1・相談
朝、塚本佳弥は一番乗りで学校に来ていた。
高校二年の6月。
桜の時期も終わり、気温も上昇してきているこの頃。
ブレザーを着ていると何もしていなくても少し汗ばんでくる。
(おっせーな・・)
佳弥は自分の席に座りスマホで時間を確認して小さく舌打ちをした。
ガラガラと教室のドアが開くたびにハッとして顔を上げるが、
「あれ?佳弥どうした?早くね?」
佳弥が待っているクラスメイトでは無く肩を落とす。
「ああ・・ちょっとね」
溜息をつき項垂れる佳弥にクラスメイトは首を傾げながらも自分の机に鞄を置いて教室を出て行ったり、参考書を開いて勉強している生徒もいる。
佳弥の通う高校は、そこまでレベルも高くないし有名ではないが、進学高だ。
それなりに勉強をすればいい大学に行くこともできる。
いつもなら、朝練終わって、戻ってくる頃なのに・・
何で、今日に限って遅いんだと佳弥は、前の席を見たその時、またドアがガラガラと音を立てた。
そして、開いたドアから佳弥が待ち望んでいた顔が現れる。
(やっと来た!)
その瞬間、勢いよく立ち上がり叫んだ。
「拓海!大変だ!」
「え!?な・・なに?」
拓海と呼ばれたのは高校からの友達の音羽拓海。
身長は163センチと小柄だ。
佳弥は175センチの為、その身長差は大きくいつも見下ろす形になってしまう。
入学して同じクラスになった拓海は、最初は大人しくて引っ込み思案なイメージがあったのだが話してみれば良く喋り、妙に佳弥とは馬が合った。
佳弥より成績も良く、勉強よりも部活だ!という佳弥は試験のたびに拓海に助けてもらっていた。
「どうしたの!?」
いきなり突撃された拓海は驚いて佳弥の胸を押し返し距離を取った。
「あ・・ゴメン!拓海を待っていたんだ!」
「なんか、鼻息荒いけど大丈夫?」
クスクスと笑いながら佳弥の横をすり抜け自分の机に向かった。
「荒くないよ!お前に話しっていうか・・色々さあるんだよ!」
拓海の後を追いながら慌てて言った。
「色々?」
首を傾げながら鞄を机の横に掛けると椅子に座った。
「話しがあるにしても、ちょっと落ち着きなよ・・相変わらず朝から元気だよね」
ハハっと眉を下げながら笑った。
その笑みに近くにいた女子生徒がクスクスと笑った。
「んだよ・・」
笑われた事に、気まずさを感じながら佳弥も椅子に座った。
「それで、そんなに興奮するくらいの話ってない?ついに女子に校舎裏に呼ばれた?」
「違う!呼ばれねーよ!そういうんじゃないんだよ」
早く拓海に話を聞いて欲しくて、待っていた筈なのに、いざ話すとなると言葉がうまく出てこない。
「だから・・あのさ・・」
(ほかの奴らに聞かれるのは・・なんか恥ずかしいな・・)
口籠りながら下を向いた佳弥に、拓海の顔から笑みが消えた。
「ここで、話せないなら教室出る?」
小声で言いながら佳弥の肩に手を置いた。
「あ・・いや、大丈夫・・」
拓海の心遣いに胸がいっぱいになるのを感じながら小さく首を振り身を屈めて拓海に顔を近づけた。
そして、周りに聞こえないように口の横に手を添えると拓海も耳を佳弥の方に向けた。
「お前さ、生徒会長の事知ってるよね?」
「・・・は?」
何を言われるのかと、真剣な顔をしていた拓海の眉が顰められた。
「知ってるに決まってるだろ?何言ってんの?」
「あ・・いや、知っているだろうけど・・お前の先輩だよ」
「佳弥・・さっきから何を言っているのか意味が分からないよ。もうちょっと順序立てて話してくれない?」
呆れたように溜息をつきながら言われ、佳弥は唇を尖らせて唸った。
「うう・・そうなんだけどさ・・」
何から説明するべきか・・と考え、まずは昨日の事を話そうと思った。
「あのな、昨日の放課後の事なんだ・・」
「昨日?」
それから、昨日の煙草の一件を説明し始めた。
たまたま拾った煙草の箱。
タイミング悪く健三に見つかり濡れ衣を着させられそうになり、それを生徒会長の須藤が助けてくれたこと。
佳弥が話している間、拓海は横やりを入れることなく静かに聞いていた。
「なるほど・・生徒会長が通りかからなかったら、危なかったね」
まるで自分の事のように、ホッとした笑みを浮かべた。
「そうなんだよ・・それで、その時の生徒会長が本当にカッコ良くて・・俺、胸がドキドキしちゃって」
そう言って自分の胸を押えた。
あの時感じた感情を思い出す。
「む・・胸がドキドキ?」
佳弥の言葉に拓海が戸惑いの色を浮かべた。
「そう、ドキドキ!胸が苦しくなってさ・・」
昨日の姿を思い出し、また胸が締め付けれる感覚がした。
「佳弥・・それは、どういう・・」
「うん・・もっと近づいてみたいって思ったんだ」
拓海の言葉を遮るように言った。
このドキドキがどういう感情なのか、もう一度会えばはっきりするような気がする
憧れのような・・でもちょっと違うような・・
「近づきたいね~・・」
「お礼も言いたいしさ」
でも、生徒会長との接点なんて何もない。いきなり生徒会室に行っても警戒されそうだし
どうすれば良いか・・と考えて思い出したのが拓海の事だ。
「それで、俺の先輩・・か」
意味が分かったのかフッと小さく笑った。
「そう、お前の部活の先輩のほら、仲のいい涼平先輩!生徒会長と仲が良いじゃん」
拓海は合唱部に入っている。
そこで出会ったのが一つ上の小高涼平だ。
拓海から彼の事をいつも聞いているし、涼平も昼休みに拓海に会いに来ることもあった。
「何とか、涼平先輩に取り次いでもらえないかな?頼むよ~」
顔の前で手を合わせ頭を下げる佳弥に、拓海は困ったような笑みを浮かべた。