66話 買い取り
「おいおい、こりゃぁ…とんでもねぇな」
腕の太さが俺の腰と同じなんじゃねぇかってぐらいのゴリゴリのマッチョ男と俺、そしてアリヴィンを抱えたバルトロが今居るのはギルドの保管庫。
アスクマの街みてぇに作業場があるのかと思っていたが、パイザの街のギルドはカウンター奥の家庭用テーブルぐらいの大きさの作業台しかなかった。そこで急きょ、広さを重視して場所を探した結果、保管庫に行きついた。
因みに俺の隣りでトロールとアビスサーペントに冷や汗垂らしてんのはこのギルドで解体専門職の男。生え際の後退具合から40代半ばってところか。
バルトロもアビスサーペントの存在は知らせていなかったから驚いて俺を凝視している。穴開きそうだからやめろ。
「これ、買い取りして欲しいんだが」
「お、おぉ…。いやー、まさかトロールとアビスサーペントをこの目で見る日が来るとはな」
「金になんのか、これ」
「ったりめぇだ!トロールの皮は上級冒険者が愛用する革鎧になるし、アビスサーペントの毒は調合すりゃ薬になる。ま、そのまま武器に塗って使う奴が大半だがな。あとは牙だ!アビスサーペントの牙はレイピアに向いてるんだ、良い剣になるぜ!皮は貴族御用達の革製品だ。アビスサーペントなんてAランクの魔獣、よく見つけたな。コイツ等滅多に地上に顔を出さねぇから見つけるのがそもそも難しいんだ」
「デュラン・ユニコーンの前じゃこの様だがな」
「デュラン・ユニコーン!?あの、"狂乱の一角"の!?お前さん、見たのか!?」
「見たも何も俺の従魔だ」
「従魔!?お前さんGランクの冒険者だろ!どうやって捕まえたんだ!?」
「捕まえた訳じゃねぇ、懐かれただけだ」
「お、おぉ…そうか。まぁ、稀に強い魔獣に懐かれる人間は居るからな。お前さんもその口か」
何だそれ。初耳だぞ、オイ。
稀にと言ってるがどれ程珍しいのかによって俺の今後の言い訳が決まってくる。あまりに稀少過ぎた場合は別の言い訳を考えよう。誰もがこの男みてぇに脳筋って訳じゃねぇからな。
「今何か失礼なこと考えてなかったか?」
「気の所為だろ。それより解体にどれくらい掛かる」
「そうだなぁ、オークの解体も含めて明日の昼ってところか。オークの肉は売らねぇのか?」
「食料にする」
「そうか、なら他は全部ギルドで買い取りで良いんだな?」
「多少安くても構わねぇぞ、さっき迷惑掛けちまったからな」
「たっはは!アンタ器がデケェな!あの連中をボコボコにしてくれた事なら、寧ろ感謝してんだぜ!俺ぁ」
やはり快くは思われていないよな、アイツ等…。でもアレでDランクっておかしくねぇか?幾らランク昇格の方法が依頼を熟した数だからって、あんな頭悪そうな連中が上がれる程簡単な依頼ばかりなのか?
その辺を男に聞いてみると、渋い顔をして椅子を出してくれた。どうやら長くなるようだ。
「アイツ等がこの街にやって来たのは今から2年近く前だな。その頃はまだ今みてぇにデカい面はしてなかったんだ。アイツが居たからな」
「アイツ?」
「Cランクのソロ冒険者、ヒューゴーだ。この街の生まれでガキの頃からの付き合いだが、アイツ以上に冒険者に向いた男は居ねぇよ」
「Cランクならアイツ等より上じゃねぇか、しかもソロでだろ?依頼か何かで居ねぇのか?」
「………」
男は顔をくしゃりと歪めてテーブルに拳を叩きつけた。やるせない出来事が起きたのだと理解した。
男は俯いた状態で話を続ける。
「…もう、冒険者どころかまともに働くことも出来なくなっちまってんだ…」
「…怪我か」
「あぁ、討伐依頼の途中でヘマしたって本人は言ってるが、実際は琥珀の男の連中が依頼の邪魔をしたから怪我させられたんだ。他の冒険者がそう言っていた。しかもその怪我が重く、中々治らずそのまま足がピクリとも動かなくなっちまったんだ。その所為でアイツは冒険者を辞めるハメになっちまったんだ!しかもあの野郎共、ヒューゴーがギルドに来なくなってからデカい面しやがって…!ランクの昇格だってどうせイカサマしてるに決まってらぁ!!」
下半身不随か…、確かに冒険者は疎か普通の職になんかありつける筈ねぇ。
しかも話を聞いて思ったんだが、連中は最初からヒューゴーとか言う男を亡き者とまでは言わねぇがそれなりの怪我をさせたくて最初からそこに居たんじゃないか?ヒューゴーって男がどんな人間かは知らねぇが、咄嗟に庇われるのを見越してその場に居たんだとしたら…思っていた以上の下衆だな。
「そのヒューゴーって男は、今は別の街に?」
「いや、この街の外れに居る。俺と女房が差し入れと様子見を兼ねてな」
「様子見とは?」
「…数ヶ月前だが、アイツ……自殺しようとしてたんだ。たまたま近くに用があったから行ったら首吊る直前でな、思わず殴っちまった…」
動けなくなった自分の足に絶望し、更に幼い頃からの友人とその妻に面倒を見てもらわなければいけない生活…。死を選択する理由としては十分か。
森の方を調べようと思っていたが、これは聞かなかったことには出来ないな。
「怪我はそんなに酷かったのか?」
「あぁ…デモン・タランチュラだ、聞いたことぐらいはあるんじゃねぇか?猛毒を持つ蜘蛛の魔獣だ」
「あ、あー…アレか」
アスクマに行く途中で倒したわ、俺…。そうか、あの蜘蛛の毒が下半身に回って麻痺しちまったのか。
俺の魔法がどれだけの威力を発揮するかは定かじゃねぇが、試してみる価値はありそうだ。
「そのヒューゴーの家はどこにある」
「…何するつもりだ」
「期待させたくねぇから言いたくねぇ。だが、疑われるような真似はしないと断言する」
「………待ってろ、俺の女房に案内させる」
「分かった」
間はあったが何とか知人からの許可は得られた。まぁこれで断られたらニコラスの店まで戻って聞きに行くだけだがな。
保管庫から男が出て行くとバルトロが困惑したままアリヴィンを俺に渡す。胸に埋もれようともぞもぞ動くアリヴィンだが、生憎今の俺の胸はサラシの向こう側なんだ。悪いな。
「どうするつもりなんだ?」
「怪我人だったら何とかなるんじゃねぇかと思っただけだ。あの連中より強い人間が居るならソイツに街を任せれば良いだけの話だからな。後は個人的に釈然としねぇ」
「イサギらしいな…。それにしても、ソロの冒険者でCランクは珍しいな」
「やっぱりそうか。琥珀の男の連中はDランクの癖に全員接近戦が得意な武器ばっかりだった。あれでDランクになれる訳がねぇ」
「そうだな、どういう手口で昇格したかは分からないが…彼の言うイカサマも気になる」
「そのイカサマを探って証拠にするのも悪くねぇな」
これから行く家で成功すれば、かなり動きがスムーズになりそうだ。
アリヴィンをフードに入れてから保管庫の外に出れば、どこかの草原の青さを運んだ風が吹いていた。こういう風から長閑さを感じる。
「ところで俺の武器は?」
「俺が素手で倒せる連中なんだから大丈夫だろ。明日買いに行くってことで」
この件が終わったら、浴びる程酒でも飲むか。




