61話 姉妹と視線
憲兵のおっさんに軽く事情聴取を受けていると、森に行かせたザーフィァが帰ってきた。どうやら森の中には2体オークが身を潜めていたらしい。ザーフィァの前では為す術なく完敗したようだが。
どこに居たのか場所を詳しく聞いていると俺の横に居た憲兵達は顔を青くして話し始めた。
おっさん曰く、オークが居た場所はパイザに住む女性が紅茶代わりに飲んでいるハーブティーの原料の群生地で、恐らくオークは頻繁にそこに女達が来るのを見て計画的に襲おうとしたんだろう。強姦魔か。
悪知恵だけが働くのかと思ったが、ザーフィァによればその場所に僅かだが男の匂いがしたと言うので十中八九後者だ。嫌な予感がする…。
暫く森には入らないよう街の人間に注意することになり、早速おっさん達は街へ走り去った。取り残された俺は2体のオークも片付けてからバルトロの元に戻る。未だに女達に捕まっているアイツは断り方も知らないのか。
「イサギ!無事か?」
「おう。で、お前はいつまでそうして…」
「「あの!本当にありがとうございました!」」
呆れながら助け船でも出してやろうかと声を掛ければ、バルトロに向かって何か言っていた女2人…正確には20代の女性と10代後半の大人になり始めた少女が俺に頭を下げる。
何事だと呆けている内に女性と少女は口から次々と今の想いを吐露した。
「本当にもう駄目かと思って…!怖くて……ッ」
「こんな街の近くにオークが居るなんて聞いていなかったもので…、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません!」
嗚咽交じりに縋るプラチナブロンドの少女と涙を流すのを堪えて謝罪する金髪の女性は姉妹で、オークを倒した俺と保護して慰めたバルトロに是非礼がしたいとグイグイ迫る。バルトロが苦戦していたのはこういうことかと理解したが、俺達は謝礼欲しさにやった訳ではないので遠慮した。
だがそれで折れる姉妹ではなく、命の恩人だの純潔を守ってくれただのと言って粘りに粘る。姉はあくまで低姿勢だが引く気配は皆無、妹の方なんか俺の腕にしがみついて離さない有り様だ。
バルトロと視線を交えれば苦笑しながら頷かれたし、これ以上断り続けるのも姉妹に悪い。連日ではあるが、感謝の意に甘えさせてもらうか…。
「…分かった。だが無理のない程度の謝礼で頼むぞ」
「「!はい!」」
女子特有の高いソプラノの声で返事をしたかと思えば腕を引かれて門に連れていかれる。俺達があれこれ言い合っている間に行列はもう残り僅かになっていた。
門の前にはさっきおっさん憲兵と一緒に居た別の顎鬚が似合う憲兵が審査していた。
「お、やっと話がついたか」
「折れたと言った方がしっくりくるな…」
「ハハハ!ローサもメラニーもお袋さんに似て押しが強いからな、折れない男はそう居ないさ」
「ちょっとジェフおじさん!変なこと言わないで!」
腕に抱き着いたままの少女がメラニーで、バルトロの横で顔を赤くして俯く女性がローサ。メラニーに怒られたジェフという憲兵に街での予定を告げて言われた代金を支払う。
アリヴィンを見た時のメラニーの目の輝きが眩し過ぎて直視出来なかった。女子供に好かれるだろうな、アリヴィンは。
「はい、確かに。しかし雛を従魔にするとは変わったことをするなぁ。ま、デュラン・ユニコーンが居れば問題ないか」
カラカラと笑うジェフに見送られて俺達は漸くパイザの街に入れた。メラニーに腕を引かれながら案内された街は寂れてはいないが活気がいまいち無い。バルトロも街の様子に目を細め、平静を装っているが憂いの色を帯びた顔になる。幸いメラニーもローサも気付いていないので俺も気付かない振りをして街を歩く。
メラニーもローサも街では人気なのか至る所から声を掛けられる。大半がおっさんだが、母親や祖母ぐらい年の離れた女性陣からも笑って声を掛けられていた。
「ローサ!今日飲みに行くからよろしくな!」
「もう…あんまり飲み過ぎると奥さんに怒られちゃいますよ」
「メラニー!これお父さんに持ってっとくれ」
「わ、ポモドーロ!ありがとう!」
笑顔で受け応える2人がどれだけ周りに愛される存在なのかが伝わる会話に息を吐くと、街の人間は俺とバルトロの話題に移った。
「それにしても…随分良い男連れてるじゃない。ひょっとして、コレかい?」
屋台を営む年配の女がニヤニヤしながら小指を立てて2人を揶揄う。それを近くに居た男が顔を青くして狼狽える。まるで実の父親のような反応でバルトロも苦笑していた。
「ち、違うの!この人達に助けてもらったから、そのお礼にお店で何かご馳走しようと思ってて…」
「助けられただって?…!まさか、またあいつらに…ッ!?」
女はローサの説明を聞いて心当たりがあるのか目を血走らせて詰め寄るが、ローサはそれを苦笑で答える。女の反応に目敏くバルトロが反応し、眉間に皺を寄せる。
「違うの…オークよ。ほら、メツリルの葉が採れるあの開けた場所あるでしょ?あそこで襲われて、必死で逃げていたところを助けられたの」
採れるハーブの名前は"メツリル"か…。森の捜索ついでに代わりに摘みに行ってやるか。
女とローサの会話は尚も続き、雲行きが怪しくなるばかりだった。
「オークだって?この間連中が討伐したばかりじゃないかぃ!何だってまた…」
「分からない…。ひょっとしたら別の群れがこの近くに来てるのかもしれないわ。だからおばさんも街の外には無暗には出ないでほしいの」
「困ったねぇ…、これでまた依頼が出れば連中喜々として討伐に行くことになっちまうよ。これ以上デカい面させたくないってのに…ハァ」
「おばさん…」
会話に出てくる"連中"ってのはボリスから聞いたあの"琥珀の男"で間違いない。女に手を出しているとは聞いたが、こんな美人姉妹なら狙われるのも頷ける。愛想の良い美人なんて格好の餌食じゃねぇか。
暗い話が延々続きそうだと思っていたが、腕を強く引くメラニーの言葉でそれは終わった。
「でもでも!このお兄さんがオークを素手で倒しちゃったんだよ!しかも3体を1人で!」
「何だって!?本当かぃ、お兄さん!」
メラニーによって俺への注目度が格段に上がった。バルトロへの視線が減らせるのは有難いがこの視線は正直想定外だった…。
仕方なく会話に混ざる間、バルトロとザーフィァに視線で周囲の警戒をさせる。念には念を…だ。
「…まぁ、一応」
「謙遜なんてしないで!お兄さんすっごく強いし、従魔はあのデュラン・ユニコーンだもの!オークの群れが居たとしても、お兄さんならやっつけられるでしょ?」
「デュラン・ユニコーン!そんなおっかない魔獣を従えてんのかぃ…!」
「後ろに居るだろ…さっきから」
「本物なんて見たこと無いに決まってるじゃないかぃ!角があるから魔獣だとは分かってたよ。にしても、オークを素手で倒すなんてねぇ、冒険者かぃ?」
「あぁ…」
「そうかぃ、そりゃ凄いねぇ。それに比べて、あの連中ときたら…」
相当日頃の行いが悪いのか、周りの大人達も何度も頷いて顔を顰める。ローサも肩を震わせ、メラニーなんか腕じゃなく体に抱き着いてくる始末だ。相当根が深いと見た。
グリグリと顔を押し付けるメラニーの頭を撫でて宥めていると、バルトロが後ろから耳打ちした。
「イサギ、奴等だ」
「…あぁ、アレか」
離れた場所にある路地の影から俺達を睨む男の姿。装いが初級冒険者に比べて上質な上に高そうな剣をぶら下げているので間違いないだろう。他にも居そうだが、アレが主犯格なのか。
ローサとメラニーに道案内として前を歩かせている隙にバルトロと作戦を練る。
「どうする?」
「今は泳がせろ。どうせ今夜にでも向こうから絡んでくるだろうよ」
「分かった」
「ザーフィァ、アイツの匂い覚えたか」
『あぁ。悪意に満ちた匂いは強いからすぐに分かる。近付いたら報せる』
「頼んだ。アリヴィン」
『ママ…?』
「良い子に出来るか?」
『アリヴィン、いい子』
「よし」
一目見ただけで不快感を与えるあの眼差しは吐き気がする。ローサもメラニーも俺達が居るから安心しているのかもしれないが、普段からこんな視線に晒されているのかと思うと怒りが湧いてくる。
「かかってこいよ…」




