9話 街の外はどうなってるのやら
食堂のカウンター席に案内してもらった俺は水を1杯頼んでから本題に入る。
「明日、俺はこの街を出るんだが…ここ最近の客の様子とか教えてもらえねぇか?」
「様子…ですか?」
「あぁ、何でもいい。何か噂とかもあれば教えてくれ」
水を飲んで喉を潤している間、店主は記憶を遡っているのか思案顔で黙り込む。
何故俺が改まってこんなことを聞くか、それは旅路の間で面倒事を避けるためだ。いくら便利なスキルがあるとはいえ、俺がこの世界において赤子同然の知識しかないのは確かだ。何があるか分からないという不安を拭うためにも、旅人が客のこの店で情報収集はしておきたい。街の人間じゃ街の外のことに詳しいとは断言出来ないからな。
女将を見て思ったが、旦那も結構人が良い。マルガの父親なのも頷ける。俺の話に真剣に答えようとしてくれるあたり、真面目な質なんだろう。
少し考えていた店主は、強張った表情で話し始めた。
「…あまり良い話ではありませんが、それでもよろしいですか?」
「寧ろ頼む。悪い噂や情報があればそこに無暗に近付かないで済む」
「分かりました。実は、一昨日から宿泊されているお客様から聞いた話ですと、ここトロイメラのすぐ近くの森にオークが住み着いたそうなんです」
「オーク?」
店主の話じゃ、オークってのは豚の頭を持つ巨体の魔獣で、基本は集落を作って生息しているのだが…どうやら街の人間を狙って近くまで進行してきたらしい。現に何人もの旅人が襲われたり目撃したりしていると言う。だが帝国は動かず、街の自警団に任せているとか。
いや、ここお前等の城がある街だからな?万が一のことも考えられない馬鹿なのか、あの王は。
駄王のやり方に呆れているのは国民も同じらしく、困っているとか。そこをあの第二王子が何とかしようとしたが、あの王の息がかかった軍が動く筈がなく、3日後に王子自ら討伐に向かうことになったと決まったのがつい先日だとか。
今の今まで何をしてきたんだと胸倉掴んで問い詰めたい…。
「オークの件は分かった。他にも何かあるのか?」
「はい…、他の魔獣も最近活発に動き始めていると噂になっています。ゴブリンの数も増えていて、被害が相次いでいると聞きました」
問題は魔獣か…。俺に魔獣を倒すだけの力があると断言出来ないから、この先の旅をどうするか悩む。そこで店主に、俺の体力や魔力の数字が一般的にどれくらいの強さになるのか聞いてみた。
数字を聞いた店主は目を見開いてポカンと口を開けて固まった。目の前で手を振る、なんてベタなこともしてみたが効果なく、耳元で手を叩く音で驚かせて正気に戻した。
「大丈夫か?」
「あ、はい…。いや、すいません、つい驚いてしまって」
「そんな驚くことなのか?」
「当たり前ですよ!何ですか、"体力:150"に"魔力:300"って!どこの冒険者ですか、アナタは!?」
店主の勢いに圧倒されつつ、俺は自分がかなり田舎で情報が届かないような土地から無理矢理この国に連れてこられたと説明した。別に嘘ではないから。
店主は「災難でしたね…」と同情した後、俺の数字がいかに凄いモンなのかを説明してくれた。
「我々市民や村人なんかの体力は大体50前後です。普通の労働者はこれだけあれば十分ですよ。それを魔獣と戦ったりして鍛えると体力が増え、一人前の冒険者でも100までいけば大したものです。それを、貴方は…150って……超熟練の冒険者レベルの数値ですよ、それ」
「へぇー…。で、魔力の方はどうなんだ?300なんだが」
悟った目で俺を見る店主はもう何か色々諦めているらしく、淡々と説明してくれた。
「…はっきり申しますと、帝国直属の魔導士に匹敵するレベルの魔力ですね。村人でも稀に魔力に恵まれた人が現れますが、貴方はその域を軽く超えています。名門の魔導士一族でもそうそう出ませんよ、そんな数値」
「意外と雑魚なんだな」
「簡単に言わないでください!大体、今まで数値の意味を全く知らずに生きてこれたって、一体どんな生活をしてきたんですか!?」
この世界の知識を凌駕する技術に囲まれた温室育ちだよ、俺は。この世界に来たのは今日なんだから、世間知らずなのは当然だろ。
そんな本音を漏らす訳にもいかず、俺は水を飲んで適当に流した。店主も溜息を吐いて冷静さを取り戻し、真剣な目で俺を見つめながら告げた。
「お客様の情報を他人に話したりは致しません。ですが、今後はご自分の強さを自覚して行動してください。貴方は間違いなく強いです。街の外の魔獣なんて余裕で倒せます」
旅の問題が早期解決すぎて拍子抜けなんだが。