60話 ウォーグ&オーク
作戦会議も程々に済ませて爆睡した俺達は、翌日の朝早くに村長とマルヤーナ、サーシャに見送られる。
「どうかお気を付けて」
「この御恩は忘れませぬ」
「ささやかながら、武運をお祈り致します…」
三者三様の見送りの言葉、村長から村で採れた野菜を少し、マルヤーナとサーシャからは自家製の干し野菜を貰った。どれも気持ちが込められているので有難く頂戴する。
手綱をしっかり握り、バルトロにも腰に手を回させて出発の準備を整える。
「世話になった、じゃあな」
「どうかお元気で」
ザーフィァに跨り村を出た俺達は、村長に教えられた道を無心で走り続ける。1秒でも早くパイザに到着する為に。
後ろに乗るバルトロには既に俺の眼鏡を掛けさせ、俺は雅樹さんから貰った例のバイザーで目元を隠す。こうすることで注意が俺に逸れてバルトロへの視線の数を減らす算段だ。
それと、正直凄ぇ使いたくねぇが背に腹は代えられないのであのスキルも使う。まさかアレを使う日が来ようとは…。
『…イサギ、道の先で何体か魔獣が待ち伏せしている。どうする?』
「傷は最小限で狩れ」
『分かった』
走りながら器用に角の先に青白く光る球体を作ったかと思いきや、前方にレーザービームのように撃ち放つ。俺の従魔はいつからSF映画に登場するロボットみてぇなことが出来るようになったんだ?
「お前…そんな技持ってたのか」
『今作った』
「即席だった」
軽口叩いている内に俺達を待ち伏せしていた魔獣が居る地点に到着した。そこには馬鹿デカい狼とハイエナを混ぜたような魔獣の亡骸と複数の獣の足跡があった。恐らく蟀谷をレーザーでぶち抜かれたコイツを見て逃げたんだろう。足跡もやられた魔獣と同じ肉球タイプのものだし。一回りか二回り程小さいから子連れだったのかもしれない。親の狩りのやり方を見て覚えるなんて話をドキュメンタリー番組で聞いた気がする。
ザーフィァから下りたバルトロに足跡の分析を任せている間に魔獣の回収をしておく。
テレビで見た熊と同じぐらいの大きさかもしれねぇ…。こんなのに一般人が襲われたら堪らねぇだろ。
「にしてもデケェなコイツ…一体何なんだ?」
『ウォーグだな、しかもかなり大きい個体だ』
角で軽く魔獣を突くザーフィァの口から出たのは何と俺が探していた魔獣の名前だった。意外な展開に頭が情報を上手く処理出来ない。
「は?ウォーグ?これがGランクの依頼の魔獣なのか?」
『人間の物差しで測ることは出来ないが、この個体はかなり稀な大きさの雄だ。普通はここに残っている足跡の奴等ぐらいの大きさなんだ』
雄なら親子の線は無いかもしれない。ドキュメンタリーなんかだと子育てしてるのは大概が母親で、父親はあんまり登場しなかったな。
「じゃあ突然変異か?」
『分からない…。だがコイツが群れの中で力を持つ存在だったのは明らかだ。ほら、逃げた奴等の足跡より道から離れた場所に倒れているだろう?』
「確かに」
『俺達の匂いを嗅ぎつけて待ち伏せしていたのは複数居た普通の個体の方で、この大きいウォーグは獲物を奪うか献上されるのを待っていたんだろう。群れでは弱者が強者に餌を貢ぐのは生きる上で必要なことだ』
人間風に言えば賄賂か。動物でもそういうことってあるんだな…。
暫くして戻ったバルトロは険しい表情で分析の結果を話す。
「昨日言っていたウォーグの群れがどうやらこの先の森に居るようだ。足跡が森の方角を向いている」
「あーいう予想は当たってほしくねぇ時に限って当たっちまうんだよな」
「あぁ…。それにしても見事な一撃だな、即死だ」
「傷を最小限と言ったらこんな感じだから、最大限の傷を与えろって指示した時は目も当てられねぇだろうよ」
「その機会が無いことを祈るばかりだ…」
多少話は脱線したが、ウォーグを収納スキルに納めて気を取り直し再出発する。まだ村を出て体感で約1時間しか経ってないが、段々道の幅が広がっていく。
「…!イサギ、あれ」
「村長が言ってた"捻じれ木"だな」
「パイザの街は近いぞ」
「あぁ。頼むぞザーフィァ!」
『任せろ』
気合いを入れて走りまくるザーフィァのお蔭で日が真上に昇りきる前にパイザの街に到着した。アスクマの街と同じく門には列が並んでいて、その並ぶ人間の多くは老人や女…そして冒険者と思われる装備をした人間だった。今の所横柄な態度の奴は居ない為、例のパーティ連中はここには居ないようだ。
「バルトロ、持ってろ」
「?…これは、銀貨?」
「俺とザーフィァは登録済みだから免除されてるが、お前とアリヴィンは街に入るのに金が必要だろ。盗られても平気な程度しか入れてねぇから安心しな」
「ありがとう…。冒険者になって稼いだら返そう」
「そうしてくれ」
順調に列が進む中ザーフィァとアリヴィンを交互に撫でているとザーフィァの耳が片方揺れた。
「ザーフィァ?」
『来る…。イサギ、構えてくれ』
何かを警戒して斜め後ろの方角を向いたザーフィァの様子にバルトロを始め周りの人間も何事かとざわつく。バルトロを下ろしてから俺も地面に下りたってザーフィァが睨む方角を眺めていると、その方角の先にある森から何かが出てくるのが見えた。
「人間…と、何だアレ?豚?」
「!!オークだ!オークに襲われているぞ!」
俺達より後ろに並んでいた冒険者の男が大声で門に向かって叫ぶ。追われているのは若い娘2人で、恰好から見てこの街の人間で間違いなさそうだ。手提げの籠から見て森で採取か何かしていたんだろう。
後ろから迫るオークは全部で3体、足はそこまで速くないから行けば間に合う。
「バルトロ、女の保護頼むぞ」
「イサギは?」
「あの豚の鼻っ柱へし折ってくる」
オークがどういう魔獣なのか聞いていた俺は真っ先にスキル"俊足"で間合いを詰める。ザーフィァも後から続くが、3体は俺に任せて森の中に他に居ないか探させた。ひょっとしたら他に襲われている人間が居るかもしれない。
「た、助け…ッ!」
「走れ、後は俺がやる」
「は、はいッ!」
女2人に擦れ違いざまに短く指示を出してから地面を強く蹴り、迫り来るオークの顔面に膝蹴りをかます。柔らかい鼻の感触に鳥肌が立ち、思わず距離を取ったが蹴りの効果は絶大だった。
膝蹴りで倒したオークの他に居た2体は挟み撃ちで攻撃を仕掛けてくる。武器としてトロールと同じ木の棍棒を持っているが、トロールに比べれば大した脅威ではない。
「フゴオォォ!!」
「うっせぇ豚野郎が!」
棍棒を振り下ろされる前に跳躍して首に一撃、ゴキリと嫌な音がしたから確実に折れた。残り1体が攻撃を仕掛ける前に首の折れたオークの肩を足場にしてバク宙、そのまま落下を利用して踵落としを決める。
重量のある巨体が地面に伏すのと同じタイミングで武装した憲兵が数人やってきた。その奥でバルトロが逃げていた女2人を無事保護しているのが見えた。
やって来た憲兵の1人、鼻の下の髭が印象的な男は息を切らしながら声を掛けてきた。
「君!このオークは君が?」
「そうだが…」
「冒険者なのか?」
「まだ初級だがな。それより逃げてた女達の方は大丈夫なのかよ」
「あぁ、2人共逃げる途中についた掠り傷程度で大きな怪我はなかった。今はあの男が慰めている。…美形は役得だな……」
憲兵のおっさんからボソッと聞こえた言葉に気付いてバルトロの方を見れば女2人に泣きつかれて慌てふためいている。周りの男共の視線も鋭く、年配の女性からは温かい眼差しを送られる始末。助けに行くべきかと思ったが、オーク共を収納する必要があるしザーフィァが帰ってきてないので見なかったことにする。
アイツも男だから役得だろう。
バルトロの救いを求める視線から目を逸らして俺はザーフィァの帰りを待った。




