31話 獣舎付き宿屋
女将とカミラの会話に口を挟まずそそくさと退散した俺達3人は、店の近くで別れた。ラウとイリヤは同じ宿に泊まるらしく、俺とは別方向だった。
別れる前にラウと握手し、イリヤには抱き着かれた。ミシェルを可愛がっているのを見て羨ましかったらしい。可愛いとこあるんだな、コイツ。
「達者でのぉ。何かあれば、先人に尋ねるのが得策じゃよ」
「元気でね!イサギさん」
「あぁ、じゃあな」
暗い道の中へと消えていく2人を見送り、俺もそろそろ宿に行こうかと歩き出す。
実を言うと、宿は既にオスカリウスが取ってくれている。従魔を持つ調教師も宿には泊まりたい。だが普通の宿では猛獣なんかを置いておける筈がない。そこで従魔を持つ人間でも泊まれる宿が出来た訳だ。
前の世界じゃペットと泊まれるホテルとかもあったが、圧倒的に数が少なかったからな。これはこの世界の文化水準から考えて画期的だと思う。
オスカリウスに貰った街の地図に書かれた宿の場所へと向かう。日はすっかり沈み、空は先程の黄金色ではなく、紫色に染まっていてちらほらと一等星が見える。完全に夜になる前に着けるといいんだがな…。
夜に道を歩いて良いことが起こった試しが無かった俺の経験が重い溜息を吐かせる。
ザーフィァが居れば間違いなく俺が手を出す必要はないだろうが…、もしものことを思うと頭が痛い。
『イサギ?どうかしたの?』
「いや、何でもねぇよ。夜道にいい思い出がねぇなって思ってただけだ」
『あぁ…。今回もお店の帰り道だったものね』
「ハァ……、思い出しただけで疲れる」
『フフッ、今日はもうゆっくり休むといいわ。明日は魔獣の買い取りに、商業ギルドにも行かなきゃいけないもの』
「意外とやる事減ったな。それなら3泊ぐらいで済みそうだ」
『もう…、そう言っていっつも無茶しちゃうんだから。ここは異世界なんだから、もう少しゆっくりしていても大丈夫なのよ?』
ガーティの心配の言葉に苦笑を零してしまう。俺の家族はどうも心配性が多い。親父も過保護が行き過ぎた結果の鍛錬だったが、今では役に立っている。わざわざ雅樹さんに店であった事を逐一報告させてたのは呆れたが…。
暗くなるとそこかしこから零れる家の灯りの温かさに口元を綻ばせていると、ザーフィァが足を止めた。見上げればそこにはオスカリウスが言っていた妖精を象った宿の看板があった。
"妖精の止まり木"なんてファンタジーじみた名前の宿に入れば、王都の宿屋と似たカウンターがあり、1人の青年が店番をしていた。
「いらっしゃいませ。オスカリウス様から伺っています」
「3泊頼む。従魔は2体だ」
「従魔2体で3泊ですね、分かりました。従魔は隣りにある獣舎にどうぞ。先払いで銀貨17枚になります」
銀貨17枚をきっちり支払い、青年に獣舎まで案内してもらう。その際、外で待機していたザーフィァを見て青年が驚いたのはもう見慣れたので無視した。
宿に他の客が居ないお蔭か獣舎にも従魔らしき動物は居ない。
「こッ、ここです!何か不満があれば、なな何なりと言ってください!」
「あ、あぁ…。ありがとう」
「いえいえいえ!そんな!」
何か段々可哀想に思えてきたのでもう大丈夫だと伝え、部屋の鍵を貰って宿に戻らせた。駆け足で帰っていくのを見送ってからザーフィァを獣舎に繋ぐ。擦り切れた手綱を見て、ザーフィァに対して申し訳なく思った。
明日には新品の鞍買ってやるからな。
「さて、と…。ザーフィァ達には今日色々迷惑掛けちまったし、夕飯は豪華にするか」
『あら本当?嬉しいわ』
『イサギのご飯…!』
おぉ…、何か思っていたより喜んでいるぞ。2人とも尻尾で感情を表現出来る動物のせいか正直すぎる。ガーティは尻尾を垂直に上げ、ザーフィァは高く上げている。どちらも嬉しい時に見せる反応だ。
興奮してうるさくするのも近隣住民の迷惑なので撫でて落ち着きを取り戻させ、一旦宿に戻る。あそこで料理したんじゃ他の家に匂いが入るからな。
ザーフィァは獣舎で留守番。
『何を作ってくれるのかしら』
「野菜が思ったより残ってるからなぁ…。肉載せたサラダなんて食うか?」
『あら、美味しそうね!ぜひお願いするわ』
「じゃ、ザーフィァには肉多めにするか。アイツ見た目草食動物なのにな…」
『そこは気にしちゃダメよ』
疑問は払拭されなかったが、まぁ置いておくとしよう。その内気にしなくなるだろうし。
取り出したのはレタス、玉ねぎ、トマト、最後にキュウリに似たククミスを取り出す。何だかんだでこのキュウリもどきは初めて出したな。
レチュガは洗って手で千切り、チポッラとククミスは薄切り、ポモドーロはくし切りにする。肉は牛肉がまだあったから、それをステーキにして切ってサラダに載せたら美味いのは間違いない。俺が選んだ食材はスキルで自動的に新鮮な物になるんだから、美味くない筈がない。
……スキルに関してはめちゃくちゃ今更だけど。
『いい匂い。もう出来たの?』
「あぁ。ザーフィァが待ってるだろうから、獣舎に戻るぞ」
『えぇ』
獣舎に戻ると今にも泣きそうな潤んだ目で俺を待つザーフィァが居た。お前はウサギか。寂しくなると死ぬのか?
夕飯はザーフィァが気が済むまで甘えさせないと食べれそうにない。ちなみにガーティは俺の頭を陣取ってご満悦だった。
………内心まんざらでもなかったのはここだけの話だ。




