21話 夕食作り
護衛を請け負って早5時間が経過したが、これといって厄介事に巻き込まれる気配がない。途中何度か物騒な動物に遭遇したが、大したピンチに陥ることなく撃退した。それも蹴りだけで。
もっとわんさか出て死に物狂いで守らなきゃいけないのかと覚悟をしていた俺としては、肩透かしを食らった気分だ。
ザーフィァが段々退屈そうにしてきたので、道の先を走ってもらい、魔獣が居れば適当に倒して持ってくるよう頼んだ。言わば斥候兼狩猟の役割だ。先導を任されたザーフィァはそれはもう生き生きとした顔で走り去っていった。
俺はセザールの横に座らせてもらい、ガーティは乗客の中に居た少女の相手をする。面倒見の良いガーティは子供の相手をするのにうってつけだったようで、馬車の中から楽しそうな声が聞こえる。
因みにガーティがケット・シーだと言うと老人が卒倒しかけた。ここ十数年、ケット・シーが発見された記録はなく、ガーティは珍獣中の珍獣と言える存在のようだ。
ケット・シーで思い出したのが、確かケット・シーは二足歩行が出来ると書いてあったのだが、ガーティは全くしない。何でしないのか聞いてみると必要性を感じないからだと言う。基本俺の肩に乗って移動するガーティに二足歩行が必要になる時が果たして訪れるのだろうか。
「…お、イサギの兄ちゃん、デュラン・ユニコーンが戻ってきたぜ」
「あぁ、意外と早かった、な……」
土煙を上げながらこちらに向かって走るザーフィァの姿が確認出来たのと同時に、ザーフィァが咥えて引きずっているデカい物体を凝視した。
茶色の毛に覆われた何かを持ち帰ってきたザーフィァの目は晴天の青空のように澄んでいる。
『イサギ、狩ってきた』
「あぁ…、ところでこれは何だ?」
『ギガントファングボア。美味いぞ』
「ギガントファングボア?」
「「ギガントファングボアぁ!!?」」
セザールを始めとした乗客数人が大声を上げて驚いた。何がそんなに凄いのかよく分からない俺は、ひとまず無事に帰ってきたザーフィァを労う。
ザーフィァが倒したギガントファングボアは、ここら一帯じゃ結構強い部類に入る魔獣で、アスクマの街で売ればかなりの大金が手に入るとセザールは興奮して説明した。
少年や大人組が興味津々に牙が異常にデカい猪を取り囲んで盛り上がっているところを見ると、やらかしたようだ。
これからは狩りの内容をもう少し考えて行動させた方が良さそうだ…。
太陽が沈み、空が紫色に染まる頃に広い場所で野営することに決まった。野営が初めての俺はセザールの指示に従い、焚火に必要な薪を拾う。ガーティも一緒になって拾ってくれたので早く終わった。
夕飯はどうするのかと尋ねると、カラカラに乾燥された肉と黒くて固いパンを渡された。
これが夕食だと?隣でガーティが凄ぇ不満そうな顔をしているのが分かる。こんなの出したら機嫌を損ねるのは確実だ。ザーフィァも目に見えてしょんぼりしている。夕飯楽しみにしていたからな…。
駄目元で俺はセザールに夕食は自分で作っていいか尋ね、あっさり了承を得たので心置きなく料理を始めた。
夕飯は牛肉を酒に浸してシンプルかつ豪快に焼きたい。王都の肉屋でデカい牛肉を買ったからにはその豪快さを存分に活かした料理を作りたい。
まず最初に牛肉に塩コショウをすり込み、よく馴染ませておく。その間に付け合わせの玉ねぎを薄切りに、ニンジンは輪切りにする。後ろからザーフィァがジャガイモをせがんできたので、肉の調理が終わったらそれとは別の付け合わせを作るのでくし切りにして水に浸す。
野菜を切り終え、次は適当な容器に王都で買ったワインを注ぎ、そこにギリギリ入る大きさの肉を浸す。この世界のワインはあまり上等じゃないが、無いよりはマシだ。
暫く漬け込んだ肉を熱して油を布いたフライパンで表面を焼く。玉ねぎとニンジンも一緒に焼くのを忘れない。
牛肉だが、この世界の肉の基準が把握出来ていない今は危ない料理は口にしたくない。中までちゃんと火が通るように、火から外して余熱を利用する。
この時点で肉の焼ける香ばしい香りが漂い、セザール達は目を輝かせて食い入るように見る。
焼けた肉を切り分ければ、肉の方は完成。
『まだ何か作るの?』
「ザーフィァがリクエストしたジャガイモでな」
肉を焼き終えたフライパンに、水気を切ったくし切りのジャガイモに小麦粉を塗してから入れ、油を注ぐ。ニンニクを入れたかったが、王都じゃ品切れで買えなかったから断念した。おまけにこの世界じゃ香草を料理に使う発想がないらしく、ハーブの類は取り扱っていなかった。
自分で調達するのが一番手っ取り早いかもしれないな、この不便な世界は。
ジャガイモを油で揚げ、塩で味付けすれば皮付きフライドポテトの完成。
久々に嗅いだ懐かしい香りに頬が緩むのが分かる。
『食べていいか?もう食べていいか??』
「分かった分かった。ほら」
凄い勢いで肉とジャガイモを食べるザーフィァに対し、ガーティは本当に猫なのかと聞きたくなる程上品に味わって食べる。ガーティは美食家なのかもしれない。
俺も早速食べようとフォークを持ったところで、周りの視線に気が付いた。羨ましそうな目でこちらを見る大人げない大人組と、涎を垂らして料理をジッと見つめる子供2人。
溜息を吐きながら配膳する俺の気持ちは、今この場に居る誰にも分からないのだろう。




