18話 ザーフィァ、乱入
ザーフィァが狩ってきたウサギ、グレートスプリングラビットは名前の通り春になると現れる大型犬サイズのウサギの魔獣で、人の村に侵入して畑を荒らすので害獣に分類されている。グレートスプリングラビットは冬眠の蓄えのお蔭で脂の乗った上質な肉になっているため肉としての人気は意外に高く、売れば1㎏銀貨7枚もするそうだ。
しかし、春は繁殖期でもあるので気が立っているグレートスプリングラビットは凶暴で、一般市民が捕獲出来る魔獣ではない。それも考慮しての金額なら銀貨7枚も納得だ。
そんな危ないウサギをザーフィァは蹴り一発で仕留めたと言うのだから恐ろしい。馬の蹴りって人間が喰らうと大怪我を負う程危険なんだよな。不運なウサギに心の中で合掌しておいた。
『イサギに、お土産』
「あー、ありがとうな。収納に入れておくか…」
今の自分じゃ対処出来ないグレートスプリングラビットを収納スキルで仕舞い、全員揃ったので昼食にする。木皿にトマト煮込みと中々雰囲気のある昼食になり、更に青空の下の草原で食べる食事は料理の技術関係なしに美味く感じるから不思議だ。
前の世界じゃこんな絵に描いたようなピクニックなんてしたことがないから、新鮮で少し楽しい。
食べてみた感想は、料理の初心者かって突っ込みたくなるレベルだ。野菜や肉の火の通り具合は良いとして、問題は調味料だな。砂糖と塩と胡椒、この料理の基本中の基本の調味料しかないのはかなり厳しい。俺としてはもう少し味のバリエーションを増やしたいので、次の街では調味料を重視して買い物しよう。グレートスプリングラビットの肉を少し売れば金になる。
以前の生活が早くも恋しくなる…。
それに比べ、ガーティとザーフィァは予想以上に料理を気に入ってくれた。特にザーフィァの勢いが凄く、鍋の半分以上はアイツの腹の中に収まった。俺もガーティも食が細い方に入るので問題ないが、今後は多めに作るとしよう。足りなくなったら流石に可哀想だ。
『美味かった。今まで食べたことない味で凄く美味かった』
『美味しかったわ~。夕飯も楽しみね』
「今から晩の話かよ、気が早ぇな」
『ふふふっ、これだけ美味しいんだもの。しょうがないわ』
前足を舐めて毛繕いをするガーティの横でザーフィァも首を縦に振って肯定する。これは、夕飯も頑張って作らねぇと満足してくれないな…。道具を片付けながら夕飯のメニューを考えるが、あまり良い案は浮かばない。
ふと周りを見渡したが、草原ばかりで食材になりそうなものなんて見えないし、そもそも分からない。自然の中で手に入りそうな調味料があれば、旅をしつつ探せるのにな。
考えながら草原を眺めていると、ザーフィァが立ち上がって次の街の方角を見つめた。心なしか空気が鋭く、綺麗な筈の青い目がギラついている。ガーティも数歩歩いて鼻を動かす。何かの匂いがするのかと俺も嗅いでみたが、残念ながら何も感じない。
「どうした?」
『かなり薄いけど…血の匂いだわ』
『人間が喧嘩してる。雌の悲鳴も聞こえるな』
「雌って言い方…。つーかそれ、喧嘩じゃなくて襲われてるだろ」
『そうとも言うわね』
どうでもいいと言わんばかりの返答をするガーティに対してザーフィァはキラキラした目で俺を見る。その目で何を訴えているのか分かった途端げんなりしてしまう。
「…駄目だぞ」
『まだ何も言ってない』
「大体分かる。"喧嘩に乱入していいか"って言いたいんだろ」
『何で分かった?!』
「分かるわ、普通に。あのな、お前が暴れたらお前を襲った冒険者が嗅ぎつけるかもしれねぇだろうが。どこに居るかも分からねぇのに、単体で行かせる訳にはいかねぇんだよ」
『………』
キラキラしていた青い目が一気に泣きそうな目に変わるのは見ていて心苦しい。けど、ザーフィァの主人になった以上責任を持ってザーフィァと接しなければいけない。俺は基本放任主義だが、今回は特例だ。
未だにしょげているザーフィァの背中を叩いてから試しに飛び乗る。すると意外とすんなり乗れたのでガーティに腕に飛び乗ってもらい、コートの中に入れる。
されるがままのザーフィァの首筋を撫でながら、俺はガーティ達が見ていた方角を確認する。
「ザーフィァ、その襲われている場所に俺とガーティを乗せて走るとどれぐらい掛かる?」
『え?…そうだな、しっかり掴まっていれば一瞬で着く』
「俺の腕力が試されるのか。…よし、行くぞ」
『い、いいのか?さっきイサギ…』
「"単体"で行くのに反対したんだよ、俺は。いいからさっさと行くぞ」
『!!分かった!』
ザーフィァの首にしがみ付き、ガーティを落とさないように抱えたのを合図にザーフィァは地面を抉って走り出す。風を切るなんてレベルじゃなく、自分が台風の風になった気分になれる程のスピードを体感した。
実際に体験したことはないが、風速90km以上はあるのではと思った。
俺が目を開けられるようになった時には既に空中を飛んでいた。ザーフィァは俺を乗せたまま5m近くジャンプして派手に着地を決めるのと同時に、地面に衝撃波のようなモンを放った。
「ぅおわああぁ!!」
「な、何だ!?」
「きゃああぁ!」
ザーフィァの奴…、無差別に攻撃してどうすんだ。見たところそこまでダメージを受けてないように見えるが、後々症状が出るなんて面倒なのはご免だぞ。
興奮状態に入りかけてる今のコイツにそんなこと言っても無駄かもしれねぇが。
ざっと見ただけで分かるのは、襲われているのは幌馬車に乗った女子供に老人、武器になりそうなモン持って抵抗している男2人に少年1人。襲ってるのはいかにも盗賊って恰好のむさい男約20人。手にはボロいがれっきとした武器を持っている。数も武器も差は歴然だ。
ザーフィァにどう対処させようか考えあぐねいていると、襲っていた側、つまり盗賊の奴等が顔面蒼白させて震えている。目線の先には俺が跨っている鼻息荒くして盗賊を睨むザーフィァの姿。
「ひ…っ!デュ、デュラン・ユニコーン!?」
「何!?や…やべぇぞッ」
「逃げるぞテメェら!!デュラン・ユニコーンなんて敵うワケがねぇ!!」
一斉に馬に乗って逃げようとする盗賊達だが、ここまで来て逃がす訳がない。
俺はガーティを抱えてザーフィァから降り、背中を軽く叩きながら指示を出す。
「逃げる奴等全員ボコボコにして捕まえろ。あ、馬はなるべく傷付けるなよ。後で鞍取り外して使うから」
『了解した』
ザーフィァは天に向かって嘶きを轟かせると逃げた盗賊に向かって突進していった。角が刺さらないよう配慮はしているが、人間を空高く吹っ飛ばす威力なら重症は確実だろう。
自業自得だから止めねぇけどな。




