32話 ザーフィァ、新事実発覚
これでもかってぐらい甘やかしてから夕飯にありついた俺だが、ふと今日聞いたエルフの王のことを思い出した。あとで"叡智の扉"で調べようとしていたのに、危うく忘れて寝るところだった。
知りたいと思った時に調べないと、後々困るのは俺だからな。
「"叡智の扉"、"カティー連合王国"」
あの羊皮紙の画面が空中で表示される。本当、どんな原理なんだろうな、これ…。
浮かび上がった達筆の文字を読むと、中々興味深い情報を得られた。
【叡智の扉 ≪ペルセニア編≫
・カティー連合王国…ウィシュト大陸に存在する国の1つ。528年前までは多数の小国が覇権争いを行っていたが、現王イェレミアスが統治したことによりカティー連合王国が生まれた。首都はユピアトル。人口約582600人、その大半がエルフ族。他国と交流はあるが、政治的な繋がりは深くない。エルフ族に伝わるミスラー織が有名。国民のエルフ族以外は殆どが難民である】
成程、"政治的な繋がりは深くない"か。帝国・司教国・連合国との戦争に関わっていない上、難民を受け入れている国なら移り住むのにうってつけだ。セザール達が目指すのも納得した。途中通るアビシオン王国も今回の戦争には関わっていない国の1つ、面倒事に巻き込まれるリスクは少ないだろう。
魔法に特化した人間が多いなら、俺もいつか行ってみようかな…。俺、魔術師も向いてたっぽいし。やっぱり元の世界になかった技術や物には興味がある。
「シスネロス王国に行った後に、アビシオン王国に行くのも悪くはないな」
『あら、魔法至上主義の国に?興味があるの?』
「まぁ、人並みには」
『アビシオン?そこなら行ったことがある』
大盛りにした筈なのに木皿をすっからかんにしたザーフィァは俺の首元に鼻先を擦りつける。甘えられるのは嬉しいが、頭の上の方で掠ってる角が地味に気になる。
「ザーフィァ、行ったことあるのか?というか、国名分かるのか…お前」
『20年ぐらい前に山の中を歩いていたら、アビシオン王国の宮廷魔術師…?とか言うのに会った。老人と子供だったのを覚えてる』
「山ン中でガキ連れた宮廷魔術師って…胡散臭いただの不審者じゃねぇか」
髭の長い仙人みたいな爺と手を繋ぐ幼稚園児ぐらいのガキをイメージした俺にザーフィァは首を傾げて続ける。
『んー…、いや、怪しかったが別に嫌な人間じゃなかった。俺には人間の"悪意"や"汚れ"が分かるから、俺の角で悪事を働こうとしてる連中とは違うって分かった』
「おい待て、初耳だぞソレ」
『今言った』
「事後報告じゃねぇか!」
ザーフィァの隠された能力に驚いていたが、ザーフィァ自身はあまり良く思っていないようだ。現に目の前で眉間に皺寄せて渋い顔をしている。
魔獣って案外人間みたいな顔をするんだな…。
『…俺のこれはただのユニコーンの時の名残だ。普通のデュラン・ユニコーンは目が赤くなり、その目で相手に悪意を植え付けて思考を撹乱させることが出来るが…俺は出来ない。俺は中途半端なデュラン・ユニコーンなんだ』
『何だか凄いカミングアウトしたわね…』
「おぉ…、俺もビックリだ」
ザーフィァの新事実に俺もガーティも開いた口が塞がらない。ザーフィァの綺麗な目は、俺の知る一般的なユニコーンならではだったのか。"狂乱の一角"とか言われている割に素直で大人しいなとは思っていたが、成程合点がいった。
……ちょいちょい血の気が多い台詞があったのはこの際目を瞑ろう。
つまり、ザーフィァは普通の奴らが思うデュラン・ユニコーンとは少し毛色が違うのか。
「成程な。んで、その爺とガキに角やったのか?丸々一本?」
『一本はやれない。ユニコーンの角は一生に一本だけだから、全部切られたらもう生えない』
「鹿みてぇにはいかねぇと。じゃあ欠片とかか?」
『そうだ。近くに手頃な岩があったからそこで角を研いで欠片をやった。子供の方が病気だったらしく、その薬にしたかったらしい。捕まえるつもりがないのは分かってたし、美味い果実をくれたから俺は文句なかったぞ』
「お前…果実だけで一生モンの角削ったのかよ。安いな、角」
『美味かったぞ』
「あぁ、良かったな…」
もういい。ザーフィァにとって角を削るぐらいは何ともないんだってことが分かった。あんまり自分を安売りしてほしくねぇんだがな…。それもまた追々教えていくとするか。
地面に座るザーフィァにもたれて夜空を見上げていると、ザーフィァは頭を地面に置いて静かに語り始めた。
『…俺、群れを襲う人間達を恨みながら生きてきたんだ。そうしたら段々自分の感情が抑えられなくなった。でも、デュラン・ユニコーンになる直前に、群れの長に止められて中途半端に終わった。だから俺は、デュラン・ユニコーンだけどデュラン・ユニコーンじゃない存在になったんだ』
「………成程」
目を閉じて悲しそうに語るザーフィァの頭を撫でる。サラサラと俺の指からすり抜ける鬣を手櫛で整えていると、ザーフィァは小さく細い声で俺に聞いた。
『イサギ…、俺のこと、嫌いになったか?』
「…何でそう思う」
『俺、ちゃんとしたデュラン・ユニコーンじゃないから…。イサギなら、デュラン・ユニコーンを従わせるなんて簡単に出来る筈だ。俺よりずっと、強い奴を……』
「……お前は、それでいいのか?俺が他のデュラン・ユニコーンに乗り換えてもいいって?」
そこまで言うと、ザーフィァは筋肉を強張らせて小さく唸る。軽く背中を叩いて全身の緊張を解す。少し緩んだのを見計らって寝転がり、ザーフィァの目と合わせる。
ザーフィァの瞳は、夜空を反射させて輝きを見せる。その美しさに俺は感嘆の息を吐きながらザーフィァの顔を撫でる。目を細めて俺の手を受け入れるザーフィァは、何者にも代えがたい。
「他のデュラン・ユニコーンがどんなのか知らねぇが、俺はきっと…ザーフィァじゃなきゃ受け入れられなかったと思うぞ」
『何でそう言える?俺よりずっと強い奴の方が、イサギのためになるのに…』
「けどソイツがザーフィァみたいに俺のためを想える優しい奴とは限らないだろう?俺は悪意で人間に害をなす魔獣より、俺のために頑張って、褒めてほしいって甘えてくるザーフィァが可愛くて堪らねぇんだよ」
『か…、可愛い?俺が…?』
「あぁ、可愛くて可愛くて堪らねぇよ…。なぁ、ザーフィァは俺の傍から離れて平気なのか?俺は…きっと平気じゃねぇ。ザーフィァが居なきゃ駄目なんだ。ザーフィァじゃなきゃ、俺は満足出来ねぇよ」
『…ッ、イサギ……』
「お前は俺のモンだ、ザーフィァ。誰にも渡さねぇから、覚悟しとけよ」
『…あぁ、分かった。分かった…ッ』
青い瞳が揺れ、瞼から透明の滴が流れ落ちる。その滴を指で掬い、震えるザーフィァの目元に自分の額を当てる。額から伝わるザーフィァの温かさに微睡んでいると、ガーティがザラザラした舌で俺の手を舐める。
『イサギは部屋よ。ザーフィァには私がついてるから、ゆっくり休んできて』
「ん…、あぁ、分かった。おやすみ、ザーフィァ、ガーティ」
『おやすみ、イサギ。良い夢を』
『あぁ、おやすみ…』
獣舎を出て部屋に着いた俺は、そのままベッドにダイブして眠りに就いた。
微かに香る甘く切ない香りは、ザーフィァの涙の香りだった。
従魔を口説いちゃいました。自分でも何故って感じです。
早く男キャラ出して主人公に落とさせたいです…。




