38話 ガーティは最高
「んじゃ、頼むわ」
『任せて』
宿に戻った俺達はそのまま獣舎に行って残りのやるべきことを片付ける。
まず取り出したのはギガントファングボアの毛皮。大きさから考えてまず大人1人は何ら問題無い。つくづくデカいな…、あの猪。広げると余計にデケェ。
「とは言ったが、一体どうやるんだ?お前毛皮のなめし方なんて知らねぇだろ?…前の世界で知ってたとかじゃねぇよな?俺、そんな恐ろしいモン身近に置いてたか?」
記憶の引き出しを総動員で引っ張り出して確認したが、ガーティにそんな生々しい場面を見せた覚えなんてねぇし、そもそも俺は毛皮のカーペットなんか持ってねぇんだけど。本当にどうやって作業する気だ?このメインクーンは。
『安心して、イサギ。毛皮がどういう物なのかは、お店に来た女性が着ていたコートとかで把握してるから。あんな感じにして、尚且つ寝るのに丁度良い柔らかさにすればいいのよね?』
「いや、俺も毛皮の上で寝た経験ねぇから何とも言えねぇが…まぁ寝心地良いなら何でもいいわ」
『フフ、了解。それじゃあいくわよ?"洗浄"』
ガーティが魔力を込めて唱えると地面に広げてあった毛皮が空中に浮き、空気中から突如現れた水に包まれて勢い良く洗浄される。洗剤なんて無い筈なのに何でか泡立ってるし…。まるで洗濯機の中身が外に出てきているようだ。
みるみるうちに毛皮は色鮮やかになり、汚れた水は宙に浮いたまま下水らしき場所に吸い込まれるように入った。ここまでで"洗浄"なのか?
『次よ。"乾燥"』
ビショビショに濡れていた毛皮を今度は温かい風が囲んで乾燥していく。これも乾燥機の中身がそのまま目の前にあるって感じだ。
1分経ったかどうかってぐらいの短時間で毛皮の乾燥作業は終わった。手に取ってみると、温風のお蔭で温かくなっている。
「へぇ、凄いな」
『フフン、まだやるわよ』
「は、まだ?」
『えぇ。"加工"』
俺の手にあった毛皮はまた宙に浮き、今度は光の粒子が含まれた風に包まれていく。すると毛皮に艶が生まれ、見ただけでもその柔らかさが伝わる見事な毛皮製の敷布団が完成した。
試しに触ってみたが、驚異の柔らかさで撫でているのが心地良く感じてしまう出来栄えだ。予想以上の完成度に言葉を失ってしまう。
白い毛に覆われた胸を張るガーティはドヤ顔で俺を見上げる。
『フフフ、どう?結構上手に出来たと思わない?』
「凄ぇなガーティ…。これで寝れたら安眠出来るわ、俺」
『なら良かった。私からイサギにしてあげられることって限られてるから、これぐらい出来なきゃって思って』
どうも飼い猫の状態で考えちまうせいでガーティに悪いことをしちまったな……。無意識なのが余計に、な…。
俺はガーティを抱き上げて額にキスを送る。唇に残る温かい毛の感触さえも愛しく思える。
「悪い、ガーティ。俺はもうお前から十分過ぎる程貰ってるんだ…。だから、俺が何も言わないからって不安に思っちまうかもしれないけど、自分に自信持ってくれ。ガーティは俺の最高の家族なんだ」
『……イサギ…ッ』
「ん、ありがとうな。ガーティにそう思ってもらえるだけで、俺は幸せだ」
『…もぅ、欲がないんだから……!』
傷付けないように抱き締め、今度は鼻先にキスを送る。そうするとガーティも俺の頬にキスを返してくれた。これが俺達の最高の愛情表現。額と額を合わせればどちらからとも言わず笑みが零れる。
『フフッ、大好きよイサギ』
「俺は愛してるぜ」
『熱烈ね。最高よ、私の王子様』
「ククッ、悪くねぇな」
キスの応酬を繰り返していると、横からザーフィァが不機嫌な顔で割って入る。どうやら拗ねてるらしい。グリグリと顔を押し付けてキスを強請ってくる姿があまりに可愛く、どうしても甘やかしちまう。
「ザーフィァも、愛してるぜ」
『ん、俺もイサギが1番好きだ。愛してる』
『私達をこんなに骨抜きに出来るのはイサギだけよ。本当は毎日だってキスしてほしいんだからね?』
「それぐらいお安い御用だ」
それからも耳、額、瞼、頬、鼻とキスを送り続ける。ガーティもザーフィァも満足したのか蕩けた顔で獣舎に寝転がる。何か凄ぇ誑しに見えるな、俺。
「ハハ、こりゃ暫く惚けてるな…。昼飯作ってくるか」
ガーティ達を置いて部屋に戻った俺は、部屋にあるキッチンで調理を始める。
今日の昼飯はジャイアントキャットフィッシュのフィッシュ・アンド・チップス。念の為にジャイアントキャットフィッシュの身の状態を鑑定してみる。
【ジャイアントキャットフィッシュの身
上質な白身で脂が乗っている。味は美味。淡白な味なので濃い味付けが好ましい】
おぉ、"美味"って出たぞ。これは期待値高いな。
今日の買い物でこちらでは珍しい食材も手に入ったので、今日の料理は今まで(この世界に来てから)のとは少し違う。
「小麦粉と、今回は水で我慢するか。本当に卵が手に入らねぇな…この世界」
未だに巡り会えていないあの動物性たんぱく質が恋しくて仕方がない俺であった。




