56話 人助け
ザーフィァにまた走ってもらったお蔭でかなり時間短縮が出来た。道もそこまで険しくはなく、平地をひたすら走っている内にバルトロも慣れた。流石騎士、馬に慣れるのは早い。
「ザーフィァ、人間の気配とかしたら言ってくれ。もしかしたら近くに村があるかもしれねぇ」
『分かった』
気配に敏感なザーフィァに走るついでに人間が居ないか探ってもらう。バルトロはこのスピードで"索敵"を使っても察知出来ないと言うので今回はザーフィァに任せる。俺も早く気配とか察知出来るようにならねぇと。
結構な時間走っていると、ザーフィァが複数の人間の気配を察知した。何やら集団になってその場に留まっているらしい。
「何かあったのかもしれないな」
「行ってみるしかねぇだろ」
ザーフィァに急いで走ってもらえば、そこでは年寄り達が一塊で何やら騒いでいる。ザーフィァの足音に気付いた1人の老婆が俺達を見るなり血相を変えて走り寄ってきた。
「もし!そこの旅のお方!どうかお助け頂けないでしょうか!?」
「何かあったのか?」
ザーフィァから下りた俺とバルトロに老婆は平身低頭で事情を話す。後ろの老人達も非常に困った顔をしているし、緊急事態なのかもしれない。
「実は私の息子の嫁が身籠っておりまして、今朝までは体調が優れていたのですが急に痛みだして歩くことも出来ぬと…。村まではそう遠くはないのですが、この老体ではとても運べず……!どうかお力をお貸しください!」
成程、陣痛か…。確か1時間に6回以上くると出産間近なんだっけか?俺には関係ないと思ってた分野だから知識が曖昧だな。
とりあえず運ぶのを手伝うか。どうせ近くの村に寄るつもりだったし。
「分かった、村まで案内頼めるか?」
「!はい!勿論でございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
引き受けたはいいが、ザーフィァに乗せるのは難しいよな?揺れるし、何より落馬した時が恐ろし過ぎる…。危険な橋を渡らせる訳にはいかない。
そうなると、やっぱり魔法に頼るのが手っ取り早いな。担架が無いからそこを魔法で…。
……あ、アレならいけるか。
老婆は倒れる女性の手を握って痛みに耐える女性を懸命に励ます。
「サーシャ、もう大丈夫だからね!気をしっかりお持ち!」
「ふっ、ううぅ…!は、ぃ…!」
「すまない、旅のお人…。本当なら村の人間で何とかせにゃならんものを…」
「命には代えられねぇだろ、少し下がってろ」
老人達を下がらせ、地面に横たわる妊婦の腹に痛み止め程度に治癒を掛ける。これで少しはマシになるだろう。途中で痛みのあまり暴れられても困るからな。
次に地面に持っていたギガントファングボアの毛皮を広げてバルトロと協力して妊婦を乗せる。後は空気を操って毛皮のベッドごと浮かせれば負担もなく安全に運べる。
「「「おおぉぉ!!」」」
「何と…回復魔法とは!」
「話は後だ。村まで案内してくれ」
「こちらです!」
老婆に案内され、緩やかな小さい丘を越えた先にはとても小さな村があった。廃れている訳ではなく、ひっそり小さくだがちゃんと生活する上で必要な物は揃っている。規模が小さいだけだ。
老婆はしっかりした足取りで家まで案内してくれるので、その間にバルトロと他の老人に医者を呼んでもらう。どうやらパイザの街から来ている医者が居るらしい。
「どうぞ、こちらに」
「邪魔する」
家の前まで着いて中へは俺が抱えて運んだ。中は年季が入っているが掃除が行き届いている為清潔だ。木の温かみを感じる良い家だと俺は思う。
家の奥にあるベッドに寝かせ、老婆に井戸の場所を教えてもらい水を汲む。意外と重労働だな、これ。
慣れない井戸水を汲んでいると裏に回ってきたザーフィァが鼻を鳴らして興味深そうに井戸を覗く。
『魔法で水を出せば良かったんじゃないか?』
「何でもかんでも魔法だと身体が労働を放棄しそうで嫌なんだよ」
『そういうものか?』
「ザーフィァだって自分の力で狩りをするのと魔法で簡単に狩りをするの、どっちがいい?」
『……自分の力でやる方がいいな』
「そういうことだ」
『成程…』
木の桶に水を淹れて中に入れば、丁度医者も来たようで診察を受けていた。その間に俺は老婆、マルヤーナにあれこれ聞いて盥とタオルを用意しておく。痛みで脂汗が滲み出ていた妊婦の顔を拭いてもらっている内に、俺はバルトロと合流した。
「母子共に異常は無いようだ、ひとまず安心だな」
「まだ油断出来ねぇがな。これから酷くなる可能性だってあるんだ、出産は慎重にいかねぇと取り返しのつかねぇ事になる」
昔よく近所の婆さんに出産する時の大変さなんかを聞かされた。親戚ではなかったが近所付き合いしていく内に仲良くなった可愛い婆さんで、祖母が居なかった俺は懐いていたらしい。俺が小学校低学年の頃に老人ホームに引っ越してから会えなかったのが残念だったのを今でも覚えている。
漸く落ち着きを取り戻した老人達に連れられて行った先は村長の家で、村に居る間泊まってくれて構わないと言われた。宿屋が無いので厚意をしっかり受け取らせてもらう。バルトロも病み上がりだし、休める場所で休ませるのが良いに決まってる。
応接室みたいな部屋に通されて茶を出されてから村長に改めて礼を言われる。妊婦の傍に居た老人達の1人だった。
「この度は村の者を助けて頂き、ありがとうございます。何もない村ではありますが、ゆるりとしてくだされ」
「元々近くにあったこの村に寄る予定だったので、お気になさらずに。…やはり、徴兵で若い男は……?」
「はい…。もうすぐで戦が起きるのかと思うと身の震える思いです。この村はパイザの街の近くにあるだけまだマシな方ですがねぇ。パイザの街のソルディーニ子爵様はとても平民に優しい良い方なので、戦の被害があまり出ないよう気を配って頂いております。しかし風の噂では、デザール連合国との国境近くの村では女子供も関係なく戦の戦力にされているとか…」
「ッ、それは本当ですか!?」
政治にそこまで関わっていなかったバルトロは初耳なのか、立ち上がって声を荒げる。村長は勿論、俺も驚いた。真横で叫ばれたらそりゃビビるだろ。
お蔭でフードの中に居たアリヴィンも目が覚めちまった…。
「そ、それは何とも…。何せこんな小さな村に来る人間は少ない上パイザの街には頻繁に行ける距離ではございませんので、噂も尾ひれが付いていたり既に無くなっていたりと…正確な情報は入らないのです」
「ッ……そう、ですか…」
「あの、何か…?」
村長も俺達の機嫌を損ねさせたのではないかとオロオロし始め、バルトロはそれどころではない為俺がフォローに回る。全く何やってんだか…。
「すまねぇな、その辺りの村の1つに俺が昔世話になった人が居るんだ。コイツも知る人だし、今の話は初耳だったんだ。村長が何かしたとかそういうんじゃねぇから安心してくれ」
「そうでしたか…。これは大変失礼を……」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。話は変わるが、この辺りでウォーグを見たという情報は入ったりしていないか?」
「ウォーグですか?いえ、今の所は…。山を越えた先の森に住み着いていると聞いていましたが?」
「そうか、ならいい。もし目撃したら教えてくれ」
「分かりました。村の者に伝えておきましょう」
それから二言三言交わしてから部屋を案内され、夕食まで休ませてもらうことになった。
そして凄い今更だが、部屋は当然のようにバルトロと同じ部屋だった。見た目男2人の旅人だから気を遣う必要がないと思ったんだろうな。部屋に入って正気に戻ったバルトロが1人で勝手に焦っているのをただ眺めていた。
あ、馬小屋に繋いできたザーフィァに事情話さねぇと。




