第6話 ゴブリンガールは洗礼を受ける!
~遠吠えの丘(探索推奨レベル8)~
この地名の示す意味を理解したころには時すでに遅しさ。
鋭利な牙をむき出しにして襲い掛かる何匹もの野犬ども。
アタイとジョニーは執拗に追いかけ回され、最後には丘に立つ高木の上にまで追いやられちまった。
枝先にしがみ付くアタイらの真下では凶暴なケモノたちが唸り声を上げている。
「握力が尽きて下に落ちれば最後、骨までしゃぶり尽くされるだろうな」
「あんたにはもともと骨しかないけどね」
かつてチート級の武器を排出してアタイの窮地を救ってくれたスマホも、今はうんともすんとも言いやしない。
金を入れなきゃガチャは回らないってか。
現金なもんだね。現金だけにね。
「ところでよぉ。この犬どもは正確には魔獣じゃなくただのケモノだろ。どうして畜生のくせに俺たちよりレベルが高いんだ?」
「アタイらは畜生以下だって? 黙ってな!」
まあ順当に考えれば、奴らの牙や脚力に勝る要素なんてアタイらには何ひとつ無いんだから当然だけどね。
「あら~? 珍しい場所で珍しいモンスターを見つけたものね~」
なんとも甘ったるい猫なで声が聞こえてきた。
声の方に顔を向けると、遠くからアタイらを見物するようにして女が佇んでいる。
紺色のローブをまとい、小ぶりの頭をすっぽりと覆う大きなツバのウィッチハットを乗せている。
極めつけはその手に握られている古ぼけた藁ボウキ。
教科書の挿絵に描かれる魔女そのままの装いだ。
「知らなかったわ~。木登りの得意なゴブリンやスケルトンがいたなんて~」
この窮状を前にして場違いなニコニコ笑顔を振りまいていやがる。
「別に得意じゃないけどよー! 火事場の馬鹿力ってやつで登っちまったんだよぉー!」
「あら~。ならその火事場のなんとやらで子犬ちゃんたちを蹴散らせば良かったんじゃなくて?」
クスクスと笑う魔女。
その舐めた態度にとうとうアタイの堪忍袋の緒が切れた!
「おうこらクソアマ! ニタニタしてねえでさっさとアタイらを助けたらどうなんだい!」
「ふふ~ん。あなたたちを救ってやって、私にどんな見返りがあるのかしら~?」
「見返りだと? バカが!」
アタイはツバを吐き捨てた。
「損得勘定じゃねえだろ! そういう打算とは違う、もっと大事なモンがあるだろ! あんたの胸の真ん中にはよぉ!」
「はあ~……?」
「人の心だよ! 生きとし生けるものたちを愛で、慈しむ! そうして絆を育み信頼の輪を広げていく! そういうふうに力を使えることこそが人間の持つ可能性なんだ! 恐怖を前に挫けそうになったってね、諦めるには早いんだよ! 前を向きな! アタイはあんたを信じてる! 信じてるから! だから早く野犬たちを追い払ってくださいどうかよろしくお願いしますから!」
アタイのほとばしる熱意(懇願)が通じたのかもしれない。
女はクッソ長ため息を吐くと、ダルそうにホウキを逆手に握りなおした。
「まさかゴブリンに人間の良心を説かれるとはね~。面白いなぁ。ここで見捨てちゃうにはもったいないくらい」
「ゴタクはいいからさっさとメテオでもなんでも撃ち込んでやってくださいどうかよろしくお願いしますから!」
「冗談言わないで~。こんな雑魚敵に私の貴重なMPを費やすワケないでしょ~?」
野犬どもはターゲットをアタイらから女へと切り替えた。
一匹の遠吠えを合図にして一斉に野原を駆け出し、みるみる内に女との距離を詰めていく。
恐ろしいのは、奴らは個々ではなく群れとしての連携を取っているらしいことだった。
視界を翻弄するようにして女の周りを360°取り囲む。
次の瞬間には女の喉元に食らいつこうと一遍になって飛び掛かった。
無数のどう猛な牙が、爪が、華奢な女の体に迫る!
並みの動体視力ならばすべての攻撃の軌道を捉えることなど到底不可能なはずだった。
……だが、女はそれをやった。
腰をひねり、四肢を振り、まるで曲芸師のごとき乱舞で犬どもの猛攻をいなしていく。
かつ、ただ回避するだけではない。
かわしざまにホウキの柄を犬の体に打ち込んでいくのだ。
それは的確に敵の急所を突き、致命傷を与えているようだった。
犬どもは次々に地面へと叩き落され、そのどれもがピクリとも動くことをしなかった。
「……はい、おしまい。あなたたち、もう木の枝から降りてきても大丈夫よ~」
驚きの光景に目をひん剥きながらも、アタイとジョニーはすごすごと木から降りた。
「いやぁ、あんたスゲエな! 俺ファンになっちまったぜ! 助けてくれてありがとよ! スケルトンのジョニーだ! こっちはゴブリンのゴブ子!」
「……ども」
「ン~? なんだか急に声が小っちゃくなっちゃったなぁ~? ゴブリンガールちゃん。私まだあなたからお礼の言葉を聞いてないんですけど~」
アタイはブチギレた。
「恩着せがましいんだよ! 誰が助けてくれなんて言ったんだい!」
「私の耳がおかしくなければ、命乞いをしてたのはまさにあなたよ?」
「アレが命乞い? ハッ! 都合よく曲解しただけだろう! あんな短足ダックスフンドごときアタイ一人でも一掃できてたさ!」
さすがにジョニーも呆れたようで、しかめっ面でアタイを咎めた。
「おいゴブ子。そりゃねえぜ。このカワイ子ちゃんに謝れよ」
「ゴブリンがここまで恩知らずだったなんて知らなかったよ~。超ショック……」
「なんだいなんだい! 寄ってたかって! アタイが悪いってのかい!」
「そうだよ。お前が悪いんだよ」
「ああそうさ! 悪者はアタイだよ!」
アタイは悔しさでブルブル震える下唇をぐっと噛み締めた。
「………………ごめんね」
「はい~? だから、よく聞こえないんですけどぉ~?」
「………ごめんね!(憤怒)」
満足気なドヤ顔をこれでもかと見せつけてくる女。
神経を逆撫でするのが随分と上手なようだね!
クソが!
アタイはこういうタイプの女が一番嫌いなんだよ!
――――このときのアタイらはまだ知る由もなかった。
ここでの女との出会いが、後に巡り巡って大きな波乱を生み出すことに繋がっていくことなんて、知る由もなかったんだ……。
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
アルチナとかいう性悪女、こいつも選ばれし勇者の一人なんだってね!
そんな奴に命を救われたなんてゴブ子一生の不覚だよ!
え? 最近別の勇者を見かけなかったか?
そいつは特異能力を持ってたはずだって?
……もしやこいつ、ガチャについて探りを入れてんじゃないだろうね。
ようしジョニー、アタイらお得意の嘘八百で煙に巻くよ!
【第7話 ゴブリンガールはシラを切る!】
ぜってぇ見てくれよな!