閑話 王子と巻き込まれ 2
「あ゛?」
「あ、すまない…」
門を出ようとしていた男の腕を掴むと射殺されそうな鋭い視線とかなり低い声で凄まれた。高ランクの魔獣と対峙している時より恐ろしい…。
しかし、このまま彼と別れるのは心苦しい。
門の警備をしていた騎士に下がらせ、俺と彼の2人だけにしてもらった。
腕を掴んでいた自分の手で彼の手を取り、その上に途中自室に戻って取ってきた金貨入りの袋を置いた。置かれた本人は袋の正体が分からないのか眉間に皺を寄せたまま困惑している。
そんな人間らしい表情に俺はどこかホッとした。これ程美しい人間は見たことがないため、人形か何かなのではと疑っていたのだ。我ながら馬鹿馬鹿しいことを真剣に考えていたな…。
袋を持たせたまま、俺は手を離してそのまま頭を下げる。普段は王族以外に頭を下げない俺の立場を知っている部下達は一斉にざわつく。
だがそんなことはどうでもいい。今の俺がすべきことは、彼にこうやって誠心誠意の謝罪をすることだ。"兄上の立場では出来ないこと"だとか、"仮にも王族だからせめて"なんて小賢しい考えなんかではなく、"俺"という個人がそうしたいと思っての行動なんだ。
周りに何と思われようと構わない。俺は、俺がしたいようにするんだ。
「本当に、すまなかった!これだけのことしか出来ない俺を憎んでくれても構わない。俺は、貴方に何も出来ない…無力な人間だからッ」
「…………」
暫くの間頭を下げていると、ポンと軽く何かが自分の頭に乗ったことが分かった。その感触の正体は分かっているが、相手がどんな表情で自分を見ているのか…情けないがそのことに怯えながら俺は頭を上げた。
そこには、先程までの眉間の皺もなくなった美しい彼の苦笑した顔があった。
「お前には怒ってねぇから気にするな。これは有難く貰っとくけどな」
「あぁ、そうしてくれ。…国から、出るんだよな?」
「そうだが?それが何だ」
今この国を出るとするなら、アビシオン王国かシスネロス王国の2つ。だがアビシオン王国は優秀な魔術師が多く居るため魔力が少ない者を見下している節がある。先程の鑑定から考えるとアビシオン王国は向かないな。
「……行くなら、ここから西にあるシスネロス王国に行くと良い。あそこはある程度の生活と自由を保障する国だ。種族の差別も禁じている住みよい国だろう」
彼の容姿は髪色や目の色を除外しても目立つのは確実。なら、差別を禁じるシスネロス王国で生きるのが最善策だろう。先程の金貨があれば冒険者を雇って護衛をつければ行ける筈だ。本当は城から護衛を出すべきなんだろうが、今は人手が足りておらず、彼のために護衛をする騎士も居ないのだ。
それを伝えるだけの勇気もない俺は、恐ろしくも優しい男の返事を待つだけだった。
「ご親切にドウモ。あと、あのおっさんならその内国境封鎖でもしそうだから、逃げるなら早めをお勧めするぞ」
「っ……」
国境封鎖のことを、何故この男が…!?確かに、国王は近々敵国の侵入を防ぐためと称して国民の国外逃亡を阻止する目論見だ。これも兄上から聞かされた話しで、証拠となる騎士や徴収された軍の動きが記された書も発見されている。国王がこの国から逃げることを妨害しているとしか思えないこの策を、何故先程異世界からやってきたこの男が知っているのだろうか。
異世界人には人の心を読む術を持っているのではないかと疑ってしまう。
「ま、俺が言えるのはそれくらいだ。あとは自力で何とかしろ」
「あぁ…。…本当にすまなかった。この国を治める王の代わりに、改めて謝罪する」
再び頭を下げた俺の前から男は足早に去っていった。彼の背中はどんどん小さくなっていき、最後は人混みに紛れて見えなくなった。
それでも俺はその場から動かず、ひたすら彼の後ろ姿を思い浮かべていた。
その晩、俺は疲れ果てて自分のベッドに力なく横たわった。
儀式だけでも疲れると言うのに、あの召喚された勇者達の教育係に任命されてしまったのだ。勇者と呼ばれているが、年齢を聞けば俺と10近く離れていたことが判明し、彼等の子供っぽさには呆れてしまう。
やれ魔法が使いたいだの、剣術を極めたいだの、美女に会いたい、兄上に会いたいと要望が多過ぎる。我が儘な10にも満たない子供を相手にしているのかと錯覚してしまう程彼等には手を焼いている。
更に食事の席では出す料理全てを「不味い」と言って下げさせる。異世界と我々の世界の食文化の違いが思った以上の課題だ。文句を言うくせに4人共料理の知識は皆無、そんな奴の舌に合う料理なんて出せる訳がない。これはこちらの料理に慣れてもらうしかないのだろうか…。
これから先のことを思うと身体が一気に重くなるので、今日はさっさと寝ることに決めた。寝返りを打って窓の外を見れば星が夜空を彩っている。その光景を見て、あの男の瞳を思い出した。
門の前で彼の腕を掴んだ自分の手を無意識に見つめていた自分に驚き、そして恥ずかしくなった。
何故男である俺が同じ男の彼をこんな形で思い出さなければいけないんだ!?これではまるで、こ…恋している乙女のようではないか!違う!俺は断じて違うぞ!兄上に誓って宣言する!!
そもそもあれ程の美男子なら恋人の1人や2人居てもおかしくないんだ。異世界に置き去りにさせてしまったのかもしれない…。もっと謝罪すべきだっただろうか?
ぐるぐると頭の中で様々な思いが混ざり合い、最後には考えることを放棄した。
改めて眺めた窓の外に広がる夜空は、俺とあの男を繋ぐ唯一の色だと思えた。
「…無事、シスネロス王国に行けると良いのだがな」
勇者召喚の儀式が行われたこの一日は、俺にとって…そして、この世界にとって大きな変化をもたらした。
それを実感するまで、あと少し……。




