第5話 ゴブリンガールは利用規約を読む!
アタイは手のひらの上でクルクルとスマホを回す。
「まったくあんたは良いもんと一緒に転生してくれたもんだよ、シブ夫。こいつはあんたの数百倍は値打ちがあるらしいね」
「ガチャって文字を指でタップするだけで無尽蔵にアイテムが出てくるなんて、夢の玉手箱そのままだな」
「はあ、気に入っていただけて何よりです……」
そこでシブ夫はすごすごと提案する。
「そのスマホは差し上げますから、僕のことは解放してくれません?」
「んん? ……まあたしかに、スマホさえあればあんたをここに縛り付けておく意味もないか」
シブ夫の瞳にパアッと希望の光が宿る。
「ところでよぉ。さっき火炎放射器ってのを引き当てたときにSSRがなんたらって言ってたよな。あれはなんだ?」
「レアリティのことですよ。最もレアなアイテム。5つ星級を示す呼び名です」
「よくわかんないけど。SSRって3文字は何を略してんだ?」
「わかった。おそらく五七五の俳句ってやつだぜ。……『その想い、切なく散りて、ロンリネス』。どうだ?」
さすがは詩人のジョニー。
即席だってのに聴かせる句を詠んでくれるじゃないか。
「いや違いますよ。たぶんなんちゃらレアとかの略ですよ。ていうかロンリネスの綴りはRじゃなくてLですし」
ジョニーは無言でシブ夫の腹に蹴りを叩き込む。
ドゴッ!
「あうんっ!」
「まあどうでもいいんだけどさ。その切ないロンリネスとやらをもう一度引き当ててやろうじゃないか!」
アタイは得意顔でスマホの画面をタップする。
さあ、光り輝けアタイのスマホ!
レベル90越えのチートアイテムをこの場に召喚しておくれ!
…………。
あれ? 何も起こらない。
スマホの画面には
【ガチャを引くための石が足りません!】
の表示。
「やいこらシブ坊! ガチャを引くための石ってのはなんだい!」
「ゲーム内通貨ですよ。無料で引けるのは最初の一回だけです」
「ッザッケンナ!」
バキッ!
「はあぁうんっ!」
「そのゲーム内通貨はどうやって増やすんだ?」
「課金です。現実のお金を振り込むんです」
「カネが要るのかい? 基本無料を謳いながらコスいマネしてくれるね! ジョニー、あんたの手持ちは?」
「全然ねえよ。銅のコインが一枚だけだ」
「このコインをどうやってスマホの中に入れるんだい?」
「いや違いますよ。クレジットカードを使ってネットから振り込むんですよ」
「はあ!? ワケの分からないことばかり言うんじゃないよ!」
たとえ短気なアタイじゃなくともシブ夫の難解な説明にはイラつかせられることだろう。
「詳しいことはソシャゲ内の利用規約を読んでください」
「ふむふむ……」
それからどれだけ長い苦痛の時間が流れただろう。
日が沈み、昇り、また沈んでは昇る……。
三日三晩をかけてようやくアタイらは大まかな概要を掴むことができた。
「まずはこのソシャゲのアカウント情報をシブ夫からアタイのものに書き換える」
「はい」
「その上でアタイ名義の口座を開き、クレジットのセキュリティーコードと紐づける」
「はい」
「あとは口座に振り込んだ金額から引き落とされる形でスマホのガチャを回せるって寸法だな」
「その通りです! 素晴らしい!」
「バカにするんじゃないよ!」
ドガッ! バキッ!
「あっあん! うっ!」
「余計な時間を喰っちまったね! ジョニー、その銀行ってのはどこにあるんだい?」
「人間族が営む商店の一種だろ? 少なくとも『はじまりの村』には無いみたいだな」
「てことは、アタイらの旅路のひとまずの目的地は銀行がある町ってことだ」
そうと決まればさっそく冒険に出かけようじゃないか!
そこで血まみれのシブ夫が弱々しく口を開いた。
「あの……。僕の知ってることは洗いざらい話しましたから……。そろそろ解放……」
「そうだったな。いい加減縄を解いてやるか」
「待ちなジョニー! こいつを逃がしたらそこかしこでこの件について触れ回るかもしれない。最悪傭兵を雇ってアタイらを追わせるかもね」
「しかし……。なら一緒に連れてくか、ここで殺して埋めるしかねえぜ?」
「どっちも嫌ですぅ! 勘弁してください!」
そこでアタイは閃いた。
「いい案があるよ。あんたたち、ついてきな!」
~ゴブリン集落(探索推奨レベル2)~
「どうしても行くと言うんじゃな、ゴブ子?」
「ああ村長。アタイの代わりにこの新米勇者を置いていく。労働力としてこき使ってやってくれ」
「えっ嘘でしょ? 勇者の僕がゴブリン集落で下働きですか?」
「ああ! その通りだよ!」
「ふえぇ……!」
アタイは回れ右をして村長に背を向ける。
「村長、止めても無駄だよ。アタイはこの広い世界へと羽ばたく。もう振り返ることもない――――」
ひとり感傷に浸っていると村長がバカ笑いした。
「止めねえよバーカ! むしろ問題児が消えてくれてせいせいするっつーの! もう不良品の圧力釜を押し付けられなくて済むしな! そのままどっかで野垂れ死ねや小僧!」
「コラ待てジジイ! それが新たな門出に旅立つ若者へくれてやる言葉かよ! せめて餞別に金一封くらい差し出せや!」
「逆にこれまでのツケ支払ってから出ていけ!」
「クソがーっ! 滅びろクソ集落!」
アタイは飛び出した。
涙も拭わず、振り返ることもない。
そうよゴブ子、前だけを見つめるのよ。
これから始まる一世一代の大冒険に、背負うものなど何も必要ないのだから……!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
ええい、しくじったね!
集落の外はこんなに危険がいっぱいだったなんて!
早々に凶暴なモンスターたちに取り囲まれてしまったアタイとジョニー!
頼みの綱のガチャだって金を入れなきゃ回らないんだよ!?
絶体絶命の状況に冷や汗とえずきが止まらない!
これじゃ脱水症状と呼吸困難でオダブツになる方が早そうだね!
【第6話 ゴブリンガールは洗礼を受ける!】
ぜってぇ見てくれよな!




