1.王と王妃(3)
「まさに今が花の盛りだな、おまえの妻は」
ウォルターは王冠を頭から外しながら、側でつぶやいた叔父に目をやった。
朝の礼拝を終え、居所のある〈王の塔〉に戻ってきたところである。すぐに再び塔を出るのだが、その前に衣装を替えなければならない。王族というのは出向く目的にあわせて数時間ごとに着替えるものらしい。
王位を手に入れ、このヘザー城で暮らすようになって半年近くが経ち、馬鹿馬鹿しいようなこの習慣にも慣れた。もともとウォルターは順応性が高いほうである。
「輝く朝日の中で、おまえに向ける笑みの美しいこと。その名のとおり伝説の王妃の再来ではないか」
「たまたま名前が同じであるだけでしょう」
ウォルターの妻となったエリノアは、シェリンガム王家の初代王妃と同じ名前である。歴代で四人目のエリノア王妃にあたるらしい。
「偶然なものか。おまえの王位を祝福するために、神があの姫君をお遣わしになったに違いない」
ウォルターは冷めた目で叔父のスティーヴンを見つめた。彼は信心深いのを通り越してときどき夢見がちである。
もっとも、両親を亡くした自分をこれまで庇護してくれたのはこの叔父なので、ウォルターも心から彼を突き放す気にはなれない。感覚のあわない点が多々あると感じていても。
八か月前、ウォルターが亡命先からこのダウランドに戻り、王位を賭けて前王の軍と戦った時も、スティーヴンは文字どおり先陣を切って力を尽くしてくれた。その恩と、唯一の血族であることから、ウォルターは王位についてすぐスティーヴンを宮内長官に任じた。
「それはともかく、叔父上。名簿はできていますか」
「もうそこにあるぞ。――おまえ、陛下にお見せしなさい」
従者が捧げ持つ台座に冠を置き、別の従者が差し出した紙を受け取ると、ウォルターはざっと目を走らせて顔をしかめた。
王妃の誕生日を祝う宴の列席者には、この国のほとんどの貴族が名を連ねている。遠方に領地を持つ者も今日のために王都ウィンバリーまでやってきている。
だが、ウォルターが求めていた名前は見つからなかった。
「カーティス伯はまた、こちらの厚意をないがしろにしたようだな」
スティーヴンが苦々しげにつぶやいた。
カーティス伯は王妃エリノアの従兄にあたり、ウォルターが今もっとも動向を気にかけている貴族である。
ウォルターとエリノアはともに、ダウランド中興の祖と呼ばれるゴドウィン二世王の直系である。ウォルターはゴドウィンの次男オニール公の、エリノアは三男マロリー公のそれぞれ玄孫にあたる。
オニールとマロリー、シェリンガム王家から枝分かれしたふたつの家系は、ゴドウィン二世の嫡男の血が絶えて以来、百年近く王位をめぐって争いを繰り広げてきた。オニールがマロリーを追い落とし、マロリーがオニールから奪い返し――そして、オニール家の血を引くウォルターが、マロリー家のギルフォード四世を討ち破ったのが、今から八か月前。
王位を勝ち取ってウィンバリーに入ってすぐ、ウォルターはエリノアに求婚した。エリノアはギルフォードの前に王位についていた、マロリー家のエセルレッド二世の孫娘である。祖父が世を去ってからもギルフォードのものとなったこの城で暮らしていたという。
オニール家のウォルターと、マロリー家のエリノア。ふたりが結ばれれば、長らく続いた内乱が終わったという証になる。マロリー派の貴族の不満も押さえ込むことができる。そう言ってウォルターにエリノアとの結婚を勧めたのもスティーヴンだった。
その目算はみごとに当たり、ふたりの結婚は平和の訪れを象徴するものとして、今や国中の吟遊詩人によって歌われている。
ただし、すべての臣民がこの物語を快く受け入れているわけではない。
「あの青二才を野放しにしておくのは、やはり反対だ」
スティーヴンが吐き捨てた。
スティーヴンの言う青二才――カーティス伯アルフレッド・ソーンリーは、エセルレッド王の娘の長男だ。つまりマロリー家の血を引いており、王位を請求できる立場にある。二十四歳のウォルターよりひとつ年下で、血気盛んな若者だという評判である。
そのアルフレッドがウォルターの招来を蹴るたびに、スティーヴンは同じことを繰り返している。
「いくら人質を取ってはいても、当の本人が一向に姿を見せないのでは――」
「叔父上」
ウォルターは遮った。
「ご心配はありがたく頂戴しておきますが、カーティス伯はわたしの妻の従兄です」
「だから危険だと言っているのだ。エセルレッドの孫息子だぞ」
「おっしゃるとおりです。ただわたしは、妻の悲しむ顔を見たくないのです」
スティーヴンが顔を歪め、怒りの中から嬉しさを覗かせた。
彼は義理の姪となったエリノアのことを気に入っている。ウォルターとエリノアの仲睦まじい様子を見るのも好きである。
「それは――そうだろう。おまえは彼女に惚れ抜いているからな。彼女のほうもだが」
ウォルターは何も答えず、この日はじめて叔父に向かってほほえみかけた。
自分もそうだが、あの美しい王妃は大した役者である。