3話 ふざけんなよ
あれよあれよと連れ去られ、俺はガーティをまた肩に乗せた状態で別の部屋に立たされた。そこは豪華絢爛の言葉にそぐう、贅の限りを尽くした部屋だった。
部屋の奥には趣向を凝らした椅子に踏ん反り返って座るビール腹のおっさんと、細身で上品だがどこか他人を小馬鹿にした笑みを浮かべる女。椅子に座る2人の傍らには似た顔の男2人が立っていた。
1人は金髪に緑の目を持つ男。整った顔で微笑んでいるのを見て女子2人は舞い上がっている。恐らく自分の顔の良さを自覚した上で女に愛想を振りまく奴なんだろう。
もう1人は茶髪寄りの金髪に深い青の目を持つ男。隣のタラシに比べてスポーツマンらしい硬派な顔をしている。体格もさっき見た兵士に近い鍛え抜かれたって身体つきをしている。自分の身は自分で守れる奴なんだろう。性格は今の所分からないが。
ビール腹のおっさんは長ったらしい名前を名乗ったが正直全然聞いていなかった。要はこの帝国の王に当たる男なんだろう。女は王妃で、立っている2人は王子だとか。心底どうでもいいんだが。
いい加減イライラしてきたところでおっさんがやっと本題に入った。
「我がヴァーギンス帝国は今、悍ましい魔物を従える魔王の軍隊に脅かされている。国境近くにある村や都市が次々と魔物に襲われている。更には、魔王軍の仕業に見せかけて他国の勢力も国内で襲撃をしているとの情報もあった。国中から兵を集わせたが決定的な力を持つ者は少なく、このままでは帝国は魔王軍、もしくは敵対国に滅ぼされてしまう。そこで、我が帝国に古くから伝わる救いの儀式を執り行ったのだ。異世界より召喚の儀に応えし勇者達よ、どうか帝国の為にその力を奮ってはくれまいか」
名前に似て説明も長かったが、簡単に言えば"化け物と戦え。ついでに他国も討ち取れ"って話だ。しかも拉致に等しい超強引なやり方でだ。そんなホイホイ異世界から連れてきて大丈夫なのかと聞きたくなったが、どうやらおっさんが必要としている力を持っているのはそこの4人で、俺は全くの無関係なただの異世界人だと。
何だそりゃ、と言いたくなるがここは敢えて黙っておく。
王の話が適当に終わったところで俺は近くに居たさっきの魔術師(布を被った奴)の1人に帰る方法を尋ねた。
「おい、俺は無関係なんだから今すぐ帰れるんだろうな」
「え?あ…えっと……その…」
「……あ゛?」
魔術師は俺の問いにしどろもどろで目をキョロキョロと泳がせている。その不審な動きに俺は最悪のシナリオを予測した。もしかしたらと思った時には、俺は魔術師の胸倉を掴んで上に持ち上げていた。
俺の周りを兵士達が取り囲むが、俺が魔術師を持ち上げているから攻撃しようにも出来ない状況なんだろう。剣を構えたまま膠着状態になっていた。
魔術師は途切れ途切れに声を出すが内容に苛立つ俺は掴んだ手の力を更に強める。
「ぅぐ…、ど、どうか…ご慈悲を!」
「質問に答えろ。俺は元の世界に帰れるんだろうな?」
「ッ…、も…申し訳ありません!出来ません!」
「ッ……クソが!」
「ぐふっ!」
魔術師を地面に叩き付けて俺は混乱する脳を必死に働かせる。ガーティが周りの兵士に威嚇してくれているお蔭か誰も俺に近付かない。その間に俺は冷静さを取り戻そうと呼吸を整える。足がグラつく感覚に酔ってしまいそうになるのが酷く気持ち悪い。
奥歯を噛み締めながら俺は未だに玉座で俺を奇異な目で見るおっさんの元へと歩くが、その前にさっきの硬派な方の王子が俺の前に立った。俺と殆ど同じ目線の王子の目は強い光があるが、僅かに見える同情の念が俺の苛立ちに拍車を掛ける。
「待ってくれ、異世界の方。どうか話を…」
「聞く必要なんざねぇ。お前等は我が身可愛さで無関係な世界の人間を引き摺り込んで戦争をおっ始めようって腹なんだろ。そんなクズの思考持ってる奴が考える訳ねぇよな?万が一無関係な奴を巻き込んだ場合、もしくは約束が果たされた後に、元の世界に帰すかどうかなんてなぁ!」
「ッ…それは」
「き、貴様!第二王子であらせられるバルトロメウス様に何という口の利き方を!」
目の奥で何かが揺らめくのを見つけた俺は興奮を冷まし、喚きながら俺を取り押さえようとした兵士を背負い投げして黙らせた。ガシャンと部屋に響く音で辺りはシンと静まり返り、全員が俺の顔を見て息を忘れる。
いつだったか、雅樹さんが言っていた。俺がキレた時に逆上して刃向かう奴なんてまず居ないと。今なら分かる。俺が今どんだけキレていて、周りにどれだけ酷い顔を見せているのかを。
玉座に踏ん反り返っていた王と王妃は顔面蒼白でガタガタ震え、周りの兵士は剣を構えながら俺から一歩ずつ離れていく。目の前の王子だけは俺から目を逸らさなかったが、顔色が悪いのは他と変わらない。
溜息を吐きながらセットした前髪を雑に崩して俺は王子を睨む。王子も負けじと俺を見つめ返すが、分が悪いのは言うまでもない。
「古くから伝わってる儀式にどれほどの力があるかは知らねぇが、異世界なんてそうポンポン行けるモンじゃねぇのは確かだ。それをまた元に戻すなんて神にでも頼まなきゃ不可能なレベルなんだろ?何でそんな一か八かの馬鹿げた賭けに出たのか本当理解不能だ。自分が良ければ全て良しだとかほざくんだったら問答無用で鼻っ柱圧し折るぞ」
「………ッ、申し訳ない…」
「謝って済む問題なら俺はこんなキレてねぇんだよ。どうにもなんねぇし、どうにかする気なんて最初からねぇんだろ?え?聞いてんのか、そこの豚親父」
目の前に居る王子から視線を外し、玉座に座っていたおっさんを睨めば近くに居た兵士を引っ張って隠れる。惨めで無様なそんな姿の王に舌打ちをして歩み寄ると、意外とおっさんは背が低く、更に王としての威厳が感じられない。
「お前みたいな王が国を滅ぼすんだろうな」
「な…、何を勝手な事を!」
"滅ぼす"の単語に頭に血が上ったおっさんは隠れていた兵士の後ろから出てきて唾を飛ばす勢いで俺に吠えるが、俺に胸倉を掴まれた途端にまた顔を青くする。
赤くなったり青くなったりと忙しない奴だ。
「教えてやろうか、豚親父。お前は敵対国にも魔王軍にも勝てない。いや、下手をすれば戦争を始める前に内乱でも起きて自滅するだろうな。国境の村なんかは特に貧困なんだろ?なのに村に救済措置もせずにダラダラと税金を貪って暮らして国を食い潰す怠惰な豚を、誰が王だと呼ぶんだ。贅沢に溺れた人間は生活水準を下げることなんて絶対に出来ない。お前も下げる気なんてないだろうから税収はそのまま、そして国民の不満が爆発して反乱でも起きてお前は殺される」
「は…、な…にを……?」
「信じたくないなら好きにしろ。俺はお前がどうやって殺されようが興味ない」
胸倉を掴んでいた手の力を緩めればおっさんは重力に従って床に尻もちをつく。何とも滑稽なその姿を鼻で笑い、俺は部屋を出た。廊下にも兵士が居たので、1人捕まえて出口まで案内させた。兵士の顔色が終始悪かったのは多分俺の顔のせいだろうが、苛立ちを抑えるつもりは全くない。
無駄にデカい門まで案内され、あとはここを出るだけって時に後ろから誰かに腕を掴まれた。
「あ゛?」
「あ、すまない…」
「バ、バルトロメウス様!?」
それは、俺に唯一謝った第二王子だった。