10話 戦争なんて朽ちればいい
魔獣の情報を得たついでに、今度は他国との状況がどうなっているのかを尋ねた。店主は眉間に皺を寄せて静かに息を吐く。苦労しているであろうその横顔をあの馬鹿王に見せてやりたい。
「…ここ、ヴァーギンス帝国は4つの国に面しています。カリス教が権力を持つレギアンド司教国、武器で脅すのが得意なデザール連合国、強い魔術士が多くいるアビシオン王国、亜人を多く受け入れるシスネロス王国。この4つの内の2つ、レギアンド司教国とデザール連合国が帝国と戦争を始めようとしています」
「デザールって国は軍事国家だからなんとなく分かる。だがレギアンドはどういったこじつけで戦争に参加するんだ?」
店主は店の奥からA3サイズのデカイ紙を持って広げて見せた。紙の技術が遅れている時代ならではの古ぼけた羊皮紙の地図だった。
その中に書かれている国を指さして店主は説明を続けた。
「レギアンドはこのウィシュト大陸の中でも少し条件の悪い位置にある国で、特産と言えるものがあまりありません。カリス教に頼って出来た国ですから、宗教の力が強いんです。そして、そのカリス教の司教がヴァーギンス帝国内にある山脈は、自分達の聖地だって言い始めたんですよ」
「なるほど…、その山脈のどっかに金になるモンがあるのか」
「はい。メルヘッサ山脈と言って、そこにはミスリルが採れる鉱山があるんです。そこを狙ってるのは誰がどう見ても分かりますね」
ミスリルってのについて聞いてみると、なんでも希少な鉱物で、武器に使えば相当な強さを誇ると有名らしい。売ればかなり高い金で買われるので、ヴァーギンスの経済はそれで成り立っていると言っても過言じゃなく、逆にこれをレギアンドに取られると帝国はかなりヤバいことになると店主は早口で答えた。相当ヤバいのが伝わってくる。
残りの2つは今の所動きはなく、特にシスネロス王国は一切関わらないと断言したらしい。領土拡大をしない国というのも変わっている。そこのところを掘り下げると実に興味深い話が聞けた。
「シスネロスは自由と国民を第一に考える国ですから、自分から戦争をしに行こうなんてまず考えませんよ」
「へぇ、平和な国だな。じゃあアビシオンは?魔術師多いなら攻めるのに十分な力を持ってそうだが」
「アビシオンの魔術師は戦争を無駄と思ってる人が多いんですよ。あそこは魔法至上主義みたいなもので、魔法の発展以外にあまり興味がないんです」
「学者気質な連中の集まりってか?」
「そんなところですね。したがって、帝国と敵対しているのはデザールとレギアンドの2つってわけです」
なるほど、帝国と周辺諸国との情勢は把握出来た。だがあの駄王の話じゃ、魔王軍も攻めてきてるとか言ってたよな。名前が挙がらなかったから、あれは駄王の嘘か?
気になりだしたら止まらなくなり、結局また店主に質問した。店主は「あぁ…」と苦笑しながら答えた。
「魔王軍が攻めてくるなんてありえませんよ。確かに遥か昔の魔王は人間を根絶やしにしようと何度もイガル大陸から大軍を率いてやってきたらしいですが、今の魔王はいくつもの国と和平条約を結んでいるんですよ」
「和平条約?」
「はい。そもそも魔王軍っていうのは、このウィシュト大陸には居ない高ランクの魔獣や魔人族で出来た軍隊なんです。Bランクのハウンドベアーが村を襲っただけで"魔王軍が攻めてきた"、なんて…この国の王様は臆病なんですよねぇ。既に魔王軍を倒すための訓練を兵士達に受けさせているとか言ってましたね」
なるほどな…。対魔王軍とか言って特訓させられるであろうあの馬鹿そうな高校生達には気の毒だが、駄王の勘違いに付き合わせるしかなさそうだ。
「そのハウンドベアー?ってのは、よく街や村を襲うのか?」
「確かに凶暴ですが、こっちが手出ししない限りは大丈夫ですよ。ただ、怒らせるとどこまでも追い掛けてくるのが厄介っていう魔獣です」
「…国境付近の村が魔王軍に襲われたって話があったんだが、"実際は誰かが魔獣に村を襲うよう仕向けたのかもしれない"なんて話は?」
「すいません…、聞いてないですね」
流石にこれ以上は分からないようで、店主は申し訳なさそうに頭を下げる。店主の責任ではないと俺は頭を上げてもらい、チップとして金貨1枚を渡しておいた。店主は心底驚いて、目を見開いた。目玉が落ちそうになる店主を残して食堂を出ようとした俺は、昼間のことを思い出して立ち止まる。
「あぁ、あともう1つあったな」
「な、何でしょう…?」
「マルガには、戦争のことは教えないでくれ」
「え……?」
「子供ってのは、大人が思っている以上に敏感だからな。俺の買い物に付き合わせた結果、大人達の緊張を感じ取っちまったんだ」
マルガの表情に違和感を覚えたのは、俺が情報収集を終えたあとだった。俺と大人との会話が聞こえて、これからの生活に不安を感じているのかもしれない。そう考えると、国と国との駆け引きなんて馬鹿馬鹿しく思えてしまう。
「…分かりました」
「悪いな、色々と。明日の昼までには出るから、それまで頼む」
「はい」
食堂をあとにし、部屋に戻った俺はそのまま風呂に入った。と言っても、風呂にはシャワーしかないのでさっさと済ました。それでも気分を変えるのに丁度良く、出た頃には既に身体は就寝モードに入っていた。
ベッドに横になるとガーティが布団に潜り込んで俺の腕の中に入ってくる。愛猫のそんな甘え上手なところに癒された俺はそのまま深い眠りに就いた。
窓の外に広がる星空の美しさも知らないまま、俺の一日は終わった。




