15話 初従魔
何だかんだで人生初の魔法を体感した俺は今、ユニコーンの頭を膝に乗せて目が覚めるのを待っている。ガーティも俺の側で香箱を組んで寝ているので、俺は退屈な時間を過ごすこととなった。暇潰しにユニコーンの頭でも撫でてるか。
"治癒"ってのが出来るようになってから、俺は自分の身体を覆うオーラが見えるようになった。集中しなけりゃ見えないが、たまに何かが反射したのかキラリと光るオーラが俺を包んでいて、それは体内から出ている魔力だとガーティが教えてくれた。
ガーティが何故そんなに詳しいのか聞いてみると、ケット・シーになってから色んな情報が頭に入ってくるようになったと言う。魔法の使い方もその情報の1つで、門番に何かしたのも、マルガ達に光るオーラを擦りつけていたのも全部魔法らしい。そんな前から既に使いこなせていたのかと驚いたが、本人は『案外簡単よ?イサギだってすぐに出来たじゃない』とあっけらかんと答える。
魔法がこんなに簡単に習得出来て良いのか…?
段々真剣に考えているのが馬鹿馬鹿しく思えてきた時、膝の上に乗っていたユニコーンの瞼が震えた。撫でている手を止めると、ゆっくりと瞼を持ち上げて見事な青の瞳を見せた。サファイアを連想させる綺麗な瞳が俺を映したのはコンマ数秒だった。
俺の存在に気付くや否や、興奮状態に陥り、俺から距離を取って威嚇してくる。普通の馬でも危険なのに、あの恐ろしい角を向けられるとゾッとする。
ガーティを抱えて俺も距離を取ろうと立ち上がるが、その前にユニコーンが崩れ落ちて倒れてしまった。流石に慌てた俺はユニコーンの元へと走り寄るが、相手が威嚇してくるので近付けない。
すると、抱えていたガーティがスルリと俺の腕から降りてユニコーンの顔の前に立った。ユニコーンはガーティにはそこまで威嚇していないので、ここは様子を見るとしよう。
『大丈夫よ、私達は貴方を傷付けたりしないわ』
「ブルルルッ!ブルルルルルルゥッ!」
『そうね、人間なんて自分勝手な生き物だわ。私も捨てられた過去があるから、貴方が人間を嫌う気持ちは分かるわ』
何か唐突に人間をディスり始めたんだが…俺はどうすりゃいいんだ?ひとまず水でも汲んでろってか?というか、ガーティってユニコーンの言葉が分かるのか?普通に会話してるんだが。
…あ、そういや俺をここまで連れてきたのガーティだったわ。あの時から既に聞こえてたのか…、納得。
俺は湖の水を鑑定し、飲んでも害がないと分かると収納していた木製の食器を取り出し、それで水を汲む。透明度の高い綺麗な水で、湖の底までハッキリ見える程だ。
水を持って戻ると、馬は姿勢を正してガーティと一緒に俺を待っていた。さっきよりは警戒しなくなったようで、俺が近付いても問題なかった。
水を入れた容器を下に置けば恐る恐るだが飲み始めた。流石に体内に入れるものは警戒するか。
全部飲み終わったところでガーティが俺にユニコーンとの会話の内容を説明した。
『イサギが無害だと分かってくれたわ。けどまだ完全に信用はしていないの…、ごめんなさい』
「別に。そんだけ人間のこと嫌ってるってことは、何かされたんだろ?あの傷とか」
「ブルル…」
『えぇ、あれは冒険者に襲われた傷なんですって』
「そういう依頼があったってことか。その冒険者達は上手く撒いたのか?」
『そうらしいわ。命からがら逃げ続けてこの湖まで来たところを、イサギが助けたってワケ。私が彼の声に反応出来なければ、きっと今頃死んでいたわ』
冒険者か…、依頼ならまた狙われる可能性が高いよな。しかもユニコーンって確か白馬じゃなかったか?このユニコーンは烏みたいな黒い体をしているから、ひょっとしたら珍しいのかもしれない。狙われる要素が多いなら、成長する中危険に晒されることは何度かあった筈だ。何で今更人間に襲われて満身創痍になるんだ?自然の中の方がヤバそうだが。
それをガーティに聞いてみると、ガーティは悲しそうに耳を垂れされて答えた。
『冒険者の中に、魔術師が居たんですって。その魔術師に魔法を封じられた上に、呪いを掛けられて物理攻撃しか出来なくなったと言ってたわ。ユニコーンは身体能力も十分だけど、それ以上に魔法が得意な種族で、角で攻撃し合うのはオス同士の喧嘩の時だけらしいの。だから、10人以上もの冒険者を相手にするのは難しかったのよ』
なるほど、確実にユニコーンを仕留めるために編成されたパーティって訳か。中々賢いやり方だが、やられる側から見れば恐怖以外の何物でもない。最早リンチだ。
ユニコーンがこの世界でどれだけの価値があるのか分からないが、依頼してきた奴は金持ちなんだろう。じゃなきゃ10人以上でパーティ組んでも取り分が減っちまう。報酬金額が最初からデカかったと推測して問題ない。
ガーティと話している俺を見て警戒を全くしなくなったユニコーンは、徐々に俺に顔を近付ける。確か、馬って目と目の間が死角だから怯えるんだよな。触っても大丈夫そうな首筋を撫でると、気持ち良いのか目を細めてされるがままになる。さっきまでの警戒心はどこへ行った。
暫く撫でていると、自分の手から魔力が出ていることに気が付いた。全くの無意識だっただけにかなり驚き、ガーティに説明を求めると彼女も驚いていた。さっきまで座っているだけでも辛そうだったユニコーンがすんなりと立ち上がれる程回復したのだ。
どうやら俺が撫でると魔力が流れてきて体力が回復したようだ。さっき目が覚めたのもそのお蔭らしい。ユニコーンの通訳をするガーティの説明で納得したところで、ユニコーンは俺に自分の顔を擦りつけて甘えてきた。
身体がデカイ分力も強く、危うく倒れそうになるのを堪えながらさっきの要領でユニコーンを撫でる。頭や首筋、背中なんかも撫でていると、またしてもスマホが震えた。
今回は一体何の通知なのかと電源を入れると、とんでもないことが書かれていた。
【デュラン・ユニコーンと従魔の契約を結びました】
「は?」
『?どうしたの、イサギ』
「……」
無言でスマホの画面をガーティに見せると、ガーティも固まってしまった。どうやらこれはガーティの許容範囲を超える珍事らしい。
一体何故?確か従魔の契約は俺と魔獣が同意した時に結ばれるんだろ?俺は別に何かに同意なんてした覚えはないし、そもそもこのデュラン・ユニコーンとやらが俺と契約しても良いなんて思ったのかどうか怪しいってのに…。
『あ、貴方、イサギの従魔になることに同意したの!?』
『あぁ、俺はこの人の側に居たい。そう思って甘えたら、何かいつの間にか契約出来ていた』
「契約がアバウト過ぎるだろ!俺撫でただけだぞ!?」
『…恐らく"撫でた=受け入れる"ってことで、契約出来ちゃったのね』
「何だよそれ…」
突然すぎるが、デュラン・ユニコーンが従魔になった…。




