6話 買い物兼情報収集
ひとまず今日は人避けの為にバイザーを掛けたままガーティを肩に乗せて食材の買い出し。俺の後ろをちょこちょことマルガがついてこようとしたところを玄関で女将に捕まった。当然と言えば当然だが。
すると火が付いたように泣き始めるマルガ。その大声にガーティが飛び退いて外に避難する。
「やああぁぁぁあ~!!」
「マルガ!いい加減にしなさい!すみません、お客様ッ」
ペコペコと頭を下げる女将と泣き叫びながら暴れるマルガの図が何か可哀想に見えた俺は溜息を吐いてからマルガを抱き上げる。予想以上に軽く、これくらいなら別に負担でも何でもない。
キョトンとした顔で俺の顔を見るマルガの頬を軽く抓って遊びながら、女将に一緒に連れて行ってもいいか聞いた。女将は恐縮して断ろうとするが、マルガが俺に抱き着いて離さないのでついに女将が折れた。
「申し訳ありません、お客様にご迷惑をお掛けしてしまい…」
「あのままじゃ他の客に迷惑だろ。マルガ、今回だけだからな。分かったか?」
「うん…」
泣き止んだマルガを腕に抱き、落ち着いて戻って来たガーティを肩に乗せて今度こそ宿を出れば、外は日が傾き始めていた。時間としては15時から16時ってところか。
マルガは、俺が食材を買いたいのを知ってたらしく、母親とよく行く店とやらに案内してくれた。途中何人か店の人間に声を掛けられ、マルガはそれに愛想良く答えた。どうやらマルガはこの近辺じゃ人気者らしい。
母親似の金髪と顔、恐らく父親似の濃い青が印象的な目、笑顔が似合う愛される少女って感じだ。近所の住人に可愛がられるのも納得する。俺がマルガを抱いて歩いているのを心配した主婦に声を掛けられたが、マルガが元気に「お客さん!いっしょにお買い物なの!」と答えたお蔭でいくらか視線が楽になった。俺、幼女に興味ねぇからな。
店はどうやら八百屋と果物屋を一緒にやっている店らしく、見た事のない食材が多くある。味の想像が全くつかない俺は、マルガにどんな味なのか聞いてみた。
「えっとね、これがポモドーロ!甘くてちょっと酸っぱくて美味しいの!」
「こっちは?」
「これはねー、バタータ!ママのスープに入ってて、ホクホクしてるの」
勘で言うなら、恐らくトマトとジャガイモの事なんだろう。流石に味見はさせて貰えねぇから買ってから試すしかなさそうだ。その後もいくつか味を聞いてみたが全体的に抽象的過ぎて分からなかった。今後の課題だな、野菜は。
取り敢えず勘で適当に買い、今度は肉屋をマルガに案内してもらう。マルガの話じゃ肉は普通の豚、牛、鶏以外に魔獣の肉ってのもあるらしい。"魔獣"ってワードに思わずとんでもねぇモンを想像した俺は口元を抑えつつどんなモンか聞いてみた。好奇心には勝てん。
が、どうやらここ最近は滅多に入荷されておらず、マルガは食べた記憶がないため味が分からないと言う。少しキナ臭いと思った俺は肉屋で情報収集しておく事に決めた。
肉屋でも俺がマルガを抱いているのを店主が目敏く気付いて喧嘩腰に話しかけるが、マルガが俺に異様に懐いているのを見て納得してもらった。店主曰く、マルガは子供ながら人を見る目が確からしい。宿屋の娘なら客で色んな人間を見ているのだろう。少女と思って侮ってたが、マルガの意外な才能に少し驚く。
「魔獣の肉ってのが最近入らねぇらしいな」
「あー…、悪いな。最近他国といざこざを起こしててよ、腕のある冒険者や傭兵なんかはみーんな国が引っこ抜いちまったから狩りに出てくれる人間がいねぇんだ。だから魔獣の肉はここ数年で高値になっちまった。オークの肉なんて一塊で金貨2枚だぞ!?ぼったくりだぜ!」
思った通り、帝国が戦争に必要な武力を集めているお蔭で中心都市以外の町村は守備力が低下している。その所為で他国が攻めてきてるんじゃねぇのか?ひょっとしたら国に必要な都市以外は捨ててるのかもな。国民の不満や恐怖が爆発したら暴動が起きるのは必須。そう考えると、自分の腕の中で無邪気に笑うマルガの存在が重く感じた。
「一応言っておくか…」
「?おにーちゃん、なにか言った?」
「…何でもねぇ」
小さく呟いた声にマルガは反応したが、俺はその小さな頭を撫でて誤魔化した。ガーティもマルガの顔の前に尻尾を出して遊ばせる。本当、この愛猫は賢過ぎて時々困る。
買い出しを終え、宿に戻れば女将が心配した顔で出迎えた。今日会ったばかりの客(しかも見た目長身男性)に娘を任せるなんて普通はありえないだろうから、相当頑張って見送ってくれたようだ。マルガを抱き締めてまた何度も頭を下げられた。
「本当に申し訳ありません、娘が何か失礼なことはしませんでしたか?」
「特に何も。道案内してもらったが、中々良い案内役をしてもらった。マルガ」
「なーに?」
女将の腕の中で至極ご満悦なマルガに俺は途中で買った子供に人気があるという菓子をあげた。金じゃ子供の教育に悪そうだし、駄賃程度に考えて受け取ってくれれば十分だ。
マルガは素朴な焼き菓子を見て目をキラキラさせて喜んだ。
「ほれ、チップ。今回だけだからな?他の客にするんじゃねぇぞ」
「わーい!ありがとー!おにーちゃんじゃない人にはしないよ」
その答えに安心したのか女将もマルガを厳しく叱らずに店の奥へ入るよう告げた。元気に駆けていく後ろ姿を眺めてから女将に改めて頭を下げられた。正直もう腹いっぱいなんだが。
「ありがとうございます。また後程お礼を…」
「結構だ。それより店主はどこだ?」
「え…?主人、ですか?主人は今食堂におりまして…。あの、何か?」
「いや、後で聞いておきたいことがあるんだが…時間を作ってもらえるか?」
「はぁ…。分かりました、伝えておきます」
不安げな顔でそう答える女将を後目に俺は部屋に戻ってベッドに身体を投げ出す。ガーティもベッドに着地して俺の顔をザラザラする舌で舐める。地味に痛いからやめてくれ…。
暫く放置していたら機嫌を損ねたらしく、俺の鞄に顔を突っ込んで漁り始めた。
「ガーティ、鞄を弄るな。別に大したモンなんて何も…」
「ミャーォ、ミャー」
「?」
基本鳴かないガーティが鳴き始めたので、何かあるのかと思って鞄の中を見た。別に何か増えてる訳でも減ってる訳でもない。が、ガーティが鞄から取り出そうとしているモンを見て俺は驚いた。
「スマホ?何で今更…。…………は?」
「ミャー」
ガーティの鳴き声を最後に俺は思考が停止した。
この先ずっと使うことがないと思っていたスマホの画面は白く光り、そこには淡々とした文字でこう表示されていた。
【異世界・ペルセニアに転移しました】
【ペルセニアより『異世界人』の称号が与えられました】
…また面倒な予感がする。