51話 涙の理由
サンドイッチについで議論していたら何か知らんがバルトロが呆然とした顔のまま泣いていた。その手には食べかけのサンドイッチ。本当にどうした?
「バルトロ?どうした?まだ体調万全じゃなかったか?」
「…違……う……」
「?」
ポロポロと頬を伝って落ちていく涙は朝日を浴びてキラキラ輝き、そして消えていく。泣いているバルトロが美形なのもあってより美しく俺の目に映った。
美形って得だよな。
涙を流しながらバルトロはもう一口サンドイッチに齧りつく。咀嚼する口の動きを見ても不味いって訳ではなさそう。そうなると一体何がバルトロの涙腺を刺激したのやら…。
「…美味い……」
「おぉ…」
「…ッ、本当に……美味い…!」
「そうか…」
「……それ以上に…温かい……」
「ん?」
温かい…ソテーの熱、なんて阿呆な意味じゃねぇよな?
バルトロはそれからもゆっくり、だが確実にサンドイッチを口に入れてよく噛んで飲み込む。サンドイッチが無くなったところで野菜スープを渡せば、それも涙ぐんで飲んだ。
俺の料理が問題なのだろうか。
バルトロは完食するまで終始涙を流し続け、祈りの手を組んで仰々しく感謝した。戸惑うから勘弁願いたい。
「…見苦しいところをお見せした」
「いや、別にいいけど…どうした?」
「すまない、貴女の料理がとても美味しく…そして温もりに溢れた優しいものだったので、つい」
どの辺が"つい"なのかサッパリ分からん。が、どうやらザーフィァには分かったらしい。
『そうだな。イサギの料理は美味いが、それ以上に心に沁み渡る温かさがある。これを食べた人間が涙を流すのは最早自然の摂理だ』
「いや不自然だから。どんな摂理だよソレ」
『ふふ、美味しい料理って幸せな気持ちにしてくれるわよね。貴方もそう感じたから泣いた、そうでしょう?』
「…あぁ、感動した。異世界の人間はこんなに美味い料理を食べて生きてきたんだな。道理であの勇者達の舌に合う料理が出せない訳だ」
あぁ、あの高校生4人か…。話す機会はなかったが、あの風貌と様子で大体分かる。
あいつら料理出来ねぇだろ。そこんとこ聞いてみると案の定で、バルトロは我慢しようとしたが結局盛大に溜息を吐いて項垂れた。苦労してるんだな。
「勇者に聞いたが味が薄いだの不味いだのしか言わず、どう改善すべきなのか全く分からなかったんだ…。おまけに国王も不味いと言われた料理は食べたくないと言い始め、宮廷料理人の何人かは理不尽に解雇されてしまった」
「豚の餌でも食わしとけっての。つーか、何でお前がそんなに苦労してんだよ。王子だろ、お前」
自分の分のサンドイッチを食べた俺は紅茶を淹れてバルトロに渡す。この世界の茶葉は品種が少なく、今居るこの国では市場に出回っている2種類が限度だった。
他の種類は全て王宮行きなんだと。マジでくたばれ。
紅茶の水面を眺めながらバルトロは静かに語り始める。
「……俺が"王子"を名乗れるのは世間体を気にした場でのみ。普段は騎士団団長として過ごしているから、あまり王族扱いはされないんだ。次期国王は間違いなく兄上、リーンハルト様だ」
リーンハルト…というとあの優男の方か。あの駄王と比較したら誰でも立派に見えると思うが、バルトロがはっきり断言するのだから、そうなのかもしれない。
話をしたことがない人間のことなんて分かる筈がなく、俺は適当にその辺はスルーした。
「兄上に比べ、俺は政には向いていない。勿論王族として最低限の教養は受けてきたが、剣を握る方が自分らしくあれた。だから今回も勇者の教養係として剣の稽古をしたのだが……」
「……飽きるの早かっただろ、あの餓鬼共」
「…………1日で剣を放棄された」
「あー…」
あんな馬鹿そうな奴等に根気なんぞある訳がなく、結果バルトロは勇者の使い走りをさせられる破目になったと。しかも剣に集中出来ないのはバルトロの指南の仕方が悪いと文句を言われる始末、か。
「お前…よく怒らなかったな。俺だったら多分蹴り上げて胃液全部吐き出させてるぞ」
「怒ったさ。そうしたら"暴力を振るわれた"だの、"こんなの理不尽だ"などと虚言も虚言を重ねて俺を徹底的に悪人に仕立て上げられたんだ…。騎士団以外は俺を疎ましく思っている人間が多いから、それを機に圧力を掛けてきて……逃げるようにオーク討伐に向かったが、そこで国王の息の掛かった元部下に殺されかけて現在に至るんだ」
「おぉ………」
"不憫"って、こういう奴の事を言うのかもしれねぇな……。ガーティもザーフィァもバルトロのこれまでの経緯を聞いて考えを改めたらしく、気遣っているのか擦り寄って慰める。
まぁ、ザーフィァにされるとおっかねぇから流石に止めたけど。
バルトロが怪我をして川を流されていた経緯は分かった。問題はこれからどうするかだ。
生きているなら城に戻れば良い、なんて生クリーム並みの甘っちょろさは生憎持ち合わせていない。帰ったら絶対殺されるぞ、コイツ。
今まで自分の部下と兄貴以外敵だったのに、その部下に裏切られて殺されかけたんだろう?味方の兄貴は次期国王であってまだ国王じゃねぇ。絶対的権力は未だあの駄王の手中なんだ。逆らえば反逆罪だの謀反だの言って即処刑、マリー・アントワネットお得意のギロチンコースが待っている。
これは不味い展開、だな……。
「……念のため聞いとくが、城に戻る気はあるのか?」
「………正直、迷っている。今頃きっと、俺はオーク討伐の際に起きた不慮の事故か何かで死んだことにされているだろう。そんな俺が城に戻れば、暗殺を命じた誰かが強硬手段を取る可能性が高い」
普通に考えればそうなるわな。
「そうすれば、俺と接点の多い兄上…リーンハルト様まで矢面に立たされる破目になるかもしれない。それだけは、何としても避けたい!だがそれでは、リーンハルト様をお守りするという務めが全う出来ない…ッ」
……成程。確かに次期国王と称されてはいるが、話の雰囲気ではリーンハルトの代わりは居ない訳ではなさそうだ。となれば、リーンハルトが国王になると動き辛くなる人間が悪知恵働かせて王子2人を亡き者にしようとするかもしれねぇな。
あの駄王と王妃なら、退位後の生活がしっかり保障されれば自分の息子も売り出しそうな気がする。
あ、駄目だ腹立ってきた。紅茶飲んで落ち着くとしよう…。
紅茶を一気に飲み干した俺は続いて水も飲んで一息吐く。
「フー…。…俺としては逃げるのが最善だと思うがな」
「…何故、そう思う?」
「お前が死んだことは既に城に、最悪王都に噂として広まっているだろう。そうなるとお前がこの国に居るのは敵にとって都合が悪い。もし見つかったら今度こそ殺されるぞ」
「…………だが、リーンハルト様が…」
「頭が良いならお前を殺そうと画策した黒幕を吊し上げてくれるだろうよ。そこから芋蔓式で王の失脚でもすればリーンハルト王子の即位は間違いない。"たられば"の話ではあるが、出来ない話じゃねぇだろ?」
「それは…そうだが……」
「だったらお前は自分の身の安全を確保しろ。もしリーンハルト王子を騙すのが嫌なら俺が何とかする」
「何とか、だと…?」
怪訝な顔をするバルトロだが、俺もその場凌ぎの慰めでこんな話をしている訳じゃない。あのオッサンを失脚させられる、下剋上出来るなんて話があるなら喜んで知恵と力を貸すさ。
「俺も魔法を覚えたからな。それなりには役に立つぜ?」




