28話 逆ナン
無事冒険者の登録を終え、ガスパルにギルドの入口まで案内してもらう。途中、ギルドの職員らしき女達から熱い視線を送られたが無視する。俺に時間はない。
前を歩くガスパルは何がおかしいのか豪快に笑いながら茶化してくる。
「ダッハハハ!注目の的だなぁ、色男。女に困ったことねぇだろ?」
「その手の話は嫌いなんだ。それより、この辺に"夢見心地亭"って酒場はねぇか?知り合いと待ち合わせしてるんだ」
「おー、あそこか!老舗で良い酒揃えてる隠れ家みてぇな店だからな、ちょいと入り組んじゃいるが、街の奴に聞けば一発で分かるぜ。けどお前さん目立つよな…。地図描くから、ちょっと待ってろ」
そう言って入口にあるカウンターで職員の女と何やら話し始めたガスパルを待っていると、軽装だが甲冑を身に付けた露出の多い女と魔術師っぽい恰好をした女がじわじわと距離を詰めてくる。
あぁ、面倒だ。
「あの~、もし良かったら私達とお茶しない?」
「貴方この街初めてでしょ?案内するわ。良いお店知ってるのよ」
そら来た…、ナンパだ。ザーフィァ居るのに口説きに来る辺り、肝の据わった女なんだろう。目の前の色事にしか目が行っていない。
ザーフィァは害があるのか判断出来ず、手出しが出来ない。今この状況を打破出来る逸材は、俺の肩に優雅に座っている。
『あら、女性の方から口説きに来るなんて…はしたないわね』
「きゃッ!?ね、猫が喋った!?」
「まさか、ケット・シー…!?そんな馬鹿な、ケット・シーを従魔になんて聞いたことがないわッ」
女達が騒ぐことで周りに野次馬が現れ、逃げる暇もなく囲まれた。その多くが魔術師みたいな恰好した連中ばかりだ。ただの猫だと思っていたガーティが実はケット・シーだと分かったからだ。ラウが驚いていたのはこういう事か。
魔術師達は近くの別の魔術師と小声で話し合い、何やら議論している。分かり辛いが俺と野次馬との距離が縮まっている。このまま捕まる訳にはいかない。
「悪いが用があるんだ。失礼する」
「え、ま…待って!どうやってケット・シーを従魔にしたのか教えてちょうだい!!」
「そうだ!教えてくれ!」
「人に服従しない筈のケット・シーをどうやって手に入れた!?」
外野が色々言ってくるが、俺は聖徳太子じゃねぇから何が何やら分からない。おまけにザーフィァの殺気に近い苛立ちが背中にビシビシ伝わって冷や汗ものだ。頼むから虐殺とかするなよ、お前。
ガーティも想像以上にうるさくなったのが不快なようで、俺の肩の上で立ち上がって堂々と口を開く。
『うるさいわね、静かに出来ない人間なんて嫌われるに決まってるじゃない。常識を知らないのかしら?』
「…な……によ!この失礼な猫!!」
『貴方が口説こうとして相手にされなかった人の従魔だけど、それが何か?それとさっきも言ったけど、女性がそんな大口開けて罵るなんてはしたなくてよ。品の無い人が好かれるなんて聞いたことないもの。ねぇ?』
呆然とする周りの人間を後目にガーティは俺の顔に自分の顔を擦りつけて親密さを周りに見せつける。俺も女の態度には不満があったし、何よりガーティを馬鹿にするような発言は我慢ならない。
擦り寄るガーティの額に口付けしてから女を睨む。
「そうだな…。俺も、平気で人の大事な家族を罵る女は嫌いだ」
「ッ…ぁ…それ、は……」
『今更言っても遅いわよ。簡単に剥がれる愛想の仮面なんて、最初から無い方がよっぽどマシね』
「それと、ガーティについてコソコソ話してた連中も俺は相手にする気はねぇ。付け回すなんて真似してみろ、ウチの従魔が黙ってねぇからな」
「ブルルルルッ」
ザーフィァの殺気に漸く気が付いた魔術師達は一斉に距離を取って蒼褪めた顔で震える。これだけ脅せば絡まれることはねぇだろう。
タイミング良くガスパルが戻ってきたことで場は白け、集まっていた野次馬も散った。
「何か、すまねぇな。あの女冒険者2人は実力もまぁまぁあるが、面食いなのが難点でよ。男と見りゃ声掛けてるんだ」
「俺の嫌いなタイプだ」
「ハハッ、だろうな。お前さん、女に好かれる顔をしてるが女好きじゃねぇだろ。その妙な仮面も女対策か?」
「そんな所だ。これしてても声掛けてくるとは思わなかったがな」
「目元を隠しててもイイ男だってのは俺でも分かるぜ、色男。っと、長話になっちまったな。ほれ、これが地図だ。簡単だが分かり易いだろ?」
渡された紙には本当に簡単な地図が描かれていた。だが目印になる物を描いているお蔭で何となく分かる。あとは道端で聞くしかない。
「助かった、ありがとな」
「いいってことよ。何か依頼を探したい時はそこのボードを見な。Gランクだが、アンタの従魔が居りゃあっという間に昇格しちまうだろうさ」
「あぁ、じゃあなガスパル」
「おう!」
こうして冒険者ギルドで登録を済ませた俺は、ザーフィァに跨って待ち合わせの酒場に向かった。
「遅かったなぁ!イサギ!」
「あぁ、悪い」
待ち合わせの店には思ったより簡単に行けた。ガスパルに貰った地図の特徴が分かり易く、迷わず来れた。
中に入ればセザールが立ち上がって席を教えてくれる。そこには馬車に居た全員が集まっていた。子供が一緒なのに驚いたが、イリヤ曰く「もうお酒飲める年です!」だそうだ。異世界って不健康だな。
ミシェルはナンシーの膝の上から俺に手を伸ばしてバタつく。余程待ち惚けを喰らったのが嫌だったのか駄々を捏ねて諦めないので、俺の膝の上に移動することで落ち着かせた。
アランが歯ぎしりしながら俺を睨んでるとか知らない。いや、マジで。
頼んでもらったエールと言うビールに近い酒が運ばれ、セザールの音頭で乾杯する。
「長ったらしい挨拶なんかいらん!盗賊や魔獣の脅威から救ってくれたイサギの兄ちゃんのこれからの武運を祈って、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
木製のジョッキをぶつけ合って乾杯すれば全員が良い飲みっぷりを見せる。ラウとイリヤの飲みっぷりには心底驚いた。この2人、見た目がなぁ…。
ミシェルは俺の膝の上で木製のコップに注がれた果実のジュースを飲んでいる。その飲みっぷりが俺の前に座るアランとそっくりで危うく吹き出しかけたのはここだけの話だ。




