5話 飯は自炊の方向で
「そらよ」
店主のおっさんが出したのは白身魚の蒸し焼きっぽい料理。見た目はシンプルだなーっと思って食ってみたが、見た目以上に味はシンプルだった。これ味付け塩しかしてねぇだろ絶対。その塩も何つーか…雑味がする。客の女性に誘われて行くレストランで肥えちまった俺の舌にはあまりにも素朴過ぎる。
これから先は自炊でやりくりしようと決意した俺はおっさんに頼んで鶏のささみ肉を茹でただけのモンを頼んだ。おっさんは眉間に皺寄せてたが、俺が肩に居るガーティの喉を撫でると呆れた顔で肩を竦めて調理に入った。
店でペットの食事頼むのがそんなにワリィのかよ。
出された料理を完食した頃に小皿に茹でたささみを載せて出された。確認でガーティに匂いを嗅がせると喉をゴロゴロと鳴らして食事の催促をしてくる。妙なモンが入っていないと安心した俺はささみ肉を適当に包んでもらってから勘定を済ませる。
魚料理と飲み水とささみ肉で銀貨2枚と銅貨6枚。通貨についてあれこれ聞くのは怪しまれると予想した俺は金貨を細かくする事に成功したことを内心喜んだ。
金貨だけじゃ通貨の価値が全く分からねぇからな。銅貨1枚で何が買えるか後で検証しとこう。
金貨をポンと出した俺におっさんだけじゃなく店の客が何人かギョッとした顔を見せた。剣を腰に差している奴が金貨の入った袋を見るが、俺の顔を見てすぐに視線を逸らす。店主のおっさんと大差ないこの身長と珍しいだろうバイザーが功を奏したらしい。
こういう時、心底親父似の体格を有難く思うわ。
店を出た俺は近くにある芝生の広場に入って腰を下ろす。
さっきの店はアットホームな雰囲気が好感だが、こじんまりとしていたので人口密度がそこそこ高かった。ガーティのパーソナルスペースにあれだけの他人が居るとゆっくり食事なんて出来ない。
ここなら人もまばらだし静かで緑が豊かなのが心地良いから大丈夫だろう。ここで駄目なら別のもっと人が居ない場所を探したいが、今日来たばかりの街でいきなり人気のない場所に足を踏み入れるのは気が引ける。魔法があるし、この世界じゃ武器を携帯しているのは至って普通。そんな世界で自分の身を守る術が素手しかないのはあまりにも不利だ。
今後の身の振り方を考えながら、掌にささみ肉を載せてガーティに食べさせる。普段キャットフードだから久々の肉に存外ご機嫌だった。この世界じゃキャットフードなんてねぇだろうし、時間に余裕があるならガーティの飯ももう少し凝ってもいいかもな。
食べ終わったガーティは俺の膝の上に乗って甘えてくるので、抱き上げてさっさと寝床を確保することに決めた。
さっきの爺さんの話じゃこの街は観光客が多いため宿も充実しているらしい。質の悪い宿なんてモンは本当に運が悪い奴が当たるぐらいの確率で、殆どが国の基準をクリアした良質な宿だとか。
あの国王がそんな真面目な事をするのかと疑問に思ったが、どうやら基準を決めたのはあの無駄に美形オーラを放っていた第一王子らしい。それなら納得だと頷くしかなかった。
あの王子も仕事してんだな、とか考えてるうちに良さげな宿を発見。活気のある市場の裏で地元住民と思わしき人間がチラホラ居るのが俺としては安心出来るポイントだ。何かあった時に全く無知な観光客に助け求めても当てにならねぇだろうから。
宿の扉を開けると、すぐ横にカウンターらしきモンが設置されていて、中には30代の細身の雰囲気美人とその女性によく似た5歳ぐらいの女の子が居た。
「ようこそ、『白の花束亭』へ。泊まりでしょうか?」
「あぁ、1泊頼む。飯はどうなってる?」
「1階に食堂がございます。お食事込みの宿泊と、食事抜きの宿泊の2つがございます。食事抜きのお客様は外食に行かれるか、またはご自分で調理されるかです」
街中の出店を見て思ったが、この世界の料理は俺の口に合わない。匂いが素材の匂いしかしなかったのだ。味が素朴すぎたら食べてる気がしねぇし、夕飯も朝飯も自分で作るのが最善策に違いない。
が、調理する場所がねぇことには料理なんて出来る筈がねぇ。
その旨を女将に伝えると、この宿には台所付きの部屋があるらしい。普通の部屋より高いのは当然だと俺は割り切り、風呂と台所付きの部屋を借りた。1泊で銀貨5枚と言われた俺はまぁまぁ安いなと思いながらきっちり支払う。
「ではお部屋にご案内致します。マルガ、お願いね」
「はーい!」
元気な返事で俺の手を引くマルガという少女はズンズンと階段を上り、4階の奥にある部屋の前で鍵を渡した。ホテルでよく見る普通の鍵なのが意外だった。
「こちらになります!」
「ありがとうな。ちっさいのに偉いな」
「えへへー」
無邪気な笑顔を見せて褒められたことを喜ぶマルガに好感を抱いたのか、ガーティが床に下りてマルガの手に自分の頭を押し付けた。
普通の猫より大きいガーティにビビったのか俺の足にしがみついて驚くマルガ。その反応に少ししょぼくれたガーティは見ていて吹き出しそうになる。
「ネコ、おっきぃー…」
「あぁ、そういう種類だからな。ガーティは噛まねぇぞ、下から手ぇ出して耳の傍撫でてみろ」
言われたことを素直に実践したマルガはすぐにガーティを気に入り、楽しそうに撫で続ける。その間に俺は鍵を開けて部屋の間取りを確認する。ベッドもなかなかデカいし、何よりキッチンの設備が予想以上に充実している。これは当たりだなと上機嫌に部屋を散策しているうちにガーティがマルガを連れて部屋に入ってきた。
マルガもすっかり俺とガーティに慣れたのか最初より表情が柔らかい。
「ねぇ、おにーちゃん。どうしてお面つけてるの?」
「あ?面?…これは面じゃねぇぞ」
「お面じゃないの?」
「違う」
最初から気になっていたマルガの熱烈な視線の原因は、バイザーだった。
明日は伊達眼鏡にしとこうか…。