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男装ホストの異世界旅行記  作者: エルモ
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47話 人命救助

『さぁ、パパッとやっちゃいましょう!時間が惜しいわ!』

「やるの俺だけどな」



 何でか説明しただけのガーティが仕切る形になり、俺は上半身の装備と服を剥かれた王子の横に座る形になっている。

 何でこうなったんだろうと現実逃避したくなるが、人命が掛かった一大事なので現実を受け止める。


 ガーティは今まで通り口頭で説明してくれる。



『いい?イサギ。自分の魔力を水だと思うの』

「水……」

『貴女の魔力はどんな器でも分け隔てなく潤いを与え、満たしてくれるもの。彼の乾ききってしまった魔力の器に注いであげるのよ』

「器に、注ぐ…」



 言われた通りのイメージを頭に浮かべる。


 騎士らしい王子の器は一体どんな形なのかと思考を巡らせたが、無難に聖杯らしいゴブレットをイメージする。そこに俺の手から湧き出る水を優しく、丁寧に注ぐ。

 乾燥し、亀裂が入っていたゴブレットに水を注ぐと、徐々にゴブレットの装飾が色を取り戻していくのがイメージの筈なのに鮮明に頭の中に浮かび上がる。


 これって俺が勝手に想像している筈なんだが…どういう原理で想像が独り歩きしているんだろうか。


 どれくらいの時間そうしていたのか、数分なのか数時間なのか分からないが……長いようで短い時間を深く呼吸していた気がする。

 目を開ければ、そこには穏やかな眠りに就く王子が居た。



「成功…なのか?」

『えぇ、バッチリよ!後は自然に回復するのを待ちましょう』

「分かった…。ハァ……何かドッと疲れた…」



 全身に重く圧し掛かる倦怠感の影響か、座っているのがやっとで指先1つ動かすのにも疲れてしまう。

 魔力がどれだけ命に関わるものなのかを痛感させられる。



『当然よ。魔力を人に分ければその分自分の魔力が消費されるんだから、疲れが出るに決まってるわ』

『イサギ、今日はもう寝ると良い。無理に起きる必要はない』

「いや…でも飯が……」

『一食抜いた所で死にはしないわ。明日の朝、美味しいご飯を作ってくれれば十分よ』

『俺もだ。だから休んでくれ、イサギ…。イサギが辛そうな姿は見たくないんだ……』

「…分かった」



 顔を擦りつけて懇願するザーフィァの言葉に折れた俺は王子の横に並んで寝ることにした。傷も魔力も回復したが、体温の低さは放っておけない。

 仕方がなく、着ていたシャツを脱いだタンクトップ姿で王子の背中を抱き締める。


 この世界に来て初めてまともな会話をしてくれた人間なんだ、これくらいどうってことない。



『あらあら、大胆ねイサギ』

「あ゛ーもう寝るからな。おやすみ」

『ふふ、おやすみ』

『おやすみ、イサギ』



 2人にキスされたのを最後に、俺の意識は暗いどこかに沈んでいった。

 意識が完全に落ちる前に、回した腕を何かが触れた気がしたが、気のせいだろうか……。











『…寝たわね』

『あぁ』



 暗い洞窟の中、2匹の従魔は主のイサギの寝顔を見てほっと息を吐く。その視線の先で眠る2人の人間と1匹の幼い従魔の寝顔は穏やかそのものである。

 が、起きている2匹の心情は決して穏やかではなかった。



『で、この人間の雄は一体何なんだ?イサギが珍しく動揺していたから驚いたぞ』

『イサギと私をこの世界に無理矢理連れてきた馬鹿なこの国の王の息子よ。あぁ、彼はあんな豚みたいな王とは違って常識的で話が分かる人間だから、安心して良いわ』

『………』



 ガーティの説明を聞いてもザーフィァは不機嫌ですと言わんばかりの不満顔だった。ガーティは小さく溜息を吐きながら体を伸ばす。



『何がそんなに不満なの?言っておくけどイサギが彼に惚れているなんてことは無いわ』

『何故そう言い切れる?』



 洞窟の外へ向かうガーティに続いてザーフィァも外に出た。

 夜になった森は風に揺れて木の葉を擦り合わせ、まるで身を寄せ合って風の冷たさを凌いでいるようにも見える。

 空には幾千もの星が輝き、幻想的な美しさを演出している。


 夜空を見上げるガーティの後ろ姿を、ザーフィァは静かに見つめて答えを待った。

 しかし、ガーティが口にした答えは耳を疑うものだった。



『…イサギ、昔ね……恋人が居たんですって』

『何…?』



 ザーフィァは自分の主の容姿と、周りの人間の反応を思い出して首を捻る。主は確かに人間の雌に分類されるのに、何故か他の人間は雄と間違える。

 人間の容姿に詳しくないザーフィァの感性から見て、イサギはとても美しい人間だと思っていたのだ。

 だから不思議だった。何故主に人間の雄は言い寄らないのか…。言い寄られたら言い寄られたで威嚇していただろうが。


 その答えもガーティは知っていた。



『自分を女の子扱いしてくれる人に初めて出会ったって…その時は喜んだそうよ。あの子、見た目が凄く凛々しいでしょう?同性にばっかり言い寄られてるから、恋愛対象になる筈の男に疎まれてたらしいのよ。イサギ自身、恋なんて出来ないって諦めていたから……余計にその恋人になってくれた男に惚れちゃったみたい』

『じゃあ、イサギは元の世界に恋人を残して…?』

『……そうだった方が良かったかもしれないわ』

『…どういう、意味だ』



 夜空を見上げていたガーティは徐々に声を震わせ、顔は地面の一点を見つめた。その隣りに座ったザーフィァが目にしたのは、美しいエメラルドの瞳を濡らし、ポロポロと涙を零すガーティの姿だった。



『ッ…騙されたって言ってたのよ……あの子!恋人になった男は、イサギに彼女を取られたとかいう男で…イサギを信用させて恋人になって、逢引(デート)に誘った先で…ッ、暴力を振るったのよ!他にも何人もの男を連れて!寄って集ってイサギを傷付けたのよ!"女"として!!』



 悲痛な叫び声を上げるガーティの目には、こことは違う別の場所が映し出されているようだった。

 その怒りの炎にザーフィァは背筋が凍る想いをしたが、同時に自分の胃の奥から何かがせり上がってくる感覚を覚えた。

 ガーティと同じ"怒り"と、それを凌駕する程の"憎しみ"だった。



『この話をしてくれた時…イサギ、泣きそうな顔で笑ってたのよ……。"男に告白されたけど、やっぱり俺は無理なんだ"って…。喜びたい筈なのに、過去の傷が彼女を"女"にさせてくれないのよ…。あの子は女の子にモテたい訳じゃない!1人の女として生まれたのにッ、誰かを愛することが出来ないの!』

『ッ………』

『…だから、イサギが今、彼に抱いている感情は…"感謝"よ。誰にでも向けられる感情であって…特別な何かでは無いわ』

『………分かった…』



 ザーフィァの不安から生まれた嫉妬の感情を晴らしたガーティは前足で涙を拭い、憂いを帯びた微笑みを浮かべる。



『それに、もし……もしもイサギに恋人が出来たとしても、私達を捨てるなんて真似は絶対しないわ』

『…そう、だな。イサギは、俺達を大事にしてくれるからな』

『そうよ。それに今じゃ"ママ"になってしまったのだから、簡単に捨てるなんて外道な真似はしないわよ』

『イサギの母親っぷりは中々様になっていたな』

『ふふ!そうね』



 クスクスと笑い合った2匹は、結界を張ってから夜空の星の下で寄り添って眠りに就いた。

 願わくば、これからも自分達と主の笑顔が絶えぬようにと、祈りを込めて…。

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