第8話 ゴブリンガールはハローワークに行く!
~はずれ者たちの雑木林(探索推奨レベル11)~
「ええとぉ、口座の名義人はゴブリンのゴブ子……。そんで連帯保証人がスケルトンのジョニー?」
耳先だけでなくアゴやら頬骨やらまでもがとんがったエルフの銀行窓口係。
かったるそうにして、さっきから手元の書類とアタイらの顔とをジロジロ見比べている。
「そうだって言ってんだろ! さっさと手続きを済ましておくれよ!」
ここは『はずれ者たちの雑木林』。
都市同士を結ぶ主要街道から大きく外れた林の中にある。
群れからつまはじきにされた魔物や盗賊にすらなりきれなかったゴロツキたちが自然と集まるようにして形成されたたまり場だ。
こんな掃き溜めでも人が多ければ需要も生まれる。
一通りの商店が揃っていて、中にはエルフ族が運営する中央銀行の出張店も商いをしていた。
出張店といっても小ぢんまりしたプレハブ小屋で、窓口対応の職員は一人しかいないけどね。
まあ、どこで開こうが口座は口座だろう。
銀行探しをしてたアタイらはこれ幸いと入店したって次第さ。
「どうして書類ひとつにこんなに時間がかかるんだい! ハンコ押して終わりでいいだろ?」
「そうはいかないんでやんすぅ……。銀行ってのは金のやり取りをする場所。なによりも顧客との信頼関係が必要なもんで。へヘヘ」
名札に『ヤンフェ』と書かれた窓口係の男。
ねちっこい喋り方に加えて、細長い目と奇妙な引き笑いがイラ立ちを誘う。
想像する神秘的なエルフの外見とはかけ離れたブサイク面だね!
よくもこんな生理的に不快な顔立ちの男を窓口に置いてるもんだよ!
ジョニーもイラだった様子でヤンフェに詰め寄る。
「俺らは信用できねえってことかよ?」
「その判断をするためにいくつか質問をいたしやしょう。口座を開設する目的と収入源は?」
「目的? そんなプライベートなことを教える義理は無いね!」
「おまけに収入だって無いんだぜ! なんたって無職の流れ者だからよお!」
アタイらは銀行から叩き出された。
「口座を開くには職が必要なのかい!? くそったれ! シブ夫はそんなこと一言も教えなかったじゃないか!」
仕方なくアタイらはその足でハローワークを訪ねることにした。
これから魔王をぶっ潰しに行こうって奴が、何が悲しくて仕事斡旋所に通わなきゃならないんだい!
惨めにも程があるだろ!
ハローワークの窓口係もやっぱりエルフ。
手先が器用で淡々と事務処理をこなす、あんたら種族に似合いのお役所仕事ってこった。
「ああもう! そのとんがり耳は見飽きたよ! エルフどもは先の丸まった木靴を履いてピ~ヒャラ横笛でも吹いてろってんだ!」
「開口一番に言ってくれますね。どんな職をお探しだい?」
「スマートでエレガントなやつを頼むよ!」
「あんたらの今のレベルは?」
「2!」
「紹介できる案件は無いね。以上」
閉店ガラガラ。
……ックソがぁー!
「レベル2が上限なのはアタイらのせいじゃないだろ! ええ!? 生い立ちのせいで職にあぶれるなんて時代錯誤もいいとこだよ!」
アタイは閉じられたシャッターにこれでもかと蹴りを打ち込む。
「なあゴブ子。俺たちの目的は口座を開くことだけだろ。なにも真面目に働かなくたって構わないんだよな」
「そりゃあそうだけど。何か策があるのかい?」
「まあな。俺たち個人が信用されないんだったら法人を起ち上げちまえばいいのさ。それで俺たちも自動的に職持ちに格上げだ」
「アタイらが代表取締役ってワケか。冴えてるじゃないかジョニー! でも何を仕事にするつもりだい?」
「表向きだけ適当に考えといて、実際はなんにもしない。ただのペーパーカンパニーだよ」
こいつは傑作だね!
雑魚モンスターが打倒魔王を目指し、その途中に起業までしちまうってんだからさ!
アタイらは大急ぎでエルフ銀行にとんぼ返りする。
「ふうん、法人ねぇ……。業務内容は?」
「いわゆる『何でも屋』ってやつだ! そういうことにしとこう!」
「困りますよォ、もっと具体的に言ってもらわないと~」
「はあ!? 十分具体的だろ!」
そこでジョニーが助け舟を出してくれた。
「こいつの出身のゴブリン集落は年々人手が減ってんだ。そこで村長に村興しを依頼されてな(嘘)。その成功報酬が収入源ってわけだが、受け取るためには口座が必要。どうだ、立派な目的になるだろ?」
「……まあ、良しとしやしょう。じゃあそういうことで契約書を作らせていただきやんす」
「やったぜ!」
しぶしぶな様子のヤンフェと対照に、アタイとジョニーは飛び上がってハイタッチを決める。
「そんじゃこちらが預金通帳。それとクレジットカードならぬ、クレジット護符になりやすんで」
差し出された護符には遠隔記録魔法の印が刻まれている。
これと『エルフ中央銀行』の金庫とが連動していて、転送魔法との合わせ技で金が動く仕組みなワケだね。
苦労の末に手に入れたクレジットカード!
感無量とはこのことだよ!
……だけど、あれ? 何か忘れてるような。
「そういや、肝心の金がまだ1ゼニも入ってないじゃないか」
「これじゃガチャを回せないぜ」
「ええい、めんどくさい! やい窓口係! 会社の運転資金のためにサクっとローンを組んでおくれよ!」
「さっき聞いた説明じゃローンを組むのは無理でやんす。法務局と税務署に相談に行っちゃあどうです?」
「はあ!?」
あんたは一から十まで注文続きだね!
そんなにしぶり倒すことはないじゃないか、金の亡者が!
「ローンが組めないなら担保だ! 犠牲を払えば融資を受けられるんだろう!?」
「何を担保になさるんで?」
「面倒だね! さっき話したゴブリン集落をそっくりそのまま担保にしてやるよ!」
「えっ! 正気ですか!? もしも村興し事業が失敗すりゃ、その村自体が失われるんでやんすよ!?」
「どうせ何もしなきゃ廃村になってんだよ! あんたが心配することじゃないね!」
「村長からも許可は得てんだからよお!(嘘)」
かくしてアタイたちは口座とカード、そして故郷を担保に1万ゼニというまとまった金を手に入れた。
さあ、あとは前に進むのみだよ!
さっそくお待ちかねのガチャタイムと洒落こもうじゃないか!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
希望は絶望に染め変えられ、歓喜は叫喚にかき消された。
笑みは失せ、思考は止まり、それでもなお震える指はタップを続ける。
後戻りは許されず、終着点も見出せぬまま、屍のようにたださまようのみ。
恨むべきは排出率か、運営か、はたまた愚かな自分自身か……。
【第9話 ゴブリンガールは課金地獄に落ちる!】
すべてを飲み込む底なし沼が、そこにある――――。