第174話 ゴブリンガールはバレンタインする!
ついに訪れたバレンタイン当日。
なんだか街全体の若者がソワソワと浮足立っているような、妙な空気を帯びている。
ここでアタイの立てたバレンタイン作戦をおさらいしておこう。
まずヒューゴがマンドラゴラの蜜入り絶品チョコをスージーに渡してカップルが成立する。
次にクラリスがわさび入り激マズチョコをシブ夫に渡し、瀕死になったところでアタイが駆け付けて水を飲ませる。
晴れてアタイとシブ夫が結ばれ、クラリスはひとり惨めに自決する。
この作戦の成功のカギはいかに正確にタイミングを捉えるかだ。
アタイとキュッピイはコップ一杯の水を握りしめ、街のあらゆる物陰に隠れてターゲットを張っていた。
「はあ、はあ……。シブ夫くん、一体どこなの?」
寝不足だろうか、目の下に大きなクマを作ったスージーが大通りを徘徊している。
胸元には10人前はあろうかというくらい大量のチョコが抱えられていた。
「徹夜で作り続けちゃったけど、どれも最高の出来栄えよ。これだけあげればシブ夫くんもきっと喜んでくれるはず……」
やがてスージーのギラついた瞳が通りの先にシブ夫の姿を捉えた。
「いた! シブ夫くーん! 待ってー!」
だがそこでスージーの前に立ちはだかる男がいた。
骨なしチキンのヒューゴだ!
「スージー! はな話がある! ああるんだけど、あっあの……。あの」
「え? ちょっと今忙しいんで後にしてもらえますか?」
「アッ。でも……」
露骨にウザそうな顔を見せるスージー。
対してヒューゴはガチガチと歯を鳴らしながら、いそいそとカバンをまさぐりラッピングされた箱を取り出した。
「あのコレ……」
「はい? 開ければいいんですか? まったく何なのよ……」
スージーはブツクサ言いながら箱をひったくると、ビリビリいわせながら包装を破く。
そして中身がチョコであると気付くと怪訝な顔をした。
「先輩ってそそっかしいんですね。普通バレンタインは女の子がチョコを渡すものなんですよ」
「ウ、ウン……。デモ、ソレハ……」
「まあいいです。ありがたくいただきますね、義理チョコ。覚えてたらホワイトデーに何か返しますから」
「エッ!? ぎ、ぎりチョっ……」
水槽の中の淡水魚のごとく口をパクつかせるだけの憐れなヒューゴ。
だがその直後に問題が起こった。
チョコを口に入れたスージーが辺りに響き渡るほどの金切り声を上げたのだ。
「キャアー! なんなのよコレ!」
大粒の涙を流して鼻を押さえ、その場でドタバタと悶絶する。
その様子を遠目に目撃し、アタイとキュッピイはキョトンと顔を見合わせた。
「これってもしかして……」
「チョコを取り違えたっピ?」
おいおい、冗談だろ!
ヒューゴとクラリスのチョコが並べて置いてあったとき、あべこべに手を加えてたってことかい!?
こりゃあやっちまったね!
スージーの予期せぬリアクションを目の当たりにし、ヒューゴはオロオロと挙動不審さに拍車を掛けるだけだ。
「鼻がツンとする~! なんてもの食べさせるんですか先輩!」
痛みに悶えるスージーは力任せにヒューゴの頬をグーパンした。
無様に吹き飛んで通りの中央に突っ伏すヒューゴ。
その姿を憎々しく睨み付けると、スージーは自分の荷物を拾って足早に立ち去ってしまった。
「うわあああ!」
ヒューゴは人目もはばからず四つん這いになって泣き叫ぶ。
自分の手が血で滲むのも構わずに、コンクリの地面に何度も拳を叩きつけている。
「終わりだ! もうおしまいだあーっ!」
うわあ……。
まあ、なんていうかその。
うん。
日頃の行いが悪いせいじゃね?(責任転嫁)
すると男泣きするヒューゴの前に何者かが歩み寄った。
「大丈夫ですか、ヒューゴ先輩!」
「クラリス? ……スージーなら行っちまったよ。お前も早くシブ夫を追いかけた方がいいぜ」
ベソをかきながらクラリスを見上げるヒューゴ。
クラリスはそんな彼の前にしゃがみ込み、カバンからプレゼント箱を差し出した。
「……これ、どうぞ」
「え? でもこれは……」
「だって。先輩が可哀想だから」
そう言って頬を赤く染め、慌てて言葉を付け足す。
「か、勘違いしないでくださいね! 私、シブ夫先輩を諦めたワケじゃないですから! いま告白してもきっと叶わないだろうから、もっと女を磨いて来年にリベンジします」
ヒューゴは嗚咽を上げながらクラリスのチョコを口に運ぶ。
「ううう……! こんなにうまいチョコを喰ったのは生れて初めてだぜ……!」
「なに大袈裟言ってるんですか。先輩が作り方を教えてくれたチョコですよ!」
くだけたように笑い合う2人。
想定外の事態だったが、こいつら的にはそれなりのハッピーエンドで落ち着いたみたいだね?
一方その通りの先で、スージーは道行くシブ夫を呼び止めていた。
だが先ほどのわさびチョコの持続ダメージもあり、涙と脂汗を流して鬼の形相をしていた。
「はあ、はあ……。シブ夫くん……」
「スージーさん、どうしたんですか? 敵に追われているんですか?」
スージーの身を案じつつ警戒態勢を取るシブ夫。
そんな彼にスージーは言葉少なに自前チョコの袋を押し付けた。
「これ……食べて……早く……」
「こんなにたくさん。ありがとうございます。そういえば今日はバレンタインでしたね」
爽やかにほほ笑むシブ夫。
「それじゃあさっそく皆さんを集めてきましょう。今日はチョコレートパーティーですね」
「へ……?」
「10人前はありますもんね。きっとみんな喜びますよ」
誤解したまま話を進めるシブ夫はキョロキョロと周囲を見回し、大通りの先に佇んでいるヒューゴとクラリスの姿を発見した。
スージーの手を引いてそこまで向かい、結局4人は合流することになってしまった。
「シブ夫先輩、それ……」
「スージーさんがみんなのために用意してくれたんですよ。あれ? クラリスさんもチョコを作ったんですね」
「は、はい! ヒューゴ先輩は絶賛してくれました!」
「ステキですね。僕も食べたかったな」
「あはは……!」
憧れのシブ夫と話せて舞い上がるクラリス。
一方でヒューゴとスージーのあいだには険悪な空気が流れている。
「スージー……。あの……」
「………」
事が上手く運ばず、ふてくされたスージーは腕組みをして黙っていた。
だがやがてその腕を解くとすまなそうにヒューゴに向き直った。
「先輩。さっきは突然のことに驚いちゃって、ごめんなさい。でも次から誰かにプレゼントする時は、ちゃんと賞味期限を確認しないとだめですよ」
「う……、うん!」
「先輩もよかったら私のチョコ食べます? 我ながらなかなかの出来だと思うんですよ」
「おう……! とっても美味しいぜ!」
「ふふふ。ありがとうございます」
4人は晴れやかに笑いながら並んで通りの先へと消えていった。
その様子を見守るアタイとキュッピイは無性に温かい気持ちになり、へへへと鼻をこすった。
ふん……。
あの若造ども、どうやら一皮剥けたようだね。
恋の進展はさておき、親睦は深まったようだし、まあなんだかんだで結構いい感じの落としどころだったんじゃないの。
などと感慨に耽っていたが、よくよく考えると今回のアタイ、一体何をしてたんだろうね?
9割方は裏手に回って覗き見してただけじゃん。
肝心のシブ夫とも、距離を縮めるどころか挨拶のひとつも交わしてないし。
「おうこらハイレグ! 他人のことはどうでもいいからアタイの恋路をなんとかしてくんな!」
「そう言われても今年のバレンタインはお終いだっピ。ぜんぶ自業自得だっピ~」
「うるせー! キューピットってんならこの状況からでも逆転できる恋のウラワザを教えてみな!」
アタイは道端に落ちてたプレゼントリボンでキュッピイの体をチャーシューのごとくグルグル巻きにしてやった。
「ギエピィーッ!」
いつになればアタイの片想いは報われるの?
バレンタインなんて大っ嫌いだよ、ぶぁーか!
~Happy Valentine~
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
なんか、恋ってステキだね……(遠い目)。
さて冬の一大イベントも終わったことだし、次回はついにメインクエストだよ!
とある国の王様が転生者たちを集めようとしてるだって?
一体何をやらせようってんだい、めんどくさいね!
なになに、その目的は謎の転生勇者『山崎ゴン太』に関係があるらしい?
【暗号を解く!】編、始まるよッ!
【第175話 ゴブリンガールはパラディンと出会う!】
ぜってぇ見てくれよな!




