表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男装ホストの異世界旅行記  作者: エルモ
18/72

閑話 王子と巻き込まれ

 玉座の間に着くと、仮面の男は騎士の1人に仮面を外すよう言われた。

 流石に王の前で仮面のまま居る訳にもいかず、男は面倒臭そうにだが仮面を外してくれた。


 仮面の下から現れたのは目を見張る程端正な顔立ち。兄とはまた違った勇ましくも氷のように冷たい目に俺は惹きつけられた。

 髪と同じく瞳も黒く、こちらの世界ではあまり見ない顔立ちだ。他の4人とは纏う空気が違い、安易に近付けない何かがあった。

 玉座の間に居た殆どの人間が男であると言うのに、我々は彼に釘付けになってしまった。王妃など頬を染めて恍惚とした表情で眺めている。義理とは言え母のそんな姿を目にするのは居た堪れない…。


 だが、見れば見る程美しい人だ。

 俺と変わらない長身でスラリとした長い手足、何枚も服を重ねているが、それでも分かる引き締まった身体、艶のある黒髪は襟足まで美しい。鼻筋も通っていて唇は薄く、切れ長な目の中には神秘的な…夜空を閉じ込めているのかと思ってしまう程美しい瞳。所作の一つ一つが丁寧なのに色気を感じる。

 異性も同性も惹きつけてしまう魅力ある人を目にする機会があるとは夢にも思わなかった。


 そんな、自分とは次元の違う美しさに目を奪われている間に、国王の説明が終わった。それに続き、魔術師達による5人の魔力の適性の調査が始まる。

 とは言っても、そこまで難しいものではなく、城で管理している魔道具でその者がどれ程の力を持っているのかを調べるだけだ。魔道具も過剰に装飾された水晶玉で、手をかざして力を込めれば分かる簡単なものだ。


 最初の4人はかつての英雄と呼ばれた勇者より若干劣るが、それでも素質は一級品だった。魔術師も騎士達も、そして王も喜んだ。

 だが、最後に問題が起きた。あの仮面を付けていた男だ。

 彼が魔術師の説明通りに手をかざすが、水晶玉からは何の情報も得られなかった。それで魔術師は、"彼には勇者の素質は皆無"と判断した。


 やはりそうだった…。彼はあの4人の勇者に巻き込まれただけのただの人間なんだ!

 彼に何の罪もないのに、我々の事情に振り回されて異世界から連れてきてしまったのだと思うと冷や汗が止まらない。

 横目で兄を見ると、兄も微笑を浮かべつつも拳を固く握っている。これからどうなるのか、兄も分からないのだ。俺も頭を働かせて打開策を考えるが、それよりも先にあの男が動いてしまった。


 魔術師に異世界に帰すよう頼むが、魔術師の答えは"否"だ。男の顔は怒りに満ち、胸倉を掴んで持ち上げていた魔術師を叩き付け、頭を抱えて立ち尽くした。

 周りを囲む部下の騎士達もどうすべきか分からず、剣を構えたまま動かない。

 これは団長である自分が対処すべきだと判断し、玉座に座る王の元へと歩む男の前に立つ。間近で見た男の顔はやはり美しく、そして恐ろしかった。


 だが俺も国王直属の騎士団団長としての威厳と使命がある。いくら異世界人とは言え、王に無礼を働かせる訳にはいかない。

 それにもし、俺が止めなかったら…彼が極刑を下されるかもしれないのだ。それだけは、それだけは何としてでも避けなければならない!



「待ってくれ、異世界の方。どうか話を…」

「聞く必要なんざねぇ。お前等は我が身可愛さで無関係な世界の人間を引き摺り込んで戦争をおっ始めようって腹なんだろ。そんなクズの思考持ってる奴が考える訳ねぇよな?万が一無関係な奴を巻き込んだ場合、もしくは約束が果たされた後に、元の世界に帰すかどうかなんてなぁ!」

「ッ…それは」



 彼の言うことに反論の余地もない。この国の王は私欲のために無関係な人間の人生を狂わせてしまったのだから…。

 拳を硬く握りしめ彼にどう伝えるべきか考えていると、部下の1人が男の発言に反感し、取り押さえようとする。しかし、部下はあっけなく床へと叩きつけられた。見たことのない武術で男が騎士を倒したその光景に全員が唖然とし、そこでやっと男がどれだけ怒りの感情を持て余しているのかを理解した。


 据わった目で俺を睨む男の表情に手の震えが止まらないが、それでも俺は、彼から目を離す訳にはいかなかった。どれだけ謝罪しようが、非があるのは間違いなくこちらなのだ。現実から目を逸らすことなどあってはならない。


 唐突に男は長い溜息を吐き、前髪を乱暴に手で崩しながら俺を睨む。眉間の皺が先程より深くなったのが分かる。



「古くから伝わってる儀式にどれほどの力があるかは知らねぇが、異世界なんてそうポンポン行けるモンじゃねぇのは確かだ。それをまた元に戻すなんて神にでも頼まなきゃ不可能なレベルなんだろ?何でそんな一か八かの馬鹿げた賭けに出たのか本当理解不能だ。自分が良ければ全て良しだとかほざくんだったら問答無用で鼻っ柱圧し折るぞ」



 冗談でも何でもない、男のその言葉に俺はまた冷や汗が流れ始める。指先まで冷たく感じる程、男の怒気…いや、殺気に当てられて生きた心地がしない。

 数々の修羅場を潜り抜けたが、この男の前ではあんな修羅場もお遊びに思えてしまいそうだ。



「………ッ、申し訳ない…」

「謝って済む問題なら俺はこんなキレてねぇんだよ。どうにもなんねぇし、どうにかする気なんて最初(ハナ)からねぇんだろ?え?聞いてんのか、そこの豚親父」



 ぶ、豚親父…。確かに国王の体格は世辞にも細いとは言えないが、そこまでハッキリ言われることがなかったため、家臣一同青ざめている。

 その言われた当人も顔面蒼白で、小さくだが歯をカチカチと鳴らす音が聞こえた。

 今まで安全な後方で座ることしかしなかった国王に、この殺気はかなりの毒だ。今にも泡を吹いて倒れそうになりながら、なんとか意識を保っている。


 男は王を前に「この国は滅ぶ」と宣言した。何を根拠にと思うが、あの男より帝国の内情を知っている俺がそれを否定出来ないのが何よりの証拠と言える。

 王の胸倉を掴むなんて大それたことをしながら、男は淡々と帝国のこれからを物語った。それは、想像するに容易い最悪な未来であり、俺と兄上が阻止しようとしていることでもあった。


 何故分かる?この男は何を知っている?

 自分とは全く違う価値観と知識を持つ男の言葉が頭の中で回り続けているうちに男は玉座の間を出て行った。我に返った俺は兄上に一言断りを入れてから男の後を追う。

 途中で部下や貴族に男の行方を聞きながら走っていると、男が門の前に立っている姿があった。全速力で走り、男の腕を掴んで引き留める。


 思っていたよりも細い腕の持ち主は、俺を黒い瞳で睨む。

 鋭くも困惑して揺れているその瞳が…俺には悲しく見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ