52話 王都では…
王都、トロイメラでは今、ある噂で持ち切りだった。それはオーク討伐に向かった第2王子率いる騎士団が壊滅され、生き残った副隊長の証言でバルトロメウス王子が亡くなったという悲報だ。
これを聞いた街の人々は悲しみに暮れ、涙を流す者も居た。
バルトロメウス王子は王族でありながら、気さくで誠実な人間だと国民に好かれる王子だった。無論、第1王子であるリーンハルトも国民―特に女性から―の支持が多かったが、バルトロメウス王子は子供や老人に好かれる人だった。
民、そして国のために各地を奔走して励む王子に反感を持つ国民は居なかった。
そんなバルトロメウス王子の死は、暗殺を目論んだ国王と側近の大臣を凌駕する程国民に悲しみと怒りを植え付けた。
オーク討伐の部隊が最低限の装備しかしていなかった事実はどこから漏れたのか瞬く間に王都に知れ渡り、第2王子を殺したのは国王と言っても過言ではないとまで言わせている。これには国王も怒り狂った。
「あの役立たずが犬死にしたのは己の責任であろう!?何故余が民から非難されねばならぬのだ!!」
「王よ、どうかお静まりを…」
「えぇい、黙れ!そもそも何故装備の件が漏れたのだ!?誰か内通者が居るのではないのか!?」
「その件に関しましては、まだ詳細が掴めておらず…」
「貴様も役立たずか!もういい、下がれ!目障りで仕方がない!!」
「…はっ」
荒れた国王を宥めること、そして自分達の未来を明るいものにすることで手一杯の大臣達は気付かなかった。
この会話も、自分達に刃を向ける者に聞かれていたことを…。
同じく城内、装飾を施された壁を埋め尽くす本棚の数々が印象深い広い部屋で執務を熟すリーンハルトは書類を読みながらポツリと呟いた。
「…ヴァイツ」
「ここに」
雫のような小さな声にすかさず反応して黒い靄から姿を現したのは、壮年の男だった。身に纏う服は全体的に黒が多いが、所々銀色の装飾にも見える暗器で品と冷淡さを表現している。
男、ヴァイツは部屋の中に結界を張り、リーンハルトに任務の報告を始める。
「バルトロメウス王子が襲われたと思われる地点を捜索致しましたが、遺体は発見されませんでした」
「そうか……」
「生存した副隊長兼側近のマリユスを尋問致しましたが、計画に関わる情報を口にしようとした際に隷属魔法の1つ、"口無し"が発動し死亡しました。死体を調べました所、他にも隷属魔法を複数掛けられていた様子です」
「マリユス…惜しい人間を亡くした」
書類から目を離したリーンハルトは渋い顔を見せる。身内と思う人間の前でしか見せない人間らしい表情に、ヴァイツは心を痛めた。
普段は美麗の出来た王子を演じている主の辛さは長年仕えたヴァイツでも計り知れない。だから慰めの言葉も言わず、彼は敢えて淡々と報告を続けた。それが未来の国王に仕える者としての矜持だから。
「しかし、暗殺を目論んだ大臣の目星はついております」
「俺の予想していた人間か?」
「勿論入っておりますが、他にも多数居りました。その中に何人か貿易商と繋がっている者が居りました。貿易の先は、リーンハルト様の予想が的中しております」
「……デザールか」
手を組んだリーンハルトの言葉にヴァイツは頷いた。
ヴァイツは諜報活動に優れたリーンハルトの側近で、今回の件で国王が計画している内容も捜査していたのだった。
「騎士団の死体を調査した結果、死体の筋肉が異常に酷使されていたことが判明しました。原因はデザール連合国で現在大量生産されている"深化の石"の可能性が高いかと。デザール連合国から秘密裏に輸入していた裏付けは取れていますので、ほぼ間違いないでしょう」
「大量生産されている分質が悪いのは目に見えていると言うのに…陛下はどこまで人の道を外れれば気が済むのだ」
「私には至極理解出来ませんので何とも…。王都の住民にオーク討伐の詳細を端的に吹聴致しましたが、予想以上に浸透が早く、このままですと暴動が起きる可能性もあります」
「勿論だ。だから暴動が起きる前に陛下を失脚させる。そのためにお前を酷使したんだからな」
悲し気な笑みを浮かべるリーンハルトにヴァイツは頭を振って否定した。
「全てはリーンハルト様の望むままに…それが私の至福で御座います。どうぞ何なりと御命令下さい」
「ふ…、そうか。なら早速…―」
次の命令を出そうとしたリーンハルトだが、ふと感じた小さな魔力に警戒した。ヴァイツも同じく感じ取ったらしく、リーンハルトの傍に寄って周囲を警戒する。
すると、窓も開いていない筈の部屋にどこからか光る小鳥が現れた。敵に知られたかと肝を冷やす2人だが、その小鳥の眩く温かい光にどこか警戒しきれずに居た。
小鳥は部屋をくるりと旋回した後、リーンハルトの執務用の机に着地してリーンハルトを見上げる。どんな可憐な囀りを聞かせるのかと予想したが、小鳥は嘴を開くどころか突然弾けて消えてしまった。あまりにも唐突な展開に2人はついていけなかったが、小鳥が消えた場所には1つの鞘が置かれていた。
その鞘の持ち主を、リーンハルトは知っていた。
「…バルトロメウスの、鞘……?」
そう、それは亡くなったと聞いていたバルトロメウスが持っていた剣の鞘だった。鞘には魔法で文字が書かれていた。その筆跡は見間違える筈もなくバルトロメウス本人のものだった。
ヴァイツが他に仕掛けが隠されていないか確認を取ってから文の内容を読み上げる。
「【兄上、この様な形で報告する無礼をお許しください。聞いているかもしれませんが、俺は部下の裏切りで負傷し、川へ突き落されました。しかし、幸運な事に旅に出たあの異世界の方に拾われ、助けられました。城に戻ろうかと考えましたが、今戻れば暗殺を企てた人物に再び命を狙われ、最悪兄上にも被害が及ぶかもしれぬと判断致しました。そこで、異世界の方と共に1度この国を出ることにします。異世界の方、イサギ殿が連れる従魔が後程そちらに向かいます。彼女達の知恵と力が、この国を救って下さると俺は確信しております。最後ですが兄上、こんな不甲斐無い弟で申し訳ありませんでした。兄上の武運を祈っております。 バルトロメウス】…」
信じられない、それに尽きる話だった。しかし遺体が発見されないことの説明はこれでつく事に2人は知らぬ間に安堵の息を吐いた。
「筆跡や手紙の書き方、それに謝罪を入れる所は間違いなくバルトロメウスだな」
「私も同意見です。となると、この"異世界の方"…もとい"イサギ殿"とやらの従魔がこちらに向かっていることになりますが……」
「派手に来られるのは不味いな…」
難しい表情で悩む2人の背後から、美しく上品な声が降ってきた。
『ふふ、それぐらい分かってるわよ』
「ッ!」
ヴァイツが咄嗟に暗器を投げたが、その暗器が声の主に届くことはなかった。結界で弾かれた暗器は金属音を奏でて床の絨毯の上を転がる。
その声と結界の主が、純白の長い毛を持つ猫と分かった途端に2人は呆気に取られた。
『お久し振りね、王子様。異世界人イサギの従魔、ケット・シーのガーティよ』
「ケット・シー…だと?」
驚愕で目を見開くリーンハルトを前にガーティは妖艶に微笑んだ。




