69話 侵略の予感
サラに場所を提供してもらい、保管庫の隣りにある人が来ないスペースで俺とバルトロはザーフィァを出迎えた。俺の言いつけを守ったつもりのザーフィァは何でか頭上から現れたので本当に驚いた。心臓止まった気がした…。
『イサギ、ただいま』
「お、おぉ…おかえり、ザーフィァ。何で上から来たんだ?」
『人間に見つかると騒がれるだろう?だから建物の上を見つからない速さで走ったんだ。勿論建物は壊さなかったぞ』
屋根の上を走る魔獣なんて絶叫されてもおかしくねぇが、宝石が霞む程輝かせる青い瞳を前にしてそれを口にするなんて俺には出来なかった…。褒めまくったわ、もう。
ありとあらゆる場所を撫でて瞼にキスを送ってからザーフィァに事前に聞いていた"妙な物"を見せてもらった。
色付きの透明なガラスの瓶はザーフィァの魔法で氷の蓋がされていた。中身が漏れ出ないよう工夫してあるのには驚きだ。
「蓋しろって指示してなかったが…自分で考えたのか?」
『まぁ、それもあるが…この瓶の中から出る匂いが気持ち悪いんだ。俺には耐えられなかった』
「気持ち悪い匂い?」
「どういうことだ?ザーフィァが嫌う匂いが原因なのか?」
「待ってろ。"鑑定"」
バルトロの質問を後回しにして瓶の中身を鑑定した。
【誘惑の霧
揮発性の媚薬。呼吸器官から体内に入ることで作用するが、人間には効果が薄い。
嗅覚に特化した獣人や魔獣に効果が大きい。
匂いの特徴として、女性特有の体液に似た匂いをしている】
成程、やっぱりこの類のモンだったか。ザーフィァが嫌う匂いってのも納得した。"純潔"の象徴とも言われるユニコーンにこんなの毒に決まってる。ザーフィァがデュラン・ユニコーンだったから不快感で済んだんだろう。
「バルトロ、"誘惑の霧"って知ってるか?……バルトロ?」
瓶を揺らしながら聞いたが返事が来ない不自然さに顔を上げると、俺の目に飛び込んだのは血の気が引いて冷や汗を垂らす正に顔面蒼白なバルトロの姿だった。
揺れる瞳が動揺を表しているのは素人目に見ても分かる。
「…知ってるのか」
「ッ……昔、この国で取り扱っていた物だ…。だが今は生産を廃止されている筈だ!なのに何故…!?」
「俺が知るかよ。にしても、人間に効かなくて魔獣や獣人に効果があるとか変わってんな」
「あ、あぁ…。それが原因で過去にシスネロス王国の怒りを買ったことがある」
「想像に難くねぇが…何やりやがった」
「シスネロス王国の国民のおよそ3分の2が亜人族で、中でも特に獣人が多い。先代のヴァーギンス帝国の王を筆頭にこの国の上層部はそれを使って獣人の奴隷を裏で囲っていたと聞いた…。それが発覚した当時のシスネロス王国の国王は怒髪天を衝く勢いで、温厚と知られる王国と戦争を起こす寸前だったそうだ」
普段大人しい奴怒らせると凄まじいよな、分かる。俺も雅樹さんが本気で怒った時は震えた…。あの人自分が何言われても怒らねぇ癖に、店のホストにいちゃもんつけられただけで店の奥からバール持ち出してきたんだからな。流石に俺も焦って羽交い絞めで止めた。
「で、お情けで許してもらう代わりに生産を止めたと。今のあの豚親父にこれを秘密裏に作る資金と行動力はあるのか?しかも王妃居るぞ、アイツ」
「………王妃も加担していたら、出来るだろうな」
「うわぁ…」
思い出されるのは城で初めて会った時の王妃の顔。他人を下に見ているのは勿論だが、俺を見る時の目が生理的に無理だった。舐め回すような気色の悪い目はここ最近見ていなかったからかなりご無沙汰だ。出来る限り見たくなかったけど。
いい歳した熟女に性的に見られた経験から考えて、王妃も獣人の若い男なんかを囲っていてもおかしくはないのか…。想像しただけで吐きそう……。
気分が悪くなってきたが話が進まないので吐き気を堪えて続ける。
「うぇ…。……で、国の頂点2人が暗躍していたとしたら可能性は0じゃねぇと?」
「そうだ。これは一刻も早くリーンハルト様に知らせないと…」
「それは俺がガーティに伝えておく。あぁ、それとガーティから"念話"でこんな話を聞いたな」
思い出すのは、妊婦を助けた村で初めて連絡した時のこと。
≪魔獣の出没頻度がおかしい?≫
≪えぇ、例年に比べて相当活発化してるわね。過去のデータを見せてもらったけど、被害報告はそこまで多くないのよ。それが今年は尋常な数じゃないのが調べて分かったの。王子も愕然としているわ。どう考えても不自然よね≫
≪原因は?≫
≪未だハッキリしていないわね。そもそも調査隊とかを編成すらしていないのよ、あの豚は≫
≪王子に任せるのは?≫
≪仕事が多すぎて手に負えないそうよ。だから私が調査に行ってくるわ。魔獣の被害増加が誰かの思惑なんだとしたら、証拠を揃えて断罪の場に突き出してやるわ≫
≪分かった。俺もその辺調べながら旅してみるわ≫
≪お願いね。あー、もー!早くそっちに戻ってイサギに抱き締めて頭を撫でてほしいわ!!美味しいご飯も食べたい!≫
≪が、頑張れ…≫
≪頑張るわ!イサギ愛してる!≫
≪お、おぉ…≫
…近年稀に見る荒れっぷりだったな。ガーティの言葉を理解したら余計凄く思えた…。
「魔獣被害の増加ッ!?そんな話聞いていないぞ!」
「やっぱりな。お前の耳に入ってたら討伐に行っていた筈だろ。だからこれは国王とそれに準ずる人間、もしくは国王と対等な関係の奴の仕業かもしれねぇな」
「対等…、まさか!」
「お前を襲った騎士が持ってたって言う"深化の石"、これも巷じゃ手に入らねぇモンだったよな」
「あぁ…」
「ガーティの話じゃ深化の石はデザール連合国から裏で輸入されていたらしいぞ。今回の誘惑の霧も同じだとしたら、この国ヤベェぞ…」
「デザールに既に内側から攻められていると言うことか…!」
頭を抱えるバルトロを後目に俺はアスクマの街に行く途中に遭遇した山賊を思い出す。アイツ等の武器も確かデザール連合国の軍人が支給される剣だって言ってたな。
思ってた以上にこりゃ手こずりそうだ。
「デザールも重要だが今は後回しだ。ザーフィァ、琥珀の男の連中が今どこに居るかとか分かるか?」
『今は街に居ないな…。俺が調べた森とは違う方角で固まっている。根城かもしれないな』
「何か仕掛けてくるだろうぜ。連中頭は良くねぇがプライドだけはあるからな」
「ニコラスさんの店に戻るか?」
「あぁ、事前に話しておくか」
デザール連合国…関わっちまったからには容赦しねぇぞ。




