2話 高校生達と俺
街灯の光を頼りに静まり返った路地を歩く俺の頬を、ガーティの尻尾がサラサラと撫でる。長い毛に包まれた尻尾の感触に浸っていると、前から嫌に騒がしい集団が歩いてくる。
見るとそれは高校生か大学生くらいの男女4人組だった。制服じゃないから分からないが、こんな時間に出歩く馬鹿なガキは近くの偏差値が低い高校の連中ぐらいだろう。あそこの女子高生がうちの店に入ろうとしていたのを見た事がある。ホストクラブは年確(年齢確認の略)をするので未成年はまず入れないのに入ろうとしたその頭の悪そうな行為から、俺の中じゃ馬鹿な高校だと認識している。
連中が深夜の時間帯にも関わらず笑い声を上げながら歩いてくるので、ガーティは機嫌悪く尻尾を大きく振る。犬みたいな仕草に見えるが、これは猫のれっきとした感情表現の一つでイライラしている時に見る行動だ。静かな空気に浸りたかったガーティにはあの馬鹿集団の声が耳障りで仕方なかったんだろう。
俺も同じ気持ちなので、歩幅を大きくして歩くスピードを上げる。
バイザー越しにだが段々顔がハッキリ分かる距離にまで近付いた。ガーティは機嫌が更に悪くなり、俺の肩に爪を立てる。上着があるから全然痛くないが、上着に穴開けられるのは避けたいから早歩きで過ぎ去ろうとした。
集団の女子2人が俺を見てヒソヒソと楽しそうに笑っているのが視界の端に映ったが、ガーティに威嚇されて色めいた顔が消える。男子2人は俺の背の高さに目を見張っていたのがアホっぽく見えた。180を超える俺の身長から見ると、4人とも程々の身長といったところだな。
無視して擦れ違っただけの俺と高校生達は何もせず、これ以上関わり合うことはないと思っていたんだ。だが、ガーティが突然地面に向かって威嚇し始めたのに気付いた俺は思わず立ち止まってしまった。見れば、地味なコンクリートの地面から妙な光の文字が現れたのだ。光の文字は瞬く間に広がり、俺の足は地面に縫い付けられたように動かなくなる。ビクともしない自分の足に苛立ちを感じ、舌打ちを零す。
「何だよコレ!?」
「足、足動かねぇ!」
「イヤァ!何なの!?」
「魔法陣…!?」
どうやら捕まったのは俺だけじゃなかったらしく、さっきの4人も同様に足が動かなくなっている。
女子の1人が"魔法陣"とか言ってるが、俺はそんなモンに心当たりなんて全くないから何が何だか分からない。光の文字と図形の全体が浮かび上がると、今までの光とは比較にならない眩さに包まれた。
光で目が眩んだ俺は咄嗟にガーティを腕の中に移動させて抱き締めた。ガーティも俺を離さないように爪を食いこませて俺にしがみつく。絶対に離さない、それだけを考えて俺は光の中をやり過ごした。
次に目が覚めた時には、俺とガーティ、そして高校生組をぐるりと囲む妙な格好の連中の居る謎の部屋に立っていた。俺達を見て頭から布を被った性別不明の奴等と中世ヨーロッパの鎧みたいなモンを着た男達が歓喜している。
どうでも良いが誰か状況説明しろ。
混乱していた俺は段々冷静になってきたのか、奴等が何を喜んでいるのか聞き取れた。連中があまりにも色々大声で叫んでるから聞き取り辛かったのもあるが、近くに居る奴の言葉は分かった。
「やったぞ!儀式は成功だ!」
儀式?こいつら悪魔崇拝者とかか?俺別に悪魔とかじゃねぇんだけど。
いや、そもそも恰好がおかしい。何故甲冑?コスプレの集会とかか?
「これで魔王軍に対抗出来るぞ!」
は?"魔王軍"?何だそれ…。駄目だ、こいつらまともに話しが出来る連中じゃないのかもしれん。
そもそも何の儀式で俺らをここに連れてきたのか詳しく聞きたい。そりゃもう根掘り葉掘りじっくり詳しくな。
「あ、あの…ここはどこですか?儀式って…?」
4人組の1人の男が恐る恐る尋ねたが、何をビクついているのか俺は理解出来ない。どんな事情があれ、これはれっきとした誘拐、下手したらこの後監禁されるかもしれないからその他諸々の罪に問われるかもしれない連中なんだ。こっちが下手に出ればつけあがるのは目に見えている。
が、男に尋ねられた近くの布を被った奴が跪いて縋るような泣き声で懇願してきた。
「異世界の勇者様!どうか我らの祖国、ヴァーギンス帝国の危機をお救い下さい!」
"帝国"名乗る癖して腰ひっくいな。と言うか、ここって俺から見たら"異世界"って事なのか。こいつらが俺達の居た世界を"異世界"だと言ってるんだから確定なんだろうけど…信じたくないのが本音だ。
主人公の口は作者の影響でかなり悪いです