65話 喧嘩上等
不自然な静けさがあったギルドの中は今、俺VS琥珀の男の喧嘩で僅かに賑わいを見せ始めた。と言っても、聞こえるか聞こえないかってぐらいの小声でだが。
「何者だ、あの男…。琥珀の男の盗賊を片手で倒しちまったぞ」
「他の街の上級冒険者か?」
「馬鹿な、今この国に上級冒険者なんて居ねぇよ。殆どがシスネロスかアビシオンに行っちまってるんだからな」
「新人か…?相当な腕だぞ」
「アイツなら、ひょっとしたら…」
俺がさっき倒した男はシーフって言うのか。どういう職業なのか後で調べるのも悪くねぇが、それより気になるのは"上級冒険者がこの国に居ない"という話だ。
戦争が関係してんのか?
「俺を前に啖呵を切っておいて考え事たぁ良い度胸してんじゃねぇか!」
無駄によく見てるな、この男…。
「俺が行こう、リーダー」
リーダー、ゲロルトと呼ばれた男の前に買って出てきたのは甲冑に身を包んだ男。俺と同じか少し高い程度の身長差だが、全身甲冑じゃあ本当の体格なんざ分からねぇ。
腰に差した剣を抜いたかと思えば、男は構えるでもなくベラベラと語り始めた。
「アヒムは簡単に倒せる男だが、俺は違うぞ。これでも俺は騎士団に所属していたのだ、経験の差は簡単には覆られまい。こちらは数々の魔獣を斬り伏せた剣に対し、お前は何で俺を倒すと言うのだ、ん?何とか言ってみぃッ!!?」
口を開かせたのが失敗だったと後悔しつつ、甲冑の上からだが男のみぞおちに一発お見舞いした。拳には殴った感触はあるんだが痛みは無く、それに対して男の甲冑は俺の拳の跡を残して変形していた。倒れてピクリともしていないが、兜の隙間から胃液を漏れ出ている辺り問題ないな。
「テ、テメェ!今ジーモンが話してる途中だっただろうが!!卑怯だぞ!!」
「喧嘩の真っ只中にあんなベラベラ喋る奴があるか、馬鹿だろお前」
「ンだとぉ…!?」
「しゃらくせぇ!全員でやっちまえ!!」
「「おおぉぉ!!」」
残りの4人が一斉に武器を抜いて迫りくる。
喧嘩なんてタイマンでやる方が少ねぇだろ。俺としてはこっちの方が慣れてるからやり易いが、これ以上ギルドの中で暴れると後が面倒だな。
被害は最小限、か。
「よっと」
軽く床を蹴るだけで簡単に高く跳べる自分の身体に未だに慣れないが、馬鹿の一つ覚えのように突っ込んできた4人は上を見上げるだけで攻撃してくる気配はない。どうやら近接戦を得意とするパーティのようだが、それって大丈夫なのか?冒険者に詳しくない俺でもバランスの悪さは分かるんだがな。
このまま落下しても問題ねぇが、折角だから新しく習得したスキルでも使ってみるか。
「"鉄躯"」
スキルを発動させた途端、自分の身体がまるで金属になったのか光沢を帯びた。これはスキルを発動した時の現象なのか?心なしか身体が少し重くなった気がする…。
だが跳んでいる今なら好都合だ。そのまま重力に逆らわず落下し、加えて身体を捻って遠心力を利用する。
「おらッ!!」
馬鹿デカい斧を持った半裸の男の頭に踵落としを喰らわせる。斧で抵抗されると見越してスキルを使ったのに、棒立ちの奴に踵落とししちまった…。
…まぁ、異世界の人間だし、冒険者名乗ってんだから多少丈夫に出来てるだろ。
そう信じることにして踵落としで伸びた男の首飾りを掴んで後ろに回り込んでいた双剣使いの男を下敷きにする。細マッチョ体型の男に筋肉の塊みたいな男は重すぎたのか、一緒になって床で寝た。呆気ねぇ。
「こ、コイツ強ぇぞ!?」
「馬鹿言え!たかが野郎1人に何ビビってやがる!!」
「ったりめぇだ雑魚共が」
「あ゛ぁ!?」
「俺にビビってたら俺の従魔の相手になんてならねぇぞ」
「従魔ぁ…?何言って」
『呼んだか、イサギ』
「……へ?」
少し振り返るが、俺とコイツ等との喧嘩が始まった時他の冒険者や職員達は遠巻きに見ていた。けれど今は全員机や椅子、職員に関してはギルドの部屋の奥に隠れてしまった。決して俺達の喧嘩の被害を恐れた訳じゃない。幾ら馬具が付いた従魔と認識出来る存在でも、"狂乱の一角"の名は伊達じゃないな。
「デュ、デュ……!デュラン・ユニコーン…ッ!?」
「何で、"狂乱の一角"がこんな所に!?」
「言っただろうが、俺の従魔だって」
「デュラン・ユニコーンが従魔だと!?ふざけるな!!デュラン・ユニコーンはたった1頭で国の軍を壊滅する強さなんだぞ!?お前みてぇなひょろっちい野郎に従う訳がねぇ!」
『……今、イサギを侮辱したか?』
あ、マズい。
ゲロルトが大量の汗を掻きながら口にした言葉には俺を見下す発言が含まれていた。
ザーフィァがそれを聞き逃す筈がなく、青い目は冷たく光り、身体から黒いオーラが漂い始めた。自分の従魔じゃなかったら俺も逃げるわ、これは…。バルトロもアリヴィン抱えて他の冒険者が隠れてるスペースに入れてもらってる。
ゲロルトともう1人の片手剣の男はザーフィァのオーラに嗚咽で顔は表現しきれない程汚れ、腰を抜かして動けなくなった。
しかもザーフィァのオーラと一緒に漏れ出ている冷気で床は徐々に凍り、至近距離に居る腰抜け2人の顔や身体にも霜が降りている。
これ以上は流石にギルド所か街に迷惑を掛けることになる。
「そこまでだ、ザーフィァ」
『何故?この虫ケラ以下の奴に生きる価値なんか無いぞ』
「そうだとしても、お前が今ここでコイツ等を殺したら他の面倒事を片付けるのに手間が掛かる。それは利口なやり方じゃないのは分かるな?」
『………イサギがそう言うなら』
「良い子だ」
渋々、そりゃもう凄ぇ不満顔で渋々了承してくれたザーフィァの頬にキスをして機嫌を取り戻す。ギルドを凍結されたら冒険者の資格を剥奪される可能性もあると考えていたから非常に安心した。
ザーフィァの冷気とか関係なく肝が冷えた…。
ザーフィァを怒らせないよう、俺も舐められた態度を取らせるのは極力避けよう。
「ひっ……あ…ぁ…」
「とっとと失せろ、次は止めねぇぞ」
「くッ……ぅう!覚えてやがれ!!」
「ふ、ううぅ!」
ゲロルトと剣士の男は仲間を置いて逃げて行きやがった…。仕方ないので伸びてる連中をザーフィァに路地裏にでも捨てとくよう指示して、俺はカウンターに戻る。
カウンターの向こう側で腰を抜かしていたさっきの職員を引っ張って立たせ、俺はカウンターに座る。
「悪いな、騒いじまって」
「い、いえ!とんでもないです!お強いんですね!!噂通りだ!」
「噂?」
「はい、街の外でオーク3体を簡単に倒した人が居るって聞いてましたから。黒髪で見たことのない面をした美青年だって!」
あぁ、あの時のことか。噂になるにしちゃ早すぎねぇか?
詳しく聞くと噂の発生源はあの門番のおっさんだった。普段は噂なんか流す人間じゃないらしんだが、どうやら俺がローサとメラニーを助けた姿に感動したと言って俺達の容姿の特徴なんかを交えて街の人に話したらしい。それが短時間で噂になってるんだから恐怖を覚える。
発言力のある人間は居るモンだな。
「まぁそれも含めて討伐の依頼と、倒した魔獣の買い取りを頼みてぇんだが」
「分かりました。まず討伐依頼の確認からさせていただきますね。討伐対象は?」
「ウォーグだ」
「分かりました。1頭につき銀貨4枚ですが、今は宿に保管してるんですか?」
「あ?"収納"で仕舞ってるが?」
「なるほど!分かりました、ではあちらのカウンターで査定します」
職員に案内された先には眼鏡を掛けた長い顎髭が印象の痩せた男の居るカウンターだ。討伐した魔獣を査定する専門の職員らしい。
"収納"から取り出したウォーグはやはりデカく、カウンターから余裕ではみ出る大きさで職員2人共目を剥いて驚いていた。
「デ、デカい…!」
「これは群れのボスクラスか…?だがまだ若い、後々群れのボスになっていたかもしれませんな」
「依頼達成なのかそうじゃねぇのか、どっちだ」
「勿論報酬はお出しします。それに見事な毛並…良い毛皮製品が出来るでしょう。報酬は、少し色を付けさせていただきましょう」
「そうか」
ザーフィァの言う通り若い雄のウォーグでこの大きさは滅多に見ることはないそうだ。ザーフィァの話が本当なら、狩りには参加せず巣かどっかで待っていたんだろうな。今回仕留めたのは運が良かったのか。
ウォーグ討伐の報酬は銀貨7枚、結構色を付けてもらったようだ。ついさっき迷惑を掛けた人間としては少し良心が痛む…。
胸の痛みは一先ず放置で、次にグバの森で討伐したトロールとアビスサーペント、最後にオーク5体でカウンターとその奥にある作業台は一杯になった。
絶対出す場所ミスったな…これ。




