3.昔語り(1)
夢の中で、エリノアはやはりギルフォードを捜して駆けまわっていた。
ヘザー城でともに暮らしていたころ、ギルフォードはほとんど毎日エリノアと食事をともにしていたし、政務が忙しくない時は〈王の塔〉でエリノアと過ごす時間も設けてくれていた。
だからあえて捜しまわる必要はなかったのだが、夢の中ではなぜかエリノアはいつも、ギルフォードの姿を求めて駆けていた。
「おじさまは、新しいお妃をお迎えになるの?」
この時のギルフォードはウォルターが着ていたのとよく似た、黒地に一角獣の模様を織りこんだローブを身につけていた。
ギルフォードの妻ジョアンが世を去って一年、ダウランド王妃の座はいまだ空位のままだった。諸外国からも国内の貴族からも再婚の話は引きも切らなかったが、当のギルフォードは何かと理由をつけてそれを断っていた。
この日、エリノアが息せき切ってギルフォードを問いつめたのは、王がようやく後添いを迎えることにしたらしい、というような人の噂を耳にしたからだった。
「どうしてそう思うんだね、エリノア」
「女官たちが話していたのを聞いたからよ。ふさわしいご婦人が、近いうちにこのお城にやってくるって」
ギルフォードはエリノアの目を覗きこみ、ほほえんだ。暗い青灰色の瞳には、最愛の妻を喪った時の悲嘆が今も刻まれていた。
それを見た瞬間、エリノアは自分の振る舞いを後悔した。
なんという愚かなことをしてしまったのだろう。
ギルフォードの中には今も、一年前に天に召されたジョアンが生きている。そんなことはわかりきっていたというのに、エリノアは有りもしないことでこの人を問いつめ、秘めておくべきだったことを明るみに出してしまった。
「きみが聞いたのはおそらく、わたしの弟の妻になる女性のことだ」
「カルヴァート卿の?」
「彼もそろそろ身を固めてもいい年だからね、ライルズ公に頼んで、ふさわしいお嬢さんを探してもらったのだよ」
ハンフリー・カルヴァートはこのとき十八歳。宮廷に出入りする男性ならば、確かに家庭を持ってもおかしくない年ごろだった。
エリノアは安堵のあまり泣き出してしまいそうだった。
ギルフォードが亡妻をどんなに愛していたか、エリノアは誰よりもよく知っていた。廷臣たちが彼に再婚を勧めるのが許せなかった。彼らの思惑に屈し、ギルフォードが自分を犠牲にしたのでなくて、本当に良かった。
「ごめんなさい、おじさま」
エリノアは素直に謝った。
「勝手に思い違いをして、無作法なことを訊いてしまって」
「謝らなくてもいい。きみが正しいのだよ、エリノア。王位についた者の最大の義務を放棄しているのは、わたしなのだから」
「後継者のことなら、アルフレッドがいるわ」
ギルフォードはこの少し前に、エリノアの従兄アルフレッドを王位継承者に指名していた。彼はエリノアの伯母の長男で、賢君として名高いエセルレッドの外孫にあたるので、マロリー派の貴族ならば誰もが認める後継者だった。
ギルフォードとジョアンの間に子どもはいなかった。つまりギルフォードは、王位を継がせる実子を持つことを、この時すでにあきらめていたのである。
「きみの従兄は王位にふさわしい、良い若者だ。だが、王の息子ではなく女系の孫息子では、納得しない者たちもいる」
「オニール派の人たち?」
エリノアは腑に落ちなかった。ギルフォードが別の女性を押しつけられることなく、望みどおり最愛の妻の喪に浸っていられるなら、王位の問題などは些細なことのように思えた。
もし――王たるもの是が非でも身を固めなければならないと言うのなら。
すぐ目の前にエリノアがいることに、ギルフォードは気づいてくれるだろうか。
エリノアはエセルレッドの孫娘で、シェリンガム朝の正統の王女である。身分にふさわしい教育を受け、健康にも問題がなく、まもなく嫁いでもいい年ごろになる。
そして、エリノアはギルフォードが好きなのと同じくらい、ジョアンのことも好きだった。聡明で闊達な女性だったジョアンは、エリノアのことを妹か娘のように扱ってくれた。エリノアなら、ギルフォードの悲痛に寄り添い、ジョアンの死をともに悼むことができる。
「――あと数年したら、わたしはきみを嫁がせなければならない」
エリノアの考えていることに気づきもせず、ギルフォードが緩やかに話を変えた。
「自分が拒んだことをきみに強いなければならない。許してほしい、エリノア」
「わたし、覚悟はできているわ」
「本当か。シェリンガム王家とダウランドのために、身を挺してくれるのか、エリノア?」
「ええ、もちろん」
エリノアはほほえみかけた。
地上でただひとりの愛しい男に。