閑話 2番目の王子と儀式
俺はバルトロメウス・アーノルド・ヴァーギンス。ヴァーギンス帝国第二王子であり、この国を守る騎士団の団長を務める者だ。
俺は長男である兄、リーンハルトとは違い…現王妃と血の繋がりはない。
俺は側室が孕んだ男児として王宮に入れられたが、そこで待っていたのは兄と比較され続ける苦悩の生活だった。努力をして結果を出しても兄と比べられ、罵られるのが常だった。
更に、側室である俺の母は何者かに毒を盛られ、殺された…。
王宮内で孤独を味わうこととなった俺だが、兄のリーンハルトだけが俺を家族として接してくれた。そのお蔭で俺は今、騎士団の団長という立場を得られている。兄には感謝してもしきれない程の多大な恩がある。
未来の王になるリーンハルトのため、俺は毎日精進し続けた。無論、これからもだ。
そんなある日、俺は現国王である父上が恐ろしいことを画策していたことを知った。
「なっ、"勇者召喚の儀式"を執り行うだと!?本当なのか、兄上!」
兄に呼ばれ、何事かと思い部屋に入った俺を兄は厳しい表情で出迎えた。王妃譲りの白金髪も、父上と同じ緑の瞳も、その美しさを発揮できる端正な顔立ちも、悔しさを滲ませることでくすんで見えてしまう。
そんな兄の重い口から聞かされたのは、正気とは思えない所業だった。
リーンハルトは溜息を吐きながら窓の外に広がる夜空を見つめる。
「残念ながら本当だ。先程、父上本人から聞かされたのだからな。…父上はいよいよ戦争を始めるつもりらしい」
「だが、あの儀式は過去に何度もこの国に災いを招いた恐ろしい儀式だ!執り行えば、何が起こるか分からない!」
「あぁ、だがそれ以上に勇者の力は偉大だ。遥か昔に魔王を倒した勇者と同等の力を持つ者が現れると信じて、父上は儀式を行うと決めた。既に準備が始まっている、もう誰にも止められないんだ…」
「そんな…」
"勇者召喚の儀式"
それは、この世界とは全く別の世界に存在する優れた力を持つ者を呼び寄せる禁忌とされた儀式。ここヴァーギンス帝国では過去に何度か儀式を執り行い、国の危機を勇者に救ってもらった。
だが、この儀式は非常に危険だ。何故なら、異世界から召喚する者が"人間だとは限らず"、また"善人であると限らない"からだ。
最初の失敗は800年以上も昔、異世界から恐ろしい魔獣を召喚してしまったことだ。この魔獣の被害は甚大で、過去最悪と言われる程帝国は崩された。他にも人間ではない何かを召喚し、国を危機に晒すなんて真似をしでかした歴代の王は何人も居た。
また、別の形の失敗もある。運良く勇者の素質を持つ人間を召喚出来たが、その勇者は魔王を倒した後、王宮で王族以上の贅沢な生活を過ごし、更には自分が王になり替わろうと暗殺を目論んだ勇者も居たのだ。
こんな危ない儀式を実行するなんて…!戦争を始める前に帝国が滅ぶことも有り得るのだぞ!?
「バルトロメウス…、父上はもう国王としての采配が出来ない状態にある。このままでは、ヴァーギンス帝国の無実な民が血を流すこととなるだろう」
「っ……」
「俺は、それだけは避けるべき道だと考えている。だから俺は、この儀式が成功しようが失敗しようが、何が何でも父上に王の座を退いてもらう」
「兄上…!」
「今までお前には…この王宮で散々嫌な思いをさせてきた。しかし、俺にはお前の力が必要だ。弟一人も満足に守れないような、こんな不甲斐無い兄だが……力を貸してくれないか?」
あの兄が、俺を頼っている…。それだけで俺は、今までの努力も、嘲りに耐える日々も無駄ではなかったのだと実感した。文武両道で、誰もが認めた未来の国王に言われたとあれば、断る理由などありはしない。
俺はその場で跪き、兄に誓った。
「ヴァーギンス帝国騎士団団長の名に懸けて、貴方をお守り致します」
「…ありがとう、バルトロメウス」
俺は剣であり、盾であり、道だ。
この方の望むがままに、俺は切り拓いていくのみ。例えこの身が朽ち果てようとも構いはしない。この国のため、民のために…!俺は力を惜しまないと決めた。
儀式が執り行われたのは翌々日の早朝。儀式の場には俺も兄上も立ち会う。
万が一を想定して配置された騎士団の団員達だが、皆緊張は隠せないものだ。俺も緊張しているのだから当然か。
城に仕える魔術師が総出で執り行う儀式など、俺は見たことがなかった。
一体、どれ程の魔力が必要な大掛かりな儀式なのだろうか…。
部屋の中央に描かれた魔法陣に向かって魔術師が詠唱を始めると、魔法陣は光り輝き、やがて大きな光に包まれた。
強い光に目を細め、目が利くようになってから魔法陣の中央を見ると、見たこともない衣装を身に纏う5人の人間が居た。ひとまず、魔獣を呼び寄せるという失敗は回避出来たようで一安心だ。
だが油断は出来ない。この召喚された人間達が果たして国のために協力してくれるのだろうか?これから王である父上直々に説明されるが…正直な話、俺が勇者なら断っているだろう。
これから始まる戦争の理由が、あまりにも馬鹿馬鹿しいのだから。
そんなことにわざわざ命を懸ける必要なんて、彼等にはないのだ…。
どうなることやらと不安を感じていると、5人のうちの1人に目がいった。5人の中で1番背が高く、目元に変わった仮面を付けた黒髪の男だ。腕には大きな白い美しい猫を抱えている。従魔だろうか?
服装も他の4人とは違い、落ち着いた大人の雰囲気を感じる。年齢も恐らく1番上だろう。冷静に周りを観察するその様子にこちらが緊張してしまう。
儀式の間から玉座の間へ移動する際にハッキリと分かった。5人の中でも会話をしていたのは4人の若い男女だけで、先程の男は会話に全く入らない。あの4人は知り合いだが、彼等とあの男は関係があまり良くないか…あるいは無関係な可能性もある。
そこまで考えて血の気が引いた。もしあの男が、勇者でも何でもない、全く無害かつ無関係な人間だったら………。
兄の顔を見れば兄も神妙な面持ちで男を見ていた。兄も俺と同じことを考えているのかもしれない。
これは…とんでもないことになってしまったのかもしれない。




