20話 グレートスプリングラビットの売り方
盗賊が乗っていた馬の鞍をザーフィァに付け替えて乗るのに成功した俺は、御者が居る馬車の先頭に並んで進む。盗賊達は球体に入れたまま、馬車の後ろをふわふわと浮かんでいる。意気消沈としているのを見るとザーフィァとの戦闘が相当堪えたようだ。
俺だってあんな突進喰らいたくない。
ザーフィァが鞍に全く抵抗なくて安心したが、使い古された鞍は所々傷ついているので次の街で新しいのを手に入れたい。
御者の男にそのことを聞くと、次の街は商業ギルドと呼ばれる組織があり、そこなら大概の物は手に入ると言われている。ありとあらゆる商人が登録している組合なため、商品の多さは保証出来ると断言されたので期待しておこう。
約束通り報酬としての情報を歩きながら聞いてみた。道中無言は流石にキツいので、御者の男に話題を振ってもらう。因みに今はもう口調は砕けていて、最初は正体不明の強そうなテイマー?だと思って下手に出ていたと自分からぶっちゃけた。
変に畏まられる方が面倒だったので、俺は何ら問題ない。
御者の男、セザールは馬の手綱を引きながら街についての情報を話した。
「今向かっているのはアスクマと言う街で、王都近くの街では1番大きい街だ。王都は王様の意向で高い品を扱う店が多くあるから、安い品しか扱えない商人はアスクマに集まるんだ。わざわざ自分からランクの違う商売相手と競争する馬鹿はいないだろ」
あの駄王が自分好みの悪趣味な商品を扱う人間を大事に大事にしている姿が簡単に想像出来る。商人も王の庇護下に入ろうと高い品ばっかり持って王都に来るんだろうな。
市民でも買える商品を売る商人は外からはやってこないらしい。古くからずっとある店が市民に優しい品を売っているので、他の街の商人は必要とされないんだとか。
商人関連で今日手に入れたグレートスプリングラビットの売り方も聞いてみた。肉屋に売るのが簡単なんだろうが、勝手に値切られても分からなかったら意味がない。相手ばかりが得になるのは良い気がしない俺としては、平和に交渉したいと考えている。
すると馬車の荷台に乗っていた老人が会話に入ってきた。
「何と!お前さん、あのグレートスプリングラビットを仕留めたのか!?」
「俺じゃなくて、うちの従魔だ」
「なるほど…、流石デュラン・ユニコーン。"狂乱の一角"は伊達じゃないか」
「"狂乱の一角"?」
老人に聞いたところ、デュラン・ユニコーンとは通常のユニコーンが長い年月を過ごすにつれて感情の自制が利かなくなり、昂って暴れ続けた恐怖の権化だと言う。100年以上昔には1頭のデュラン・ユニコーンがある王国の軍隊を壊滅させたと言われているらしい。その一件でデュラン・ユニコーンは別名"狂乱の一角"と呼ばれることとなった。
近付く奴は何だろうと無差別で襲う獰猛な魔獣で、こうして大人しく人間を乗せている姿なんて想像出来ないと老人は鼻息を荒げて力説する。
けど目の前で俺を乗せて機嫌良く歩いているのは間違いなくデュラン・ユニコーンなので、奇跡の光景だと老人は目にうっすら涙を浮かべて感動していた。
そんな感動されてもザーフィァのことだから特に深い考えとかない。絶対に。
かなり話が逸れたが、セザールの話だと商業ギルドに売りに行くのが確実だと。ギルドに頼めば鑑定して良い値で買ってくれるだろうから安全かつ安心して売れる。他にも色々利点があるらしいが、今の俺にはそれで十分だし、聞きたいことがあるなら直接ギルドで聞けば問題ない。
問題はデメリットだ。ギルドにとってのデメリットならいざ知らず、俺にとってデメリットとなる部分があるのは知っておくべきだ。セザールもその辺は理解しているようで、親身になって答えてくれた。
「商業ギルドは相場を知らないと値切られる可能性がある。商人なら安く買って高く売りたいからな。だが、相手が貧乏人ならいくら値切っても分からないが金持ち相手に値切りはあんまりしない。評判を下げられちゃ困るだろ?だから、ギルドの人間はその売り手の人間も鑑定して判断してんのさ」
「なるほど…」
商売人の組織なだけあって商魂逞しい…。けど俺はザーフィァが折角俺への土産と言って狩ってきた上等な肉をそう簡単に安く売るつもりはない。売買の交渉に自信はないが、値切られるのだけは勘弁だ。
そんな考えをしている俺とは裏腹にセザールは快活に笑う。
「ま、アンタなら大丈夫だろうさ」
「何でだ?」
「アンタ、そんだけキレーな面構えしてんだ。女の職員が多い商業ギルドじゃ一気に名が知れるぜ!」
「げ……」
職業柄女性と疑似的な恋愛関係を築くことはよくある。というか、それが仕事だ。
だがプライベートとなると話は別で、その辺の面食いな女を相手にするのは半端なく疲れる。断っても断っても付きまとってくる粘着質な女なんか特に嫌いだ。自分に過剰な自信を持って上から目線で口説こうとする女も居るから堪ったモンじゃない。前の世界じゃ外を出歩くのに苦労したモンだ。
商業ギルドでは男の職員に担当してもらおう。
「でも恰好がな~…、ちょいと目立つかもしれねぇぞ。街に着いたら服屋でも見に行ったらどうだ?」
「服、か」
確かに、俺の恰好は前の世界のままだからな。しかも仕事着のスーツだし…。これじゃあ目立つのは当然か。
街に着いたら、セザールの言う通り服を見に行って良さそうなモンを見繕っておこう。
次々と街での目的が増えた俺は早く着かないかとアスクマが待ち遠しく思えた。




