないという意思が表れている。
「ああっ、仕方ないな、話を聞こう。けど、一時間以内に終わらせてくれ。今日は密林からパケが届くんだ。早く包装から解放して読み込んであげなければならん」
「また、エロゲかよ。毎月毎月、よく続くなあ」
「高校生の癖に彼女と朝昼晩喚いて乱痴気やってる野郎にはわからんさ」
「そうか?お前も彼女くらい作れると思うけどな」
「残念だが俺には人体錬成術は使えそうにない」
「なんじゃそりゃ」
「故に、お前の交際事情について物申すことは、俺には荷が重い。気も重い。だから、話だけ聞いてやる。さっさと話せ、手短にな」
卓上にはグラスとソーサーのみが置いてある。入店以来一切注文もせずに話し込む二人を店員は怪訝な目で見ているが、店はほぼ無客状態なので見逃されている。
歪な氷が浮いたグラスから水分を補給すると、話を促された青年は相談を始めた。
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相談者の青年は、同級生の美濃部栄と交際している。
良好な関係を築いている自覚があったし、二年間、徐々に距離を近づけつつともに充実した時間を過ごしていた。
「だけど、二週間前くらいから栄の様子がおかしいんだ。その、栄の笑顔がぎこちないっていうか、辛いことを押し殺して無理やり笑顔を出しているって、そう感じる」
「ふーん。お前がする惚気話の筆頭格だよな、笑顔。太陽だの向日葵だのと陳腐な比喩を使って称賛してた、あれのことだな。それが、消えたと。すごいすごいと他人に喧伝しまくるから恥ずかしくなって引っ込めたんじゃないか」
「それなら、やめてくれって言ってくるはずだよ。それに、栄はあくまで笑おうとしてくるんだ。あんな辛そうな顔、見てられない」
「・・・お前な、それって・・・・・・」
「何だよ」
「いや、今はいいか。それで、その鬱の原因はお前にあるのか?それとも相手側の問題なのか?」
「それがわからないから困ってるんだ。いや、直接聞いてみろって言いたいのはわかる。実際聞いてみたんだけど、ただ顔を歪めるだけであいまいにはぐらかされた。あの顔をされると、それ以上踏み込んじゃいけない気がしてさ・・・」
「そーか、じゃあお手上げじゃねえか。鬱の原因すらわからないなら、手助けなんて絵空事だ。できやしない」
ふたりが、いったん押し黙る。その瞬間を見計らったように、ウエイターが注文を取ってきた。適当にミルクティーと抹茶ラテを注文し、再び話し始める。
「もしかしたら、栄のおじいさんの話じゃないかと思うんだ。いや、俺もほとんど知らないんだけど、栄のおじいさん、喜左衛門さんは何かの事件に関係して拘留されてるんだ。それで、交際するときに大分引け目を感じてたみたいなんだけど、今の栄の様子があの時と似てる気がする。ただ、あの時よりも憔悴がひどい。くそっ、いったい何があったんだろう」
「喜左衛門か、茶碗みたいな名前だな。だが、家庭の事情ならお前には踏み込めはしないな。いや、強引な彼氏気取って無理やり介入する道もなくはないが」
「それは、考えた。ただ、俺は栄に笑顔を取り戻してほしいだけなんだ。俺が強引にねじ込んでそうなるならいいんだけど、たぶんそれじゃあ意味がない。もっと、栄に寄り添った方法を考えないと・・・」
「そうか、そうか」
それから、また沈黙が流れる。二分ほど静寂が続いた。相談を受けている青年が、何か喉につかえたものを声に出そうとして、喉佛を上下させている。やがて口を開こうとしたときに、注文の品が運ばれてきた。
「ずずっ」
苦い顔でミルクティーを啜る青年と、苦悩の表情で唸りながら抹茶ラテを口腔に流し込む青年。
そして、ミルクティーから唇を放した青年が助言を与え始めた。
「なあ、俺には交際経験がないし人付き合いもお前ほど頻繁にないから、人間関係の助言はしない。できん。ましてや友人の彼女の家庭の事情について推測して話すなんて時間の無駄もいいところだ。そもそも俺は肝心のお前の彼女とすらほとんど会話をしたことがない。総合的に、この件でお前に言えることはほぼない」
「そうか、そりゃそうだな。だけど、お前がそうやって前置きするってことは、何か言いたいことがあるんだろ」
「別に、言いたいことはない。ただ、思ったより重い話だったからな。このまま何も述べずに帰っても心措きなく女の子を攻略できない」
「ふはっ。そうか、お前らしいな」
「俺が言いたいのは、というより聞きたいのは一つだ」
「お前が彼女を笑わせたいのはどうしてだ?」
「そりゃあ、苦しそうな顔や泣きそうな顔よりも笑っていてほしいだろ。当り前じゃないか」
「それはそうだ。笑顔でいてほしいのという感情は健全だと思う。だがな、笑顔を神聖視するあまりほかの表情を全否定するのは、傲慢な感情だと思う」
「な、そうか?」
「俺の感想だがな。お前の口ぶりだと、まるで笑顔ではない彼女には魅力がない、だから笑顔を取り戻してほしいという意思が含まれている気がする」
「そんなことは言ってないぞ。ただ、苦しそうな顔を見たくないだけで」
「それだ。「見たくない」ってのはつまり、その表情を浮かべる彼女に対して拒絶の感情を抱いているという事だろ。お前にとって、笑顔の消えた彼女は彼女ではないのか?」
「いや、俺は、そんなことは!・・・・・・ただ、確かにどうしても笑顔じゃない彼女を見てると、空しくなるのはそのとおりだな。これって、醜い感情なのかな」
「そうは言わん。それを醜いと断罪すれば独占欲や支配欲や嫉妬心といった恋愛には不可欠な感情すべてを否定することになるからな。醜くはないが、少し固執しすぎな気がしただけだ。まずは、笑えない彼女を受け入れてみる努力から始めたらどうだ。たとえ彼女の悩みが解決できないものだったり手遅れだったりしても、お前とうまくいっていればそれはトゥルーエンドだ。少なくとも、エロゲならそうだ」
「うえっ、いい話だと思ったのに結局エロゲかよ」
「ああ、もちろん。お前もそういう視点から意見を聞きたいから、俺に相談したんじゃないのか」
「まあ、そうとも言える。いや、エロゲの話じゃないけどな。ただ、助言に関してはすごく染みたよ。もう少し、栄を知って受け入れる努力をするよ。栄の価値は、笑顔だけじゃないからな」
「そうか、じゃあがんばれ。おお、いい時間だ。ブラックキャットが来るのは十五時だから、そろそろ帰宅して待機しなければいけない。お前も、適当にやっておけ。もし、拗れて破綻したら、慰めに俺のお気に入りのパケをたくさん送ってやろう」
「ふざけんな、縁起でもない。つーか恋人と別れてこの上ない傷心中の友人に、お前はエロゲを送るのかよ。やばいな」
「安心しろ、内容はよく吟味する。俺としても、お前が彼女と別れてこちらへ来るのなら歓迎する」
「おい、最後までいい友人キャラを貫いておけよ」
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一週間後、同喫茶店内にて
「別に、報告なんかいらないからな」
「そう言うなよ。御蔭でかなりいい関係に戻れたんだから、礼くらい言わせてくれ」
「いらん、いらん。したいならメールか電話でよかっただろう。わざわざ実際に会う必要はないはずだ」
「はは、単純にお前の目を見つめながら感謝を言いたかっただけさ」
「純粋に気色悪い。俺の目を三秒以上見つめ続けたら殺すからな」
「いや、冗談だよ。エロゲやってるんだから、そういったのも受け入れてると思ってたんだけどな」
「いや、それは住む国が違う。一応基礎教養として最低限嗜んだことはあるが、俺は選ばれた人間ではなかったらしい」
「国?選ばれた?」
「ああ、腐った王国には馴染めそうにない」
「よくわかんないな。まあ、それは良いんだ。わざわざまた来てもらったのは、ちょっとした頼みがあるからだ」
「今度は何だ?正直しばらくはお前の顔すら見たくないんだが」
「ひどいな。一応友人だよな?」
「ああ、恐らく一番親しい知人だ。だが、それでも毎週顔を合わせて話すのは鬱陶しくて仕方がない」
「お前、学園生活どうしてるんだよ・・・まあ、いいや。それでさ、頼みなんだけど・・・」
「お勧めの、俺でも楽しめて学べるようなエロゲがあれば、教えてくれないか」
「おお、素晴らしい兆候だ。そうか、振られたのか」
「直前までの会話を忘れたのか。関係は良好だっての。ただ、今回に限らずお前の発想になるほどと思わせられることは多いからな。もしかしたら、その秘訣がエロゲにあるんじゃないかと思って」
「ああ、それは間違いない。お前のような理解力のあるやつが友人でとてもよかったと思う」
「おい、近い近い。手を放せ、国民になりかけてるぞ」
「ああ、少し取り乱した、失敬」
「いいさ。それで、どういったのがおすすめだ?なんかこう、家族の温かさを感じられるような・・・・・・・・・・・・・」
話が盛り上がってきたところで、またもやウエイターが注文を取りに来た。一週間前と同じ、ミルクティーと抹茶ラテ。今回は、それらを啜る二人の顔もその味と同じ、温かく甘いものとなっていた。
了
いかがでしたか?五千文字くらいは行けると思っていたんですが、なかなか、いやはや。ちなみに長文タイトルにも挑戦してみようと思っていたんですが、いやはや。
お目汚しをば致しました。それでは、また。