9・後悔先に立たず
「はあ・・ここは、そうじゃないだろ・・よく文章を読め」
「うっ・・はい・・えっと・・」
佳弥は涙目になりながらも、問題文に向き合う。
それをどこか冷めたような目で港希は見ていた。
(何故・・引き受けてしまったんだ・・)
煙草の事を黙ってもらう代わりに・・なんて
「はあ・・」
もし、佳弥が「あの煙草は生徒会長のだ!」と言ったところで信じる奴はいないだろう。
あの時、俺だったらもっと上手くかわせた筈だ・・と港希は溜息をついた。
(涼平・・そもそもはお前のせいでもあるんだからな)
あの煙草は自分の物だが落としたきっかけを作ったのは涼平も絡んでいた。
自販機の前で涼平が港希を見つけて走り寄って来た時、いきなり転びそうになり港希にぶつかってきたのだ。
その時、ポケットから煙草を落としてしまい、それに気が付いたのは、生徒会室のこの部屋に入り煙草を吸おうとした時だった。
くそ・・と心の中で舌打ちをしていると
「先輩~・・これ、何て読むんですか?」
泣きそうな声で佳弥が言ってきた。
「どれだ?」
プリントを覗き込むと
「これです~・・すみません」
うう・・と唸りながら指さした。
(こんな事も分からないのか・・)
「君は中学からやり直した方が良いんじゃないか?」
呆れながらも、その意味を教えてやると泣きそうな顔は一変して笑顔になる。
「なるほど!!ありがとうございます!」
「・・・・・・」
(何で・・嬉しそうな顔をしているんだ・・)
佳弥が、理想と違う生徒会長を知れば、少なからずショックを受けるだろうと思った。
いっそ軽蔑して、もう関わってこなければ良いと思い、敢えて冷たく接してみた。
濡れ衣を着せられたのが港希のせいだと分かれば腹も立つだろうと思ったのに、佳弥は怒るどころか、その眼差しは変わらない。
しかも、港希と目が合うたびに頬を赤らめ、そして視線を逸らす。
その反応に心の中で首を傾げた。
(何故赤くなるんだ・・)
まるで、自分に気のある女子のように見える。
(いや・・まさか・・)
何を考えているんだ・・ふと浮かんだ馬鹿らしい考えに心の中で苦笑した。
「先輩!できました!」
問題を解き終わったのか、プリントを持って顔を上げた。
「・・見せろ」
それを受け取り、答え合わせをして愕然とした。
「お・・お前・・・」
「はい!どうですか!俺、少し理解できました!」
「信じられない・・全部間違っている・・」
あまりの馬鹿さに手が震えそうになった。
「よく・・この学校に入れたな・・」
信じられないという目で佳弥を見ると、気まずそうに首を傾げて頭を掻いた。
「ああ・・俺も、自分でビックリっていうか部活推薦でなんとか・・アハハ」
引きつるような笑いに苛立った。
「笑い事か!!馬鹿過ぎて話にもならない!」
バンっとテーブルを叩きながら叫んだ
「す・・すみません・・どうしても英語だけは苦手なんです・・」
肩を落とし、また泣きそうな顔になる。
「苦手だから、点数低くていい法律なんて無いんだよ!!」
「は・・はい!!」
港希の叫びに背筋を伸ばした。
何かに対して、こんなに怒りを感じたのは久しぶりだった。
(俺は・・何を興奮しているんだ・・)
こんなに感情的になったのは初めてだ。
今まで、自分の評価が下がらなければ、他人などどうなっても良いと思って生きてきた。
裏で何をしていようが、隠し通せば良いだけだ。
人を欺くことなど容易いものだ。
教師も生徒も上辺しか見ていないのだから・・
今まで上手く立ち回ってきたつもりだ。
学校の中でも、自分の立ち位置を理解し、そして周りが求める自分を演じている。
ただ、涼平だけは、自分の裏の部分を直ぐに知られてしまったが・・
「はあ・・すまない・・頭に血が上ってしまった・・」
自分の気を落ち着かせるために大きく息を吐いた。
そんな港希の気持ちに気づくはずもない佳弥は
「先輩・・俺、今回は死ぬ気で頑張ります!絶対70点取りますから!」
ガッツポーズをしながら言った。
「・・・・・・」
佳弥の宣言に、目を細めた。
(絶対無理だろ・・70点は高すぎたか・・)
後悔先に立たずとは・・こういう事かと港希は思った。