第7話 ゴブリンガールはシラを切る!
「私の名前はアルチナ。見ての通り魔女やってるの~」
「野犬たちをしばき倒したあの戦闘力、ただの魔法使いには見えなかったけどなあ」
「あら、鋭いわね~。ガイコツくんの眼窩はただのふし穴じゃないみたい。実は私、いわゆる勇者ってやつなのよ~」
選ばれし勇者たちは一定のレベルに達すると『ジョブ』を選択することができる。
ジョブはまず闘勇士と魔勇士の二つに大別され、そこからさらに種類が細分化される。
闘勇士は剣や盾を使った物理的な戦闘に特化したタイプ。
魔勇士は様々な魔法を扱うのに長けるタイプだ。
「見ての通り、私は魔勇士のジョブを選択したの。中でもバフ・デバフのエンチャント技能やトリッキーな工作魔法を得意とする罠術魔勇士よ~。うふふ。小悪魔的でミステリアスな私にピッタリの天職だって思わない~?」
「小悪魔でミステリアスだあ? てめえで言うことかよ」
「自分で言っちゃうところがチャームポイントなの。わかってないわね~」
「にしても、こんな序盤のフィールドをうろつくには似つかわしくない強さだったぜ。あんたのレベルはいくつなんだ?」
「それわね、ヒ・ミ・ツ~♡」
「もったいぶるんじゃないよ!」
「そういうワケじゃないの~。易々と自分の情報を露呈するほどバカじゃないってだけ。わかる~? クエストの攻略の成否を分ける要因は9割が情報収集。基礎中の基礎でしょ~」
偉そうに講釈たれてくれるじゃないか、たかが勇者風情がさ!
本当にイライラさせる女だね!
「ということで、私の情報集めに協力してもらえないかな~。断る理由は無いよね? だって私は命の恩人だし、気分次第であなたたちを灰に変えちゃう力を持ったイケナイ魔女なんだから~」
「脅しかい? やるならやってみな!」
「やめろ! 俺はまだ遺灰にはなりたくねえ!」
……それにしても、この女の知りたい情報ってのは随分と見つけにくいものらしいね。
なにせ道端で死にかけてるゴブリンやスケルトンを助け出してまで聞き回らなきゃならないくらいだから。
「私の腐れ縁の友人に優秀な祈祷師がいてね~。その子がちょっと妙な予知夢を見たって言うの。近々『異端の勇者』が現れる~だとかなんとか……」
「異端の勇者?」
「なんとも表現しにくいんだけど、そのルーキーくんははるか遠方から特殊な方法で運ばれてくるらしいの。私たちの知るどの大陸や島とも違う、ずっとずっと遠い場所。私にはサッパリだけどね~。まったく、祈祷師の使う言い回しってどうしてああも回りくどいのかしら」
アタイとジョニーは無言のまま目配せをし合う。
もしかしてこいつの話の内容は、シブ夫が体験したっていう異世界転生……?
「彼は過去のどの勇者も持ちえなかったある特別な技能を携えているんですって。それが身体能力のたぐいなのか、道具やアイテムのような形なのかも不明だけどね~。どう? 面白そうだと思わない?」
……間違いない。
スマホのことだ!
「その男の子の姿を一目見てみたくってね、それで各大陸に点在する『はじまりの村』の周辺を探索してるってワケ。なのに、はあ、カラ振り続きで嫌んなっちゃうわ~。この大陸でいくつ目だったかしら。あなたたち、何か見聞きしてないかな~?」
マズイね!
シブ夫からぶんどったスマホは今はアタイの懐の中に納まってる。
それを知られたら最後、何をされるかわかったもんじゃない!
冗談抜きで灰に変えられちまうかもね!
こうなったらシラを切り通すしかないよ!
「たしかにこの近くにも『はじまりの村』はあるが、そんな勇者が現れたなんて話は聞かないよ! なあジョニー?」
「その通りだ! 仮にそんなにすごい勇者がいたとしたら、とっくにこのあたりのモンスターは駆逐されちまってるだろうぜ」
「ここもハズレだったってことさ! 残念残念! わかったらさっさと帰んな!」
「ふ~ん……。なぁんか怪しいな~?」
「どこが怪しいってんだい! 失礼な奴だね! あんたの整い過ぎた鼻筋や二重の方がよっぽど怪しいんだよ!」
「やめろゴブ子!」
汗腺が無いはずのジョニーも今は脂汗が滝のように流れている。
どうにか話の流れを変えようと必死に考えを巡らせているのだ。
「そうだ! アルチナ、さっき例の勇者を男の子だって言ったよな? どうして奴が男だと知ってんだ?」
「ああ、それはね。知ってるんじゃなくて、そうであってほしいっていう私の願望。だって女の子だったらつまらないじゃない。どう足掻いても私以上に可憐で優美な女勇者にはなれないんだもの。それってカワイソ~!」
「カワイソウなのはあんたの頭だよ!」
思わず助走をつけて殴りかかろうとしたアタイをジョニーが必死の形相で止める。
「……まあ、あなたたちの言うことも一理あるわ。『異端の勇者』が通ったらしき痕跡は見つからないし、この辺りは平和そのものだもの。せいぜい野犬に追われるゴブリンとスケルトンを見たってくらい~」
アルチナはおもむろにホウキに跨ると、ふわりと宙に浮いた。
「私はそろそろ行くわ~。あなたたちも危険なピクニックはほどほどにね。レベル2のモンスターを倒して得られるEXPなんて私にとってはスズメの涙ほどだけど、他の勇者はそうと限らない。別の人間に見つかる前に巣穴にお戻りなさいな~」
クスクスと笑いながら、雲の上へと一息に急上昇して消えてしまった。
まさしく魔女らしく、こっちの気分をかき乱すだけかき乱してドロンといなくなっちまったね。
「ジョニー。アタイは決めたよ」
「おう。何をだ?」
「銀行にたどり着いてガチャを引けるようになった暁には、魔王の次にあの忌々しい魔女を消し去ってやるとしよう!」
――――そのとき、ゴブ子たちのはるか上空では。
「……ここにも大した収穫は無かったけど、しいて言うならあのゴブリンガールちゃんたち。レベル2の低級モンスターの出没地点は限局されてるはずなのに、どうしてあんな場所をうろついてたのかしら~?」
アルチナの瞳が赤く光る。
人差し指をクルリと宙に一振りすると、空間が裂けていびつな鏡面が現れた。
「こんなことしたってどうせ杞憂で終わるでしょうけど。お喋りのドサクサに紛れて掛けてやった追尾術が役立ってくれればいいな~」
~トレシヴィジョン(アビリティレベル36)~
罠術魔勇士が習得する追跡・監視魔法。
対象者の移動軌跡の位置情報を自動記録する。
また、対象者が術者の半径1キロメートル以内に近づくと感知する。
「あの子たちにはこの程度の下位魔法でも解術の心配はいらないでしょう。さて、私もヒマじゃないの。次の目的地に向かわなきゃね~。『異端の勇者』くん。まだ見ぬあなたとその特異能力はどのくらい私を驚かせてくれるのかな~。うふふ。楽しみ……♡」
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
エルフの銀行員は口ばかり立つくせに書類仕事は遅々として進まない!
簡単な契約書一枚にどれだけ時間をかけるんだい!
あんたが口座を開いてアタイが金を振り込む、それでお互いニッコリだろうが!
なになに? 職業と収入額はいくらかだって?
えっ……?
契約には職が必要なんですか……!?
【第8話 ゴブリンガールはハローワークに行く!】
ぜってぇ見てくれよな!