59話 蔓延る悪
「冒険者が…?」
「えぇ、もうかれこれ2ヶ月は耐えています…」
「……」
ボリスの話はこうだ。
駄王が布いた徴兵令で街に必要な働き手以外の若い男達が引き抜かれ、そのお蔭でパイザの街のギルドを拠点にするとあるパーティが急にデカい面し始めたのだ。魔獣討伐だけでなく護衛の依頼も請け負える中級冒険者の為、変に刺激して逆恨みされて依頼を断られるのを恐れ、街の人間は耐え忍んでいるのだと言う。
子爵の耳にも入っている為すぐに処理しようとしたが、ここで面倒なのがあの駄王だ。魔王軍と勘違いしてるのか、魔獣の出没情報が出るとすぐに討伐、討伐、討伐…と依頼の殺到が尋常ではなく、また住民の安全を第一に考える子爵としてもそれを無視することが出来ず、結果そのパーティに依頼する破目になる。素行は最悪だが実力はそれなりにある以上、今パイザから追い出すと討伐依頼が処理出来なくなってしまう。しかも依頼の報酬で金に余裕があるのが余計質が悪く、商売をしている人間からはかなり疎まれる存在らしい。
中々深刻な問題で、しかも俺が一等嫌いな種類の人間の話だ。さっきまで悪人少ねぇとか心の中でほざいてたが前言撤回、極悪人が蔓延ってやがる。
ボリスの憔悴しきった顔を見ると、彼自身にも被害が出ているようだ。
「私は街では薬屋も兼ねているのですが、その冒険者達は薬を半額以下の値段…酷い時はタダで寄越せと言うんです。街の為に命を張って魔獣と戦って出来た傷なのだからそれが当然だと……。断ると店の棚や道具を壊していくので、最近では逆らえず…ここ最近は子爵様からの慈悲で賄っているんです」
「非道な…!」
今にもテーブルを拳で叩きそうなバルトロの手を俺の膝の上で握って宥める。折角の宴のめでたい空気を壊す訳にはいかない。幸い周りはそれぞれ盛り上がっているので俺達の会話は聞こえていない。
「他の実害は?」
「酒場や普通の飲食店も似たようなもので…若い女性には無理矢理関係を迫るような行為もしていると。年寄りには心無い罵声を浴びせ、子を持つ親達はもう子供を外に出すのを控える程にまでなっています。子供が可愛くて仕方がないと仰っていた子爵様も、元気に外で遊ぶ子供達の姿が見れないことを心から憂いておられて…」
聞けば聞く程不快な話だ…。駄王以来に腹立ってるな、俺。バルトロも俺の手の下で拳を握りしめ、悲痛な表情で俯く。
ボリスは残り僅かになったジョッキを勢いよく口に流して飲み干した。テーブルに力強く叩きつけられたジョッキから彼の怒りが伝わる。
「このままでは、戦が始まる前に街は廃れて無くなってしまうかもしれません…。この一帯の小さな村々を支える大切な街であり、子爵様が守ってきた財産なんです!それを、あんな奴等に壊されるなんて…」
震える程強く握るボリスの手からジョッキを優しく奪ったバルトロの深い青の目が、毅然とした光を放っていた。
身体ごとボリスと向き合うバルトロは普段より重みのある声を発した。
「そのパーティの名前は」
「え、あ…"琥珀の男"と、名乗ってますが…」
アンバージャック?アンバージャックって確か……鰤の英語名なんだが…。ヤベェ、そう思うと凄ぇ笑えてくるんだが…ッ。
バルトロの後ろで笑いを耐える俺を残し、話はどんどん進んでいく。
「俺達はこの後パイザに行く予定です。もし良ければ、その冒険者達の問題解決を手伝わせて頂けないでしょうか」
「…えッ?い、いやしかし…貴方達には旅があるでしょう?それに、街の住民でもない方に迷惑を掛ける訳には…」
「そんな人間が居るなんて聞いて、放ってはおけません。これでも俺は武に関しては自信があります。中級ランクの冒険者相手なら何とかなるでしょう」
「ほ、本当ですか!?」
おいおいおい…、コイツ自分が亡命中の王子だってこと忘れてねぇか?何自分から揉め事に飛び込もうとしてんだよ。
「明日の朝には出ます。ボリス殿は仕事を全うしてから気を付けて帰るように」
「は、はい!ありがとうございます!」
「いえ。では明日は早くなるので、自分達はこれで…」
「はい!どうかお気を付けて!」
泣きそうな顔で喜ぶボリスと事情を聞いていた村人達に応援されてから村長の家に戻った俺は、ザーフィァを馬小屋に、アリヴィンをベッドに寝かせてから尋問に移る。
「さて、身内に暗殺されかけ命からがら逃げてこれから亡命する予定の元第二王子兼騎士団団長サマは一体どういうおつもりなのか、じっくり聞かせてもらおうか…」
腕を組んで部屋にあった椅子に座る俺の前では、同じ椅子にデカい身体を縮ませて座るバルトロの姿が。俺の顔は今、相当黒いオーラに浸食された恐ろしい顔をしているんだろうな。引っ込める気は微塵もねぇが。
「う…、す、すまない…。あんな極悪非道な話を前にしては、黙っていられず…」
「お前…少し前まで騎士団団長だったんだから、デカい街に行けば顔が割れる可能性とか考えてなかったのか?」
「……面目ない…」
…これ以上責めても何も始まらねぇし、俺もこの苛立ちを綺麗サッパリ取り払うには元凶共を完膚なきまでに叩きのめすしか方法はない。乗り掛かった船だ、少しくらい付き合ってもいいか。
「…まぁ気持ちは分かるから手伝うがな。けどお前の顔は知られてるから、パイザに入る前に軽く変装するぞ」
「変装?」
「俺の眼鏡掛けて髪型変えれば、印象なんて簡単に変えられる。後は言動だな…。お前育ちの良さが出過ぎなんだよ。もっと口調荒くするとか、もうちょいずぼらになった方が良い」
「ず、ずぼら…?」
「服は仕方ねぇから街に着いたらすぐに買うぞ。冒険者ギルドで情報収集も必要だし、何よりお前の身分証が欲しい。だからバルトロ、お前冒険者になれ」
「……冒険者?」
……何かバルトロの目から純粋な輝きが発せられてるんだが…。トランペットを眺める少年か?
どうしたのかと凝視していると視線に気付いたバルトロは頬を赤くして恥ずかしそうに理由を答える。
「いや、その……子供の頃は、冒険などに憧れていて…」
段々声が小さくなっていくが難なく聞き取れた。王族に生まれたからと言っても普通の少年と同じ感性を持っているのは別におかしな話ではない。ヒーローや冒険に憧れを抱く少年は世界を跨いでも変わらなかった。
バルトロに限っては無いだろうが、王族なりのプライドなんかがあった暁には投げ捨てさせたことだろう…強制的に。それが無いなら話は早い。
「じゃあパイザに着いたら服の調達と冒険者ギルドで登録、情報収集。あ、トロールの買い取りも頼まねぇとな…。あー、それと武器だ武器。バルトロの剣も調達しねぇとだ」
「やることは山積みだな」
「仕方がねぇ。最大の問題は魔獣討伐の依頼だが、どうも臭ぇな…」
「臭い?」
指で鼻先を擦って臭いを和らげるが、それでもこの話から感じる悪臭は消えない。
「こりゃ、ガーティに調べてもらう必要があるな」
帰ってきたらうんと甘やかさねぇと。




