30話 服を買おう
「じゃぁな~!旅、頑張れよぉ~!」
「テメェは歩くことから頑張れ、オッサン」
ベロンベロンに酔ったセザールに肩を貸したアランと寝落ちしたミシェルを抱いたナンシーを店の前で見送り、俺はラウとイリヤの案内の元、服屋を目指す。
指摘されるまですっかり忘れていた俺を見かねて、ラウが案内役を買って出てくれた。イリヤは俺の買い物について来たいと言うので勝手にさせている。店の前で待ち惚けを喰らったガーティとザーフィァの機嫌を直してから店に向かう。
時間が過ぎたお蔭か人の通りが少なく、ザーフィァを連れていても昼間程の視線は感じない。空を見れば晴天の青さは抜け、傾きかけた太陽の光でオレンジに近い金色になっていた。
異世界でも空の原理は変わらないのか。
俺が空を見ながら歩いていると、後ろを歩いていたイリヤに話を振られた。
「あの、イサギさんの服は…イサギさんの故郷だと普通なんですか?」
「?どういう意味だ?」
「えっと…、か、かっこいい服だなぁって思って…。イサギさんの国の人は普段からそんな風にかっこよくしてるのかなって」
あー…成程。俺のスーツとコートか。
「いや、俺のこれは仕事用だ。普段はもう少し動きやすい服を着てるな」
「仕事?その恰好でどんな仕事をするんじゃ?」
「………酒場の、給仕?」
「何じゃ、ハッキリせんな…。そんな恰好で男が給仕するなんぞ聞いたことがないのぅ」
「そりゃそうだ。客は女だけの店だからな」
「女の人、だけ?」
「イリヤには少し難しいかもしれねぇな」
ラウは察したのかそれ以上は聞かず、イリヤも深く聞くつもりはなかったらしいので話はそこで終わった。ラウの不自然な咳払いは俺への声なき叱咤なんだろう。こんなガキのイリヤに話すような内容じゃなかったか…。
それからは他愛もない話をしながら歩き、ラウがよく来ると言う服屋に到着した。単調な中にセンスを感じる趣味の良い店だ。
ラウが扉を開けて中に入ると、店の中には1人の若い女性が商品の服を並べていた。栗色の髪をバレッタでまとめた優しそうな女性だ。
「あら、いらっしゃいませ。ラウさん、お久しぶりですね」
「おぉ、カミラか。すまんが女将さんを呼んでくれるかのぉ?」
「はい、分かりました。そちらは…。ッ!」
カミラと呼ばれた女性は俺とバイザー越しに目が合うと顔をボッと赤くして俯いた。純情そうな女だなぁってのが俺の感想。
カミラの視線を追って俺を見たラウはニヤリと口角を上げて笑う。
「ん?…あぁ、成程のぅ。カミラも年頃の娘じゃからのぉ。イサギさんは腕っぷしが立つ良い男じゃぞ」
「おい、ラウ!」
「ラウさん!からかわないで下さい!もぉ…」
顔を赤くしたままカミラは店の奥に走っていった。残された俺はラウを睨みながら肩に乗るガーティの耳の裏を掻く。
「ラウ…、テメェな」
「お前さんも嫁を持っても良い年じゃろうて。それだけの腕があれば、嫁を守りながら旅をするなど造作もなかろう」
「俺は女に興味がねぇ。分かったら二度とこんな真似するんじゃねぇぞ」
「そうか…。いや、すまなんだ。年寄りのお節介とは厄介なものじゃのぅ」
「フン…」
ラウを諫めた俺はイリヤを連れて店内の商品を見る。と言ってもそこまで変わった服はなく、ファンタジーなんかで見る中世ヨーロッパにありそうな服ばかりだ。
女物の服の特徴を挙げるなら、ロングスカート。パンツスタイルの物はまず無いな。けど胸元がガッツリ開いた服は結構ある。隠す場所間違えてねぇか?
俺に女物は関係ないので、男物の商品が並ぶスペースに足を運ぶ。過度な装飾はなく、シンプルで色使いが良い服が多い。旅をするなら、汚れが目立ちにくい暗い色がいいな。黒とか紺とか…、無きゃグレーでもいいけど。
俺が色々物色していると、店の奥からカミラと、カミラに似てるが恰幅の良い女性が現れた。ラウの言っていた"女将さん"なんだろう。
2人はラウと簡単な挨拶を済ませると、俺に視線を上げる。ラウに比べりゃそりゃデカイだろうな。俺、180cm以上あるし。
「おやまぁ、えらく綺麗なお兄さんだねぇ!うちの婿に来ないかい?」
「お母さん!す、すみません!本当、気にしないで下さい!」
「あ、あぁ…」
気の毒になる程頭を下げて謝るカミラに気にしていないと告げ、ラウが何故女将を呼んだのかを聞いた。
「イサギさん程の男に似合う服なら、女将さんに聞くのが一番じゃろうと思ってのぉ」
「任しとくれ!良い品が入ったばかりなんだ。ちょっと待っといておくれよ。カミラ!そのお兄さんに似合う下袴をいくつか見繕ってちょうだい!」
「分かったわ」
「ラウの旦那とそこの坊ちゃんはこっちで茶でも飲んでいきな。突っ立ってるのは暇だろう?」
「おぉ、助かるわぃ。長く立っているだけは腰に響くからのぅ」
「あ、ありがとうございます」
「お兄さんはカミラが見立てた服をここで着替えて試着しとくれ。後から私も持ってくるからね」
「え、ちょ…」
「さぁ入った入った!」
女将の怒涛の勢いに気圧され、気が付けば俺は試着室に押し込まれていた。俺もガーティもポカンとしていたが、仕切りのカーテンの隙間からカミラにズボンをいくつか渡されて正気に戻る。
ワイドパンツに似たのからスキニーのように足のラインが出るのまで様々あり、どれを買おうか正直悩む。スーツは動き辛いし、造りが違って見えるから異端に思われるかもしれない。ここは無難そうなのを選ぶとするか。
色々な商品を見た俺は、黒と深緑のワイドパンツを1本ずつ、それと黒のスキニーを1本買うことに決めた。あと履き心地の良さそうな膝下まである黒の編み上げブーツも買っておこう。革靴で山道はきつい。
あ、でもザーフィァに乗れば良いのか?まぁ気に入ってるから買うけど。
「待たせたね!これなんかお兄さんにピッタリだと思うよ!」
女将が持ってきたのは黒のYシャツに似た服。さっきのスキニーと合わせたら俺好みになる。他にも深い青色をしたノースリーブのタートルネック、白のVネックの長袖のシャツ、ワインレッドのタンクトップ、あと防水用の黒のローブ。色々見せてもらったがどれも俺にとっては必要そうな物ばかりだ。
個人的にはすげぇ欲しい。
けど、金足りるのか?これ…。
女将に全部の金額を聞くと銀貨14枚と言われた。思っていた以上に安かった…。
盗賊の報酬のお蔭で金貨を出さずに買うことが出来た。試着室をそのまま借り、コート以外は全て着替えた。上は黒のYシャツもどき、下は黒のスキニー、靴もブーツに変えてスーツと革靴は収納スキルで仕舞った。
バイザーばかり掛けていた俺にガーティが眼鏡を薦めてきたので、気分転換に眼鏡に変えてみた。
あー、久々にちゃんと色を見た気分だ。
試着室を出ると、4人ともバラバラの反応を見せた。
「…変じゃないよな?」
「イサギさん、すっごく似合ってるよ!かっこいい!」
「ほぉほぉ、男に磨きがかかったのぅ」
「あらやだ、本当に良い男じゃないのさ!ちょっとカミラ、顔赤くして固まってんじゃないわよ」
「え!?ち、違うから!お母さん!」
…もうあの親子のやり取りは聞かなかったことにしよう。




