11話 愛猫が凄いことになった
カーテンの隙間から差す朝日で目を覚まそうかと思ったが、身体が起きるのを拒否している。それに倣って俺も意識を手放そうとした時、うつ伏せになっていた俺の背中にズンと何かが乗った。
何が乗ってるかなんて分からない筈がない。
「ガーティ…背中に乗るな。もう少しだけ寝かせて……。…分かった、分かったから爪立てるな、地味に痛ぇから」
背中からガーティを降ろし、洗面所で顔を洗った俺は早速朝食作りを始める。寝起きだってのにガーティが目で催促してくるから、やらない訳にはいかない。やらなきゃ足を爪で引っ掻かれそうだ。それは避けるべき道だと俺は知っている。
結局朝飯は昨日と同じ和え物で、ガーティは残念そうに黙々と食べた。今後の最大の課題は、ガーティの餌かもしれない…。けど猫って手作りの餌はあまり与えない方が良いんだよな。かと言って、この世界にキャットフードなんてある筈ないし。
どうしたものかと悩んでいると、毛繕いを終えたガーティが俺の肩に飛び乗って耳元で口を開く。
『イサギ、私もっと色んなものを食べてみたいわ』
………おかしいな、ガーティの口から凄ぇ綺麗な声が聞こえるんだが。俺の耳が異世界に来た影響で壊れたのか?それともこれは夢なのか?起きたと思ったら起きてなかったのか?
状況に全くついていけない俺を見て、ガーティはベッドに置いてあったスマホを手で示した。
さっきの声は聞こえないが、心なしかガーティの顔が前より分かり易くなっている。まるで人間に近い意思を持っているかのように見えた俺は、黙ってスマホの電源を入れた。画面には、昨日とは違う通知が表示されていた。
【飼い猫・ガーティが『ケット・シー』になりました】
ちょっと待てオイ。何だよ『ケット・シー』って…。人の大事な猫に何しやがったこの異世界!
怒りが冷めないまま通知をタップすれば、昨日と同じ画面にガーティについての説明が載っていた。
【『ケット・シー』
通称"妖精猫"。人語を話し、二足歩行をする賢い猫。中には王制を布いて生活するものも居たと言われている。魔獣か妖精か議論されているが、どちらかと言えば妖精に近く、高度な魔法を使うケット・シーも過去に何体か存在した。
因みに、ガーティの知識や考え方は以前の世界の影響が強いため、過去に発見されたケット・シーを上回る賢さと言える。尚、食事は人間と同じでも問題無い】
「………何だ、この異様な脱力感は…」
人の愛猫に妙な設定くれやがってと怒鳴り散らしたいのに、その設定のお蔭で今後凄ぇ面倒事に巻き込まれそうだけど取り敢えず食事問題が解決出来て俺的に助かってるこの状態が半端なく悔しい…ッ。 ソワソワしているガーティを宥め、膝に乗せたまま話し掛けてみる。
「あー…、ガーティ?」
『なーに?イサギ』
「本当に会話出来るんだな…。てかガーティ、見た目に違わず声も美人だな」
『ふふっ、ありがとう。イサギもステキよ?私の中では最高の人だもの』
「何でだ、客相手にしてるみたいになってきたぞ」
『私、イサギのお店に来る女の人にも可愛がられていたから、その影響かしらね?喋り方なんて特に』
「あぁ、確かに」
雅樹さんの店の客は上品なセレブの女性ばかりで、その客が紹介する人も似ているから必然とセレブ御用達の店になっていた。ホストも変な接客する奴なんてまず雇わない為、店の信用も高い。雅樹さんと昔からの知り合いの女性達が宣伝した結果が今のあの店を作り上げた。雅樹さんの人脈は伊達じゃない。
そんな女性客をもてなすのが俺の仕事なんだが、この愛猫はたまに店に来ては看板猫をしている。これがまた凄い人気で、ガーティ指名された時は流石に焦った。そのままお持ち帰りとか冗談でも言う人が居るから心配するのは致し方ない。俺にとってガーティは大切な家族なんだよ。
「はぁ…。ま、ガーティの言いたいことが分かって、飯も俺と同じモンあげても問題ないってのはかなり助かる」
『そうね、私もこうやってイサギと話せるのはとても嬉しいわ。それにさっきも言ったけど、もっと色んなものを食べてみたいの』
「好奇心旺盛なところは変わらねぇのな…」
どうやらガーティ自身はそんなに大したことなさそうな様子なので、これはこれでアリだと受け入れることにした。そして早速俺の飯を催促し始めるガーティの順応性の高さに俺が追い付けそうにない…。
今朝はジャガイモと鶏肉の塩焼きを作った。手抜きとか思われるかもしれないが、そもそも材料が足りないんだから仕方がないだろう。昨日の買い物じゃ"収納"のスキルの存在を知らなかったから持てるだけの量しか買っていないし、金にも上限がある。旅先の宿代も考えながら生活していかないと無一文になっちまう。野宿はいいが、食事に困るのは是が非でも避けたい。
ガーティにも少しずつあげて朝食が終わり、荷物を片付け終わった頃に部屋のドアを誰かがノックした。その向こう側から聞こえたのはあの愛らしい少女の元気な声だった。
「おーにーいーちゃん!ガーティちゃん!おーはーよー!」
「朝から元気だな、マルガは…」
まだまだ寝不足な俺にはマルガの元気な声が少々頭に響く。けどマルガとガーティは元気なモンで、2人して俺にドアを開けろと催促してくる。分かったからそんなに急かすな。
ドアを開ければ昨日とは違った服のマルガが笑顔で待っていた。俺に挨拶したかと思えばすぐにガーティにじゃれついて遊びだす。仲が良いのに文句はねぇが、今日この街から出るの分かってるよな?
昨日のマルガの号泣を見た俺の立場から言うと、この後の別れが非常にやりづらい。絶対また泣くだろ、マルガの奴。買い物でアレなら旅に出るなんて言った暁には目も当てられないことになるぞ。俺だって少しくらい良心はあるんだから気にするっての。
ガーティに抱き着いてめちゃくちゃ喜んでいるマルガを後目に、俺は小さく溜息を吐いた。




