表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最愛の人を殺した男と結婚した王妃の話  作者: 木津川 結
第一幕 とこしえの春
8/65

3.昔語り(1)

 夢の中で、エリノアはやはりギルフォードを捜して駆けまわっていた。


 ヘザー城でともに暮らしていたころ、ギルフォードはほとんど毎日エリノアと食事をともにしていたし、政務が忙しくない時は〈王の塔〉でエリノアと過ごす時間も設けてくれていた。

 だからあえて捜しまわる必要はなかったのだが、夢の中ではなぜかエリノアはいつも、ギルフォードの姿を求めて駆けていた。


「おじさまは、新しいお妃をお迎えになるの?」


 この時のギルフォードはウォルターが着ていたのとよく似た、黒地に一角獣の模様を織りこんだローブを身につけていた。


 ギルフォードの妻ジョアンが世を去って一年、ダウランド王妃の座はいまだ空位のままだった。諸外国からも国内の貴族からも再婚の話は引きも切らなかったが、当のギルフォードは何かと理由をつけてそれを断っていた。

 この日、エリノアが息せき切ってギルフォードを問いつめたのは、王がようやく後添いを迎えることにしたらしい、というような人の噂を耳にしたからだった。


「どうしてそう思うんだね、エリノア」

「女官たちが話していたのを聞いたからよ。ふさわしいご婦人が、近いうちにこのお城にやってくるって」


 ギルフォードはエリノアの目を覗きこみ、ほほえんだ。暗い青灰色の瞳には、最愛の妻を喪った時の悲嘆が今も刻まれていた。


 それを見た瞬間、エリノアは自分の振る舞いを後悔した。

 なんという愚かなことをしてしまったのだろう。

 ギルフォードの中には今も、一年前に天に召されたジョアンが生きている。そんなことはわかりきっていたというのに、エリノアは有りもしないことでこの人を問いつめ、秘めておくべきだったことを明るみに出してしまった。


「きみが聞いたのはおそらく、わたしの弟の妻になる女性のことだ」

「カルヴァート卿の?」

「彼もそろそろ身を固めてもいい年だからね、ライルズ公に頼んで、ふさわしいお嬢さんを探してもらったのだよ」


 ハンフリー・カルヴァートはこのとき十八歳。宮廷に出入りする男性ならば、確かに家庭を持ってもおかしくない年ごろだった。


 エリノアは安堵のあまり泣き出してしまいそうだった。

 ギルフォードが亡妻をどんなに愛していたか、エリノアは誰よりもよく知っていた。廷臣たちが彼に再婚を勧めるのが許せなかった。彼らの思惑に屈し、ギルフォードが自分を犠牲にしたのでなくて、本当に良かった。


「ごめんなさい、おじさま」

 エリノアは素直に謝った。

「勝手に思い違いをして、無作法なことを訊いてしまって」

「謝らなくてもいい。きみが正しいのだよ、エリノア。王位についた者の最大の義務を放棄しているのは、わたしなのだから」

「後継者のことなら、アルフレッドがいるわ」


 ギルフォードはこの少し前に、エリノアの従兄アルフレッドを王位継承者に指名していた。彼はエリノアの伯母の長男で、賢君として名高いエセルレッドの外孫にあたるので、マロリー派の貴族ならば誰もが認める後継者だった。

 ギルフォードとジョアンの間に子どもはいなかった。つまりギルフォードは、王位を継がせる実子を持つことを、この時すでにあきらめていたのである。


「きみの従兄は王位にふさわしい、良い若者だ。だが、王の息子ではなく女系の孫息子では、納得しない者たちもいる」

「オニール派の人たち?」


 エリノアは腑に落ちなかった。ギルフォードが別の女性を押しつけられることなく、望みどおり最愛の妻の喪に浸っていられるなら、王位の問題などは些細なことのように思えた。


 もし――王たるもの是が非でも身を固めなければならないと言うのなら。

 すぐ目の前にエリノアがいることに、ギルフォードは気づいてくれるだろうか。


 エリノアはエセルレッドの孫娘で、シェリンガム朝の正統の王女である。身分にふさわしい教育を受け、健康にも問題がなく、まもなく嫁いでもいい年ごろになる。

 そして、エリノアはギルフォードが好きなのと同じくらい、ジョアンのことも好きだった。聡明で闊達な女性だったジョアンは、エリノアのことを妹か娘のように扱ってくれた。エリノアなら、ギルフォードの悲痛に寄り添い、ジョアンの死をともに悼むことができる。


「――あと数年したら、わたしはきみを嫁がせなければならない」


 エリノアの考えていることに気づきもせず、ギルフォードが緩やかに話を変えた。


「自分が拒んだことをきみに強いなければならない。許してほしい、エリノア」

「わたし、覚悟はできているわ」

「本当か。シェリンガム王家とダウランドのために、身を挺してくれるのか、エリノア?」

「ええ、もちろん」


 エリノアはほほえみかけた。

 地上でただひとりの愛しい男に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ