第117話 ゴブリンガールはボディを狙う!
「やいやい新入り! その汚い手をどけな!」
「あなたね! 一目で恋に落ちるのは無理もないけど、私たちを前にして良い度胸してるじゃない!」
殺気ゲージが一気にフルマックスに達したアタイとスージー。
ボキボキと指の骨を鳴らして臨戦態勢を取る。
「あっ、ち、違います! 一目惚れとかじゃなくって、ずっとずっと昔から知っていたんです。シブ夫さんがこの店にいらっしゃることも。だから私……」
知ってた?
ずっとずっと昔から?
「で、でも、正確な日時まではわからなかったので、ここで皆さんの到着を待っていました」
……つまり先回りして待ち伏せしてたと。
しかもこんなつまらない酒場に一週間も居座って。
並々ならぬ執念だね。
もしかしてこれ、追っかけファンってやつなのでは!?
「僕たちのことをどこで見知ったのかわかりませんが、ご存じなら声を掛けてくだされば良かったのに」
「ご、ごめんなさい。タイミングを計らっていて。今もまだその時じゃないのに、私ったらこんなにお喋りを……」
「その時じゃないって、どういう意味ですか?」
「だって、私たちが出会うとき酒場の床には少なくとも十人以上の暴漢が倒れていたはず……。この場には2人だけですから、これからもうひと騒動あるってことですもんね?」
はあ?
唐突に意味のわからないことをほざき始めたね。
電波か?
やれやれ、どうやらちょっとしんどい女に絡まれちまったみたいだよ……!?
女は自分をハイネと名乗った。
そして呆けたツラで佇むアタイたちを急かすようにアタフタと慌てだした。
「そんなことより皆さん、戦いの準備をしてください。そう時間を空けずに起こるはずですから」
「何が?」
「さっきから何の話をしてるのよ」
ハイネは不安そうに手荷物の中から大杖を取り出し、グルリとアタイたちの顔を見回して申し訳なさそうに言った。
「ええと。ゴブ子さんは、なんとか……。でもジョニーさんとスラモンさんはごめんなさい」
「えっ?」
「なになに? 怖いんですけど」
ふいに名指しされて背筋がうすら寒くなるザコモン3人。
――――とその時、店の玄関扉が乱暴に開いた。
見るからに粗暴ないで立ちの男たちがゾロゾロと流れ込んでくる。
「いたぞ。道中で見かけた勇者パーティだぜ」
「滅多に通りかからない獲物だ。一端の勇者なら装備品もそれなりの額で売れるだろうな」
それを見て先ほどから空気だったモブ店主が青ざめて叫ぶ。
「ひい! この辺りをうろついているゴロツキどもだ! 村人や旅人を襲う盗賊崩れだよ!」
ゴロツキたちはニタニタと武器を取り出してアタイたちに迫る。
そこでついにアタイとスージーがブチギレた。
「うるっさいわね! 今はそれどころじゃないのよ!」
「まずこの電波女とカタを付けなきゃなんないんだからさあ! ザコはすっこんでな!」
殺気を含んだ剣幕に思わず怯む男たち。
「えっ……。いや、その……」
「邪魔だって言ってるでしょ!? 外で待ってなさいよ!」
「言葉が通じねえのか? あ? 死ぬか?」
「ちょっ! スージー! ゴブ子!」
「2人を止めろォ!」
「もうメチャクチャなンだわ……」
大乱闘が始まった。
狭い酒場の中で十数人がもみくちゃになり、怒号と共に食器や料理が宙を飛び交う大騒ぎ。
「なんだこいつらの荒ぶりようは!? 本当に勇者か?」
「勇者だって時には荒ぶりもするわよ!」
「喧嘩吹っ掛けてきたのはあんたらだろ! 今さら吠え面かいてんじゃないよ!」
般若と化した女子2人の怪力で次々と床に沈んでいく野盗ども。
恋する女の子はつおい。
「調子こいてんじゃないわよ!」
「ボディにしな!」
スージーが背後から泣きべその男を羽交い絞めにし、そこにアタイがしこたま腹パンを打ち込んでいく。
その時だった。
仲間を助けようと別の男が割り込み、手にしていたハンマーをアタイ目掛けて振りかぶったのだ。
「ゴブ子! 後ろよ!」
「あっべ!」
振り向いたアタイの視界を迫り来るハンマーが埋めつくす。
頭蓋粉砕コースやんけ。
終わった――――。
だがその刹那、まばゆい光があふれてグラリと目の前が歪んだ。
それにあわせて妙な浮遊感を覚える。
「あ、あれ……?」
一拍置いたのち、謎の光と一緒にハンマーは目の前から忽然と姿を消していた。
いや、消えるという表現は正確ではない。
アタイの目に映る光景が店内の様子を俯瞰するような視点に一新されていたのだ。
「な、なんじゃこりゃあ!」
状況を整理するのに数秒を要したが、どうやらアタイは天井の照明具に引っかかる形で宙づりになっているらしいのだ。
「え? なんでこんな所に?」
もしやこれって瞬間移動?
「ゴブ子さん、ごめんなさい。慌てたので上手く飛ばせなくて」
アタイの眼下で大杖を握るハイネがペタンと尻餅をついたようだった。
やいクソ女、一体アタイに何してくれたんだい!?
――――ほどなくしてゴロツキたちは全滅した。
折り重なるようにして床に積み上がった意識の無い男たち。
ちなみに流れ弾を受けたらしいジョニーとスラモンはバラバラの断片になってその山に埋もれていた。
「俺たち結局こうなるのね」
「まあ順当なンだわ」
スージーはなおもプリプリ怒って腕組みをしている。
「ふん、勇者を甘く見たツケよ!」
「ところでゴブリンガール、そんなとこにぶら下がって何やってんだ?」
「うるさいね! こっちが聞きたいんだよ!」
シブ夫は死屍累々の中をかき分けて尻餅をついたままのハイネを抱き起した。
「ハイネさん。無事でしたか?」
「あ……ああっ……!」
ハイネは穴が開くほどにシブ夫の顔面を見つめながらうっとりと吐息を漏らす。
「こ、これです! まさにこの場面! わ、私……この光景をずっと幼いときから夢に見ていて……!」
2人の空間にまるで少女漫画の世界のごとく謎のキラメキエフェクトが発散されている。
「感動で胸が張り裂けそうです……!」
「アタイが裂いてやんよ?」
「物理的にね」
ウォーミングアップも終わったことだし、いよいよこのフザけた女を血祭りにあげてやるかねえ……!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
なんだクソがァー!
いかにも運命的みたいな演出を凝らしたところで、所詮あんたはしがないストーカーでしかないんだよォ!
勘違いしてんなよボケカスがアー!
【第118話 ゴブリンガールは祈祷師と出会う!】
殺意の風が渦を巻く――――




