67話 元Cランク冒険者
男を待つ事数分、ギルドの裏口と思しき戸から女性を連れて戻ってきた。小柄で小動物のような女性と男が並ぶと美女と野獣を思い出す。これで夫婦なんだから愛は分からねぇな。
「主人のディエゴからお話しは伺っております。私は妻のサラと申します。兄のお見舞いにお付き合い下さるそうで」
「「兄?」」
「はい、ヒューゴーは私の歳の離れた実の兄です」
て事は、このマッチョ男もといディエゴとそのヒューゴーは義理の兄弟なのか。同じ街に生まれた幼馴染が親戚になる、田舎あるあるだな。
「俺はイサギ、Gランク冒険者だ」
「俺はバルトロと言います。同じくGランクの冒険者です」
「宜しくお願いします。兄の住む家は東の外れにありますので、ご案内します」
ディエゴとはそこで別れ、サラの案内で俺達は街を歩いていく。ローサとメラニーに店まで案内された時とは違い、人通りが少ない道だった。女1人で今こういう道を歩くのはマズいのではと考えていたが、バルトロも同じ意見だったようだ。
「この辺りは人が少ないんですね?」
「はい…。琥珀の男の人達が乱暴するようになって、別の街や村に移った人達の家やお店だった建物が多いです」
「サラさんは1人でお見舞いに行かれることは多いんですか?」
「いえ、基本的に主人と一緒です。2人の都合が合う日に行くようにしていますが、今日はお2人が主人の代わりに守ってくださると聞いたので、少し早いですが食事の差し入れを」
俺達いつの間にか用心棒扱いになってたんだが?勿論そんな話を聞いていないバルトロも苦笑したが、そのまま何事もなかったようにサラと会話を続ける。人当たりの良いバルトロに相手を任せている間に、俺はザーフィァと"念話"する。
≪ザーフィァ、どうだ?≫
≪こっちは問題ない。今からそっちに向かおうか?≫
≪いや…、出来れば森の中を調べてほしい。おかしな点が無いか見てくれ。人に見つからずに街から抜けて出ろ、出来るな?≫
≪勿論だ。分かったことがあれば伝える≫
≪あぁ、頼む≫
念話を切って前に居る2人を見たが特に問題なし。寧ろ会話が盛り上がっている気がする、主にサラが。バルトロが押され気味なのが気になる。何の話してんだ一体。
「盛り上がってんな」
「そ、そんなことはないぞ!?」
「そんな全力で否定しねぇでも…」
「ふふふ、仲がよろしいのですね!」
仲が良い…のか?俺達って。
改めて考えてみると、俺が異性とこうして肩を並べてプライベートで歩くことは殆どなかった。仕事もオフも同性が周りに来るだけで異性に関心を持たれるのは仕事のスキルぐらいだ。同じ店で働く同僚や後輩を連れて飲みに行くなんてあまりしなかったからな。
こうしてみると、俺って本当寂しい人間だったんだな。
「イサギ?どうした?」
「別に。それより、あの小屋か?何かデケェの居るんだが」
「はい。彼は兄の冒険者時代からのパートナーなんです」
ニコニコ聖母のような微笑みを浮かべるサラの話で納得した。ソロでCランクまで上りつめたのはヒューゴー本人の強さだけではなかったようだ。そしてディエゴが俺に言っていた"稀に強い魔獣に懐かれる人間が居る"って言葉に合点がいった。
尖った耳に爛々と光る鋭い眼光、唸り声を上げる口からは牙と少しの涎が見える。これで棘の付いた首輪があれば俺の知る番犬のイメージそのものになるだろう。
小屋と同じ大きさのドーベルマンに似た魔獣は俺とバルトロを威嚇するが、サラが前に出た途端牙を仕舞った。上下関係がしっかり出来てるようだ。
「ダーク、大丈夫よ。この方達は兄のお客様なの」
「グルルルルル…」
「良い子ね。明日ディエゴが美味しいお肉を持ってきてくれるから、それまで我慢してちょうだいね?」
「ウォン!」
サラに頭を撫でられたドーベルマンもどきはその場に伏せてまた番犬を続ける。
何で琥珀の男の奴等がヒューゴーに嫌がらせをしないのかと疑問に思っていたが、こんなデケェ魔獣が居たらそりゃ手出し出来ねぇか。アイツ等実力は大したことなさそうだし。
「兄さん、食事を持ってきたわ」
扉を開けて中に入るサラ。それに続いてバルトロが入ろうとしたが、俺が咄嗟に腕を掴んで後ろに引いて抱きとめた。
するとバルトロが歩いた先を見越して投げられた短剣が壁に深く突き刺さる。俺が腕を引いていなかったら間違いなく当たっていただろう。傷が付くかは分からねぇが。
「兄さん!!」
「下がっていろサラ!何者だお前達!!」
「兄さんやめて!この人達はディエゴが頼んで私の護衛をしてくれた人達なのよ!」
「ディエゴが…!?何考えてるんだアイツは!」
「兄さん落ち着いて!お願い!この人達は悪い人ではないの!」
静かな小屋が荒れる荒れる…。
ベッドに座った状態の男はサラと同じ目の色をしているが他は似ていない。本当に兄弟なのかと聞きたくなる程体格も髪色も違う。
たまーに居るよな、こういう兄妹。
暫く傍観し、2人の話が落ち着いたのを見計らって中に入らせてもらう。サラに頭を下げられたが別に大した問題じゃないので謝るのは止めてもらった。バルトロに関しては顔の血色は悪くなく、寧ろ赤いくらいだ。
どうしたと聞いても何でもないと返されたから無視の方向で。
「……流れの冒険者が俺に何の用だ」
「足が動かねぇと聞いたが」
「……見ての通りだ。熱湯ぶっかけても氷水に突っ込んでも何も感じねぇ…。こんな身体、生きてくのに不便でしょうがねぇ」
「………」
中々デンジャラスなことしやがるな、このオッサン…。
警戒された状態で許可なんか下りないと分かっているので勝手に"鑑定"する。
【名前:ヒューゴー
年齢:38
称号:『薙ぎ払う者』
職業:***
体力:141(-36)
魔力:96
攻撃力:185
防御力:151
瞬発力:130(-34)
スキル:槍術 短剣術 従魔 熱源探知
従魔:ヘル・ハウンド
状態異常:下半身麻痺】
攻撃力185って俺より強ぇ…、流石Cランク冒険者。けど体力と瞬発力が全盛期から落ちてるみたいだな。落ちる前は体力177、瞬発力164と…冒険者ならそれくらいあるか。でも今の寝たきり状態になって落ちたって訳だ。
にしても、表のあの犬"ヘル・ハウンド"とか…。凄ぇ物騒な名前だな。地獄の猟犬、納得のルックスだわ。
状態異常なんて欄まであるのか。ちゃんと"下半身麻痺"って出てるな。
治せるかどうか分からねぇが、やれるだけやってみるか。
「バルトロ、下がってろ」
「あ、あぁ…」
「イサギさん?」
「おい、妙な真似をしたらすぐにその手を切り落とすぞ」
「ハッ、勇ましいこった。だがそれは俺の実験が終わってからにしろ」
「実験だと!?やっぱりお前、アイツ等の差し金じゃ…!」
「"治癒"」
「!!?」
手をかざしてヒューゴーの身体全体を包み込むイメージで魔力を送る。掌から出てきた金色のオーラがヒューゴーの身体を包み、身体の中へと消えていく。
足に集中して送り込まれてたオーラがこれ以上入らないのを感覚で判断して魔力を止める。
何が起きたのか分からず、自分の身体をペタペタと触っているヒューゴーの足に俺は強めのチョップをお見舞いしてやった。
「いって!?」
「これでバルトロの件はチャラな」
「え、あ、あぁ…。…あれ、痛い……?」
「感覚も正常だな、ベッドから下ろしてみろ」
ヒューゴーは恐々と腰の力を使って体勢を変え、ベッドから足を下ろした。その下ろし方から、感覚がちゃんとあると判断出来る。感覚の無い足なら重力に伴って真っ直ぐ落ちる筈だ。
だがヒューゴーの足は震えながらゆっくりと床に足をつけ、そのまま立ち上がれた。数歩歩いてもふらつきは無く、真っ直ぐ歩けている。念のためもう一度"鑑定"を行っておいた。
【名前:ヒューゴー
年齢:38
称号:『薙ぎ払う者』
職業:***
体力:177
魔力:96
攻撃力:185
防御力:151
瞬発力:130
スキル:槍術 短剣術 従魔 熱源探知
従魔:ヘル・ハウンド】
状態異常が消えた上に体力・瞬発力が元に戻ったのか。俺の魔法って本当に便利だなー。これでまた冒険者に復帰出来るだろ。
なんてあれこれ考えてると突然俺の上半身が圧迫感に襲われた。何事かと顔を上げると男泣きしたヒューゴーがとんでもない力で俺を抱き締めている。俺の倍の太さの腕できつく締めるモンだから肺から空気が抜けるだけ抜けて全く入ってこない。更に背骨や肋骨がミシミシと悲鳴を上げている。
ヤベェ、これ死ぬぞ…!?
「ありがとう!本当にありがとう…!!」
「う、ぐ…ッ!」
「イサギ!?ヒューゴーさん!イサギを離してください!息してません!!」
「何ッ!?」
バルトロの言葉にヒューゴーも慌ててやっと解放してくれた。酸素を渇望している細胞に行き渡るように俺は呼吸を繰り返す。一瞬走馬燈で親父の顔が見えた…。
危機一髪だったが相手に悪気はないので責める気にもなれず、俺はバルトロに背中を撫でられながら呼吸を整える。久々に焦った。
「ゲッホ…、どうやら問題ねぇみたいだな……」
「あぁ!冒険者時代と全く変わらねぇ身体だ!本当に助かった!何て礼を言ったら良いか…!」
「私からもお礼を言わせてください!ありがとうございます!」
義理堅い性格だったらしく、ヒューゴーは俺の手を握って男泣きし続ける。その横でサラは大粒の涙を流して嬉しそうに笑っていた。
まさかこんな展開になるとは思っていなかったが、アイツ等より強い冒険者が復活となりゃ俺としても動きやすい。
「礼は良いからさっさと冒険者に復帰しろ。そんで琥珀の男の連中を袋叩きにすんの手伝ってくれ」
「何だそのとてつもなくやる気の出る話は」
「じゃあやる気出てる内にギルドに行くぞ。色々やりてぇ事があるんだからな」
「おう!」
でも行く前に顔拭けよ?




