4話 王子と金貨
兵士が急いで敬礼するのを片手で制したさっきの第二王子は俺の腕を掴む力を緩め、そのまま俺の手を取って何かが入った袋を乗せた。チャリ、と音を出したことから金属か何かだろ。
王子は申し訳なさそうに眉を下げて俺に頭を下げる。周りの兵士がざわつくが、そんなのお構いなしでされるから俺としては居心地が悪い。
「本当に、すまなかった!これだけのことしか出来ない俺を憎んでくれても構わない。俺は、貴方に何も出来ない…無力な人間だからッ」
「…………」
…こいつ本当にあの豚親父と同じ血が流れた人間なのかと心底疑いたくなる。家の環境で人間の性格は割と決まる。だからあんな親を持つ子供はそれに似て不遜な態度を取る人間になるモンだと想像していたが、現実は違ったようだ。嬉しい誤算と言うべきか。
あのタラシはイマイチ分からなかったがな。ナルシストまでいかなくても質の悪い美形なのは確かだ。
いつまでも頭を下げる第二王子の頭に、俺は軽く手で叩いて起こさせる。叩くっつってもポンポンって感じだけど。
恐る恐る頭を上げた王子の顔が怒られた子供みたいで何か笑えた。"王子"なんて肩書きがあってもこいつも人の子なんだと思うと気が楽になる。
「お前には怒ってねぇから気にするな。これは有難く貰っとくけどな」
「あぁ、そうしてくれ。…国から、出るんだよな?」
「そうだが?それが何だ」
「……行くなら、ここから西にあるシスネロス王国に行くと良い。あそこはある程度の生活と自由を保障する国だ。種族の差別も禁じている住みよい国だろう」
他国の王子に絶賛させる国か…、距離は分からないのが不安だが差別がないのは嬉しい限りだ。俺みたいな黒髪黒目の人間は見た限りそう居ないんだろう。変にいちゃもんつけられる心配もないし、生活を保障してくれる国なんてこの世界に多くあるとは思えない。行くならそこだな。
「ご親切にドウモ。あと、あのおっさんならその内国境封鎖でもしそうだから、逃げるなら早めをお勧めするぞ」
「っ……」
当たったか。城の様子から見てあまり芳しくない状態なんだろう。大臣とか貴族とかが色々画策している筈だから、第二王子のこいつも巻き込まれるのは時間の問題だ。
息を飲んで顔色を暗くする王子の様子から、それは出来ないんだろう。仮にも王子だ、そうホイホイ亡命なんて出来る訳ねぇか。
「ま、俺が言えるのはそれくらいだ。あとは自力で何とかしろ」
「あぁ…。…本当にすまなかった。この国を治める王の代わりに、改めて謝罪する」
また頭を下げて謝る王子を後目に俺は早歩きで城門を潜った。もうあの澄んだ目を見ることはないだろう。
城を離れて約15分、周りは活気づいた城下町へと変わっていた。暮らしはある程度安定しているのか誰もこの国の現状に不安を持っているようには見えない。
"今のところはな"。
王子から貰った袋には金色の貨幣がジャラジャラ入っていた。この世界の貨幣の価値はよく分からねぇが、少なくとも旅の準備には困らない程度にはあるんだろう。手持ちの何かを売って金にしようとしていた俺からしたら有難いことだ。
一先ずこの町の人間が集まりそうなレストランを探して入ってみる。
海外の観光地なんかでも、観光客が集まる店より現地の人間が集まる店の方が味は上だと聞いたことがある。あとは情報収集なんかも出来れば上々だ。
入ったのはいかにも老舗って雰囲気の木の色が温かいレトロな店だ。カウンター席が空いていたのでそこに座って店内を更に観察する。カウンターの奥に居た髭面のガタイの良いおっさんが料理して、女2人がウェイトレスをしている。2人とも同じ赤髪にそばかすだから、姉妹なんだろ。赤髪を三つ編みのお下げにした子供っぽい方のウェイトレスが俺にメニューを渡した。
…頬染めてることにはつっこまねぇからな。
「ご、ご注文が決まりましたら、呼んでください」
「あぁ」
パタパタと離れてもう1人のウェイトレスに抱き着く姿に初々しさを感じて眺めていると、目の前に肉切り包丁が勢い良く振り下ろされて視界は鈍い銀色一色に染まった。見上げた先に居たのはこめかみに青筋浮かべて睨みを利かす髭面のおっさん。
「あんまりジロジロ人の嫁と娘見てんじゃねぇぞ、小僧」
「あぁ、そりゃ失礼。……嫁と娘?姉妹じゃねぇのか、アレ」
マジかよ、あれおっさんの女房と娘だったのか。おっさんの要素皆無だったぞ。娘はそれが幸せだろうけど。
振り下ろされた包丁をどかしながらおっさんの怒気を含んだ警告が降ってくる。
「手ぇ出したら俺が細切れにして野良犬の餌にしてやるからな」
「誰が出すかよ。それより飯、注文頼めるか」
「…おう」
どんだけ警戒してんだ、このおっさん。ぶっきらぼうに注文を聞くその態度に接客術を1から叩き込んでやろうかと本気で考え始める。
メニュー表には見たことのない文字が書かれていたが、何でか読める。これならこの先苦労はしなさそうだ。メニューにある無難そうなモンを頼んでから近くの席に座っていた爺さんに声を掛けた。
「爺さん、今少しいいか」
「ホッホッホッ、こんな老いぼれに何の用かね?色男さんや」
「実は俺、この国に無理矢理連れてこられてな。ついさっき放置されたばかりで何も分からねぇんだ。色々聞きたいんだが、頼めるか?」
「ほうほう…、もしや人攫いかね?大変だっただろうに…」
その人攫いの犯人が自分達の国の王だなんて誰も思わないだろう。言うと面倒だからここは口を噤んでおくのが賢い選択だと俺は判断した。
それから爺さんは色んな情報をくれた。魔物が国境からジワジワと攻めてきていること、各都市で有力な人間が暗殺されたり姿を消していること、地方では物流が減り物価がどんどん上がっていること、だが税収は今までと同じ額の為次々と村が崩壊していること…。
…思った以上にこの国終わってるな。王子、マジで逃げた方が良いぞ。
「国外に逃げる考えの人間は居ないのか?」
「勿論居るとも。じゃが、魔物がどこに居るとも分からない獣道を歩く勇気を持つ者は少ない。歩けたとしても無事に国外へ行けるとは限らんのじゃ。危ない橋を渡るつもりはない、そういうことじゃろう」
剣を腰に携える奴がチラホラ居たが、あれが"危ない橋を渡らない"奴か。この国の行く末をある程度覚悟してでも生き延びたいって訳か。案外臆病なんだなと俺は拍子抜けした。
爺さんにこっそり金貨1枚を渡すと目を丸くして驚いたあと、何でか頭を下げてから店を出て行った。情報料にしちゃ高かったか?
今後の金貨の扱い方を考えさせられるやり取りだった。