36話 馬具を買った
「お、あったぞ。これだこれだ」
そう言って爺さんが持ってきたのは、発光しているんじゃないかと錯覚してしまう程綺麗な白い革で出来た鞍だった。所々に刺繍の装飾もあるが、華美ではなく、品のある蔦の模様だった。白い革に青の蔦が良く映える。
これは、想像以上に良い品だ。
爺さんは作業台の上にそれを置くと、自分でも上出来だと思っているのか何度も頷く。
「やっぱり、漆黒のデュラン・ユニコーンには白が映えるよなァ!こいつァ"イノセントブル"の革で出来た鞍でな、手触りは良いし何より使えば使う程艶が出るってんで人気があるんだ」
「それって、凄ぇ高級品なんじゃ…」
「確かに、イノセントブルはここから西にあるシスネロス王国の更に向こう側に位置する国、"バアル竜王国"に生息する牛の魔獣だ。これがまた強ェ上に数でものを言わせる種類でな、狩りをするのも一苦労なんだ。まァ、これは俺が若ェ頃に狩ってきたヤツだけどな」
"バアル竜王国"?また知らない国だな…。"竜王国"ってのが気になるが、ひょっとしてドラゴンが支配してる国なのか?ついでだから爺さんに聞いてみよう。行ったことあるっぽいし。
「そのバアル竜王国ってどんな国なんだ?」
「バアル竜王国は"竜人"って種類の亜人族が治める国で、シスネロス王国とはもう何百年と友好を築く国だ。そして何と言っても、竜人の"番"を重んじる本能が印象的だな」
「番って……雄と雌の、あの番か?」
「そうだ。竜人には自分の生涯の番がありとあらゆる情報で分かるんだとよォ。例えば匂い、見た目、魔力…。俺達人間には到底計り知れねェ何かに繋がれた存在、それが番だ。竜人達は自分の番は例え自分の命に代えても守ると言われる程大切にしている。知らずにちょっかい出そうモンならまず命は保証されねェな。それぐらいの溺愛っぷりだよ、あの国の連中は」
「へぇ……」
中々面白い情報だった。聞いたところ他種族を蔑ろにしている様子はなさそうだし、シスネロス王国の更に向こう側ってんだから、方角は一緒なんだろう。シスネロス王国を満喫したら、バアル竜王国に行くのも良さそうだな。
旅の計画を考えていると、爺さんが何やらニヤニヤと悪い顔で笑っている。ん…?何かこの顔、デジャブな気がするんだが……。
「しししっ、嬢ちゃんは別嬪な上に魔力も相当あるだろう?それだけの好条件なら、バアル竜王国で良い番に巡り会えそうだな」
「…………は、はァ!?な、番って…種族関係なしかよ!?」
「おうよ。竜人は言わば"本能"で番を選んでるんだ。それに種族なんざ障害にもならねェだろうぜ」
衝撃の新事実に思わず眩暈を覚える。何でこう、この世界は厄介な種族や国があるんだろうか…。いや、これは俺の偏見だから一概にそうと断言出来ねぇし、する気もねぇが……。
バアル竜王国は諦めるのが良さそうだな。
「んじゃ、鞍に話を戻すとするか」
「あぁ…、頼む」
「で、このイノセントブルの鞍だがな、こいつァユニコーンと相性抜群なこと請け合いだぜ」
「相性?」
「嬢ちゃん、イノセントブルの特性知らねェな?イノセントブルは"純潔"って特性を持ってんだよ。これはあらゆる闇属性の魔法を無効化する力があるんだ。んで、そこのデュラン・ユニコーンも元は普通のユニコーンなのは知ってるよな?」
「……ユニコーンは"純潔"の象徴、イノセントブルは"純潔"の特性を持つ。だから相性が良い…?」
「まァ、簡単に言えばそういうこった。だがな、もっと言えばこいつらは魔力の波長が合うんだ」
「魔力の、波長…」
「そうだ。魔力の波長が合うモンを付けるのは人間も魔獣も一緒ってこった。波長が合わねぇモン身に着けてりゃ、魔法の邪魔になるからな」
成程…勉強になった。俺もこの先魔法を極めるのであれば自分の属性や魔力の波長を調べて、それに合う物から選んで身に着けるという事か。
…ん?だが待てよ?
「おい爺さん、俺のザーフィァは"デュラン"・ユニコーンなんだが」
「分かっとるわィ、そんなモン!本当の狙いはそっちにあんだからなァ」
「狙いだと?」
立ち話が疲れたのか、爺さんは近くにあった丸椅子に腰を下ろす。俺も促されたので近くの椅子を運び、爺さんの前に座った。
「デュラン・ユニコーンが"狂乱の一角"なんて禍々しい呼び名を付けられた理由は、その目を見た奴の精神を汚染しちまうのもあるからだ。それも知ってるか?」
「あぁ。だが俺のザーフィァは少し違う。目を見ても悪意を植え付けることは出来ないって言ってるぞ」
「ほォ~、成程なァ。だが油断は出来ねェな。いつ完全に堕ちるか分からねェんだったら、その力を抑えるのにも適したこの鞍がオススメだぞ」
つまり、ザーフィァの目が赤くなって周りに被害を出すことになる未来を想定した保険的なモンか。そう考えるとあんまり付けたくねぇが……どうしたものか。
『…イサギ、俺…それがいい』
「いいのか?」
『俺も不安だった。イサギが良くても、イサギの周りの人間に被害が出るかもしれないなんて、考えたくない…。だから、今から対策を打っておくのは正解だと思う』
「………」
ザーフィァがそんな真似しないと俺は断言出来るが、周りからはそうはいかない…か。何か言われる前にこっちからその気はないと行動で示すのも無難な道か。
暫し考えた結果、イノセントブルの鞍を購入することに決めた。爺さんがニヤリと笑ったところを見ると、結構良い値が付いているんだろう。
「それじゃ、同じイノセントブルの革で作った手綱、腹帯、鐙、それからミスリルで出来たハミを合わせて金貨16枚だ。出せるよな?」
「は?ミスリル?」
「これだけ上等な馬にオメェ、生半可なモン渡せる訳ねェだろうが!値段は相場とほぼ同じだから、安心しなァ!」
結局乗馬に必要な物全てを購入することになり、金貨16枚支払った。金に余裕はあるが、馬具って意外と値が張るモンなんだなと思った。
爺さんに頼んでその場で鞍を付け替えてもらい、古い鞍は処分してもらった。かなり擦り切れていたからリサイクルも出来ない状態だと爺さんは憤慨していた。革製のモンには差別なく愛着がある職人のようだ。
イノセントブルの鞍や手綱は俺の予想以上にザーフィァによく似合っていた。良い買い物が出来て良かった。
店の方に戻ると真っ先にグスタフが謝ってきた。今の俺は男装してる訳だし、胸も潰してるから間違わない方がおかしいと説明して落ち着かせた。本当に何であの爺さん分かったんだろう…。
グスタフと店の前で別れると、一旦工房に戻っていた爺さんが戻ってきた。その手には黒の革製の二連ブレスレットがあった。紫色の石を通していて、シンプルなのに洒落ていて俺の好きなタイプのデザインだ。
爺さんはブレスレットを俺の手首に付け、もう見慣れたあの金歯が光る笑みを浮かべる。
「久々に良い客に巡り会えたぜ。旅先でもし革製品で困ったら適当な店に入ってコレ見せろ。そうすりゃ、馬鹿な野郎じゃねェ限り良いモン見せてくれるだろうよ」
「ふぅん…」
「しししっ!嬢ちゃんには必要ねェか?」
「……いや、貰っとく」
「しししししし!そうしとけ!じゃあな」
「あぁ、ありがとな」
年に見合う皺の寄った固い手と握手を交わし、俺は爺さんに見送られながら街の中心地へと向かった。




