第40話 ゴブリンガールは豊穣祈願する!
バンシーは地面に這いつくばりながらも、まだ自分が優勢であると信じているようだった。
「この程度の印、数分もすれば効果が切れるわよ。それにお前の力は相手の行動を制限するだけ。戦闘力まで低下させるワケじゃない。攻撃特化型の闘勇士でないお前に私の防御力を貫通できるかしら?」
「その必要はありません。私の目的は殺傷ではありませんから」
ミクノは淡く紫色に光る御札を5枚、バンシーに向かって飛ばした。
それらは円を描くように等間隔に並び、バンシーを中央に据えるようにして地面へと落ちる。
すると御札の印字が輝き、その光が札同士を結んで五芒星を描き出す。
「なんだ、この光は!?」
段々と光は強さを増していき、やがてそれぞれの御札から垂直に光の柱が立ち上がった。
まるでバンシーを閉じ込める牢獄の格子のようだ。
~封行の印(アビリティレベル52)~
封塞魔勇士の習得する遅延系統のデバフ魔法。
印で結んだ範囲内にいる対象者をその場に封じ込める。
「この印は詠唱に長い時間を要し、かつそのあいだ対象者を印の中央に静止させておかねばなりません。発動条件がシビアですが、その分効果は絶大です」
この印が切れない限りバンシーの奴は手も足も出せないってことだね!
やるじゃないか!
だがバンシーはなおもミクノに噛みつく。
「さっきから言ってるだろう! いくら私の行動を縛ったところでどうしようもない! この檻から出られなくっても魔力で悪さはできるんだよ! この土地の泉を汚染してやることだってできるんだからね!」
「ならばこの小丘からよそへ移しましょう」
「ほう。せっかく結んだこの五芒星を崩すことなく運べるのかい? 少しでも印が歪めばたちまち術が失効するよ? そうなれば最後、近づいたお前の喉元を切っ割いてやるからねえ……!」
バンシーの足元はぬかるんで緩くなっている。
下手に御札を動かそうとすれば泥が跳ねて印字を汚してしまうだろう。
「困ったぜ。水源を汚されたら結局下流の村で米作りができなくなる」
「つまりクエスト失敗……。ドンフーの奴にどつかれるね。なんとしてもバンシーを運び出さないと」
でもどうやって……?
「方法ならありますよ」
ミクノはアタイを見て意味深にほほ笑んだ。
――――そのとき、地面を揺るがすような重低音が鳴り始めた。
「何事だい!?」
振り返ると、遠目にある雑木が音を立てながらなぎ倒されていくのが見えた。
それに合わせて騒音と振動も徐々に大きくなる。
どうやら大きな物体がこちらに近づいて来るらしい……。
ややあって藪の中を突き出てきたのは、ワイルドボアを一回りも二回りも大きくした黄土色の建設重機。
この前引いたSSRアイテムのショベルカーじゃないか!
運転席に乗っていたのはまさかのドンフー。
「ようよう! 遅れちまってすまねえな! このキャタピラで山登んのに手間取っちまってなぁ!」
「ドンフーの旦那!? なぜここに! しかもその乗り物は……!」
「上手く隠したつもりだったかよ? お前らの浅はかなたくらみは全部お見通しだぜ、ゴブリンガールにスケルトン」
ドンフーはニタリと笑う。
ヒエエ……!
「この物騒な機械で何をするつもりだったのか、問い詰めることはやめといてやる。代わりにこのクエストの攻略のために有効活用させてもらうからなあ」
「そ、そんな!」
「でも旦那……!」
「うるせえっ! ガタガタ抜かすとこのまま踏み潰してやるぞ!」
だあーっ!
そのセリフはアタイがあんたに言ってやるつもりだったのに!
なんでこうなっちゃうの!
ドンフーはバンシーを囲う五芒星の前までショベルカーを走らせて、図太いアームを地面の奥へと突き刺した。
そのままボコリと地表面ごとバンシーを掬い上げる。
「なにィー!?」
「札を動かすのではなく地面ごと持ち上げてやれば、結界を乱すことなく運び出すことができます」
ミクノの奴、知らぬ間にドンフーと示し合わせてたみたいだね!
「おうおう醜い山姥のバンシーよ。よくも俺様の流通網を引っ掻き回してくれたもんだな?」
「キイー! 私をどこにつれてく気だい!?」
「バーンズビーンズの裏手に俺の経営する酒蔵がある。聞いたところあんたは大衆を虜にしちまう特製ジュースの製法に詳しいようだ。今後はウチで新商品の開発に勤しんでもらうとするぜ」
稲作問題を解消して吟醸酒の生産ルートを取り戻すだけじゃなく、バンシーから強壮ドリンクの利権まで奪い取るつもりかい!?
底抜けに強欲なドワーフだね!
まったく末恐ろしいったらないよ!
バンシーの泣き叫ぶ声とドンフーの笑い声を乗せて、ショベルカーはガタガタと来た道を引き返していく。
「……終わったね。なんだか一気に脱力しちまったよ」
「さあ、河童にシャレコウベ。我々も山を下るといたしましょう」
「あのー。その前に俺の骨を拾ってくれねえかな」
傍らには巨大ガマガエルの死骸が転がったまま。
はあ……。
まだとびきりしんどいひと仕事が残ってたみたいだね……。
~~~
ほどなくしてホバロマ田園に水流が浸透し、土地は潤いを取り戻したという。
田園には大量の水が湛えられ、水面がキラキラとさざ波を揺らす。
整然と列をなして植わる苗が風になびき、青々とした葉を元気に伸ばしている。
いつも間にかどんよりとした厚い雲も晴れて、美しい初夏の晴天が顔を覗かせていた――――。
場面は変わってバーンズビーンズの歓楽街。
裏路地に佇むスナック・ピク美のカンター席は相も変わらず梅雨空なみのシケた空気。
アタイとジョニーはしょぼくれながらチビチビ酒を煽っていた。
ジョニーの足元にはもちろん大きな金ダライが置かれている。
「あんたたち~! いい加減それやめなって言ってんだろぉ~! 貧乏臭いを通り越して客が引いちまってんだよ!」
「うるせーババア! 誰のおかげでその酒を提供できてると思ってんだい!」
「ショベルカーのおかげだろ?」
「ドンフーサンが使わなかったらゴブリンガール死んでたヨ」
「ドンフーサンに感謝感謝ネ!」
ピク美もサキュバス嬢たちもこぞってドンフーを持ち上げやがる!
クソが!
どうしてあいつが英雄扱いされてんだい!
最後にちょろっと出てきて人のもん勝手に使っただけだろうが!
「それよりゴブ子。新しくドンフーが卸してるエキスドリンクがあってね。こいつが二日酔いに効くってんで大人気なんだよ~。酒とセットで頼む客が多くてさ。あんたも一杯飲むかい?」
「ウゲ……!」
そのドリンクとやらのレシピを知ってる身としては複雑な心境だ。
アタイとジョニーは揃って遠慮することにした。
「ところで話は変わるけど、山二つ越えた先に小さな集落があるだろ? そこも原因不明の凶作で困ってるらしいんだねぇ。どうやらまたどっかの魔物の仕業らしいよ」
「ふん、次から次に節操がないね」
「魔物退治は勇者の仕事だろ。もう俺たちを駆り出さないでくれよ」
「勇者ならもう調査に向かってんのさ。ほら、なんて言ったかねぇ。白装束の女の子」
ミクノの奴かい。
あいつも節介好きの女だね。
怪奇現象と聞けば動かずにはいられない性分のようだ。
「その子からのご指名よぉ~。あんたたちを呼んでんの」
「はあ? なんで!?」
「気に入られちまったようだねぇ~。盾代わりだか荷物持ちだか知らないけど。ドンフーは今回の件であの子に借りができたから、しばらくは頼み事を断れない状況らしいよ。というワケで、今すぐ荷物まとめて出発しな!」
「ゴブリンガール、ファイト!」
「いてこましたレ!」
ふざけんじゃないよ!
もう巫女と一緒に妖怪退治なんて懲り懲りなんだよ!
「こうなったらSSRを引いてやる~! そんで次はためらわずにドンフーを一撃死させてやるんだ!」
「やめろゴブ子! これ以上フラグを立てんな!」
「黙りなジョニー! あんたのその発言こそフラグなんだよ!」
ええい、アタイたちにはいつになっても安息が訪れてくれないね!
ハチャメチャアドベンチャーはまだまだ終わらないみたいだよ!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
次なるドンフーの命令はなんと……!
アイドルになって世界一にのし上がる!?
ゴブリンを含む種族混成ユニットを結成してアイドル界に激震を走らせるだと!
こんな生き恥をかかされるなんて、アタイにとっちゃ何にも勝る拷問じゃないか!
……そして始まる『ピュアキュン☆ラブリーガールズ』の快進撃。
サイドクエスト【アイドルになる】編、始まるよッ!
【第41話 ゴブリンガールはアイドルになる!】
ぜってぇ見てくれよな!




