7話 アレファノ・L・ユークオレ
長すぎますかね。
そんなことないすかね。
地震が収まって、私はヴァルから飛ぶように離れた。
恥ずかしかった訳じゃない。
ただ、甘えてる自分に苛付いただけだ。
一瞬驚いた顔をしたあとに、苦笑いをしていたやつは放っておこう。
もしかしたら私も、真っ赤になっていたかもしてない。
そんな気待ちもあって、はやく家に戻りたかった。
なんと家は無事だった。
まぁ考えるまでもない。
この家はメディーさんからの「唯一」の「良い」贈り物なのだから。
しかし家の中が悲惨だったのは言うまでもないだろう。
それに、次にいつ地震が来るか分からないので、棚はきちんと補強しておいた。
傾斜を付けた薄い板を棚の下に敷いたり、丸太を切って棚の上にストッパー代わりに押し込んだり。
ここでまたこいつがやらかした。
丸太を押し込んだあと、バランスを崩して椅子から落ちたのだった。
それも頭から。
170cmを超える巨体が床に打ち付けられたのだから、もちろん、
「ドンッ!!!」
と大きな音がした。
そしてまた気を失った。
気絶した中3男子は相当な重量だったが、1時間の苦戦の後、ベッドに横にすることが出来た。
頭を打っていたが、たんこぶで済んだのだから不思議なくらいだ。
ヴァレツトは静かに起き上がった。
辺りを見回したが、彼女はいない。
どれくらい寝てたのだろう、などと考えていると、扉の開く音がした。
「おう、ヴァル!やっと起きたか!」
そう言いながら嬉しそうに入ってきた彼女は、りんごとナイフを机に置いた。
「どうかしたか?」
神妙な顔をしていると、そう話しかけてきた。
無論、椅子に座り、りんごの皮を剥きながら…。
「記憶が戻りました。」
「そうか。良かったな。」
笑顔だ。
今までの、楽しい感じの笑顔ではなく、優しい笑顔だった。
少し胸が痛んだ。
寂しくなったのかも知れない。
記憶が戻った自分はこのままここに居ていいのか。
この人に迷惑ではないだろうか。
そんな事を考えていると、彼女から話しかけてきた。
「支障がないなら、話してくれるか?」
そんな顔をしないでくれ。
彼はまた、胸が痛んだ。
目の前の少女は余り驚かなかった。
自分が実は現国王のひとり息子であること。
本名「アレファノ・L・ユークオレ」であること。
国外を散歩中、洪水に巻き込まれてこの森に迷い込んだこと。
他にも思い出した事を全て話したが、一切顔色を変えなかった。
むしろ、「ヴァル?アレフ?どっちがいい?」と聞いてくるほどだ。
彼女にとって、いや、王国民ではない人にとって、王子など何の問題もないのだろう。
少しやるせない感じになった。
これからどうしよう。
国に帰ろうか。いや彼女の目の前でそんな事言えない。言えるはずがなかろう。もし怒らせたら身が持たない。ここは彼女の意見に……。
「よし!王国行こう!」
「はぁ!?」
自分が驚かされるとは思っていなかった。
「3年ぶりに王子が帰るんだ。国中がお祝いムードになる。だろ?」
「そうかも知れませんが…。」
「なら帰らないと!それともなんだ?私に未練でもあるのか?」
身長的に、フィーユがヴァルを覗き込む形になっている。
ニコニコしていて気味が悪いが…。
「師匠はいいんですか?僕がいなくなっても。」
「そんなことか。」
フィーユはより一層にこやかになった。
今にも声を出して笑いだしそうだ。
「なぁに、心配しらんよ。家事くらい1人で出来るさ。ただのガキじゃないんだから。」
「そういう事を言っているんじゃない!」
ビクッ
まただ。
また彼女を恐がらせてしまった。
これじゃ地震の時から何も変わらないじゃないか。
どんよりとした空気になったので、ヴァルが謝ろうとすると、
「分かっているさ。」
彼の右手を、彼女の両手が包んだ。
「寂しくないなんて言ったら嘘になる。お前と過ごした3年は楽しかったし、これからもそんな生活は出来ないだろう。だが別に今別れることをそんなにも悲しむ必要はないだろ?私らはまだ子供なんだから。な?」
優しい笑顔だ。まるで、
「恋人みたいだとでも思っただろこの糞ガキ。師匠に恋愛感情持つなんざ100年早ぇんだよ!つーかこういう事は男から言え!ずっと独身でいるつもりか?少しは勇気だせやおらぁっ!」
両手で力いっぱい握り、右脚で蹴りを入れた。
だが彼の身体はビクともしない。
「私の蹴りじゃもうビクともしないじゃないか。もうお前は立派な男にならなきゃ。」
少し悲しそうな顔でそう呟いたのが聞こえた。
すると何を血迷ったのか、ヴァルは彼女の背中に正面から両腕を回す。
つまり、抱いたのだ。
「あっ、えっと、これは、そのぉ…」
正気に戻ったヴァルは恐る恐るフィーユを見ると、彼女は小刻みに震えていた。
「師匠?」
フィーユが俯いていた顔を、勢いよく上げた。
涙目で少し赤くなっている顔は、彼は一生忘れないだろう。
「早いわぁ!!!!」
ドスッ
「み、鳩尾は、よくないって…。」
気絶はしなかったが、彼はしばらく蹲っていた。
このグーパンも一生忘れないだろう。。。
ヴァレツトが回復してしばらく経った後、2人は王国の方へ足を進ようとしていた。
彼の首にあるネックレスは、遭難当時持っていたものの1つだ。
着ていた服をどうしようかと迷っていたが、売ることにした。
着れないので持っていても仕方がないのと、師匠へのせめてもの恩返しという意味を込めてのヴァレツトからの贈り物である。
そんな訳で、彼が着ている服は町へ買いに行ったものである。
簡素ではあるが、十分動きやすい。
相変わらずおっちゃんはりんごを勧めてきた。
もちろん買っていないが。
赤の森から王城のある王都まで、おおよそ120kmほどある。
東京から静岡までが約150kmなので、それくらいだと考えてほしい。
つまり、15歳男子と12歳女子が踏破するにはほぼ不可能である。
このことを知ってか知らまいか、2人は直接王都へ行くのではなく、まずあの町へ向かっていた。
馬車に乗せてもらうためだ。
王都へ行く馬車は案外はやく見つかった。
りんごのおっちゃん、2月に1度、王都へりんご等を売りに行くらしい。
やるぅ。
今度からはちゃんとりんご買おう。
フィーユは密かに心に決めた。
結論から言うと、王都には1週間かからずに着いた。
無料で乗せてもらう訳にも行かなかったので、こちらから護衛役を買って出たのだが、魔物との戦闘が3回ほどあった。
全てヴァレツトに任せたのだが、その話はまた今度しよう。
「どこ行こっか…。やっぱ王城?」
「大丈夫でしょうか。突然現れて王子だなんて名乗っても」
「ネックレスあるんだから大丈夫なんじゃん?」
軽く流したが、1番の問題である。
ネックレスでどうにかなりそうだが、門番が知っているのかは怪しい。
役所で身分証作った時の板でも使わせてもらおうかとでも思ったが、騒ぎになるのは不味い。
少し賭けではあるが、王に近付く手段は1つ。
「捕まってみる?」
「え?捕まる?捕縛されるって事ですか?」
「そ。手っ取り早くね?」
「大丈夫ですかね…。王に会う前に殺されなきゃいいんですけど…。」
「ネックレス知ってるやつが1人でもいる事を祈るのみだな」
苦笑いしか出来ない。
最悪死ぬのだ。
だが、一か八かの勝負に出るしかない。
捕縛される手段──どんな犯罪を犯そうか──を考えていると、いつの間にか城門に着いた。
剣を腰にぶら下げ、そこそこ丈夫そうな鎧を着た門番が4人いる。
割と強そうな雰囲気はある。
「よし、燃やすか。」
審議の結果、城門を燃やす事になった。
2人ではなく、フィーユ1人で。
ヴァレツトは仮にも王子なのだから、万が一市民に見られていたら不味い。
最初彼は猛反対していたが、自分の立場を理解させるのに時間はいらなかった。
フィーユが掌に炎をチラつかせれば、彼は黙った。
まだまだ師匠の魔法には及ばないという諦めか、幼い頃見た師匠の恐怖が蘇ったのか。
それは定かではない。
「じゃ行くぞー。ほいっと。」
息をするかのように、一瞬で巨大な炎を出した。
そしてそれを城門の方へ放ったが、門番には被害はない。
「敵わんな。。。」
ため息混じりの、少し嬉しそうな声が、フィーユに聞こえることはなかった。
2人は無事?に王の前に出ることが出来た。
両手を後ろで縛られ、ネックレスが見せられない事を懸念し、予め見えるようにしておいた。
すると案の定、国王は気付いた。
「その宝石…。もしやアレファノか?」
「はい、父上。お久しぶりです。お元気でしたか?」
アレファノはニッコリと微笑んだ。
こいつこんな社交辞令どこで覚えたんだよ。とフィーユが心の中で愚痴を漏らしたのはここだけの話。
国王の指示で2人は解放されたが、いつの間にか親子で凄く盛り上がっていた。
「なぁ、国王ってあんなお喋りなもん?」
「はい。王は世間話好きで有名ですので。」
近くの衛兵に聞いたが、少し衝撃だった。
つまるところ、お喋り王か。
しかし不味いな。このままだと空気にされて帰れなくなる。
しかし、フィーユの不安は的中しなかった。
親子の方から、こんな会話が聞こえてきた。
「あの城門はお前が?」
「いえ、あれは師匠が。」
「師匠?その方はどこに?」
「あちらに。」
「女子ではないか。」
「あの方が僕の師匠です。」
随分と王には舐められているが、ひとまず笑顔で返す。
「師匠は僕を養うだけでなく、魔法までも教えてくれました。少女じゃありませんよ。」
アレファノの言葉に少し驚いた様子だった。
2人でもう少し話した後、王がこちらを向いた。
「フィーユ殿。此度は本当にありがとうございます。ユークオレ王国を代表して、お礼を申し上げます。何かご要望があれば、私どもが力になります。」
しめた。
このまま帰るつもりだったが、予定変更だ。
「では1つ。王国周辺の地図はありますか?」
「えぇ、ありますとも。どのくらいの域がいいですかな?」
「最大で」
にっこり。
国王も返してくれた。
「セバス!」
おっと、ありきたり。
執事服を着た老人が早歩きで寄ってきた。
(やべぇよ生で見るの初めてだよ)
興奮して来たが、顔にだして不快感を覚えさせると不味い。
地図も見れずに追い出されたらたまったもんじゃない。
セバスは、出て行ってから1分もしない内に帰ってきた。
早すぎる。
「こちらでどうでしょう。」
王に渡されたのはB3サイズの紙だった。
その中心には、桃の様な、はたまた心臓の様な形をした島が記されていた。
よう見ると、赤の森は中心よりやや下にある。
その左の方に王城はあった。
「これの複製を頂いても?」
「そちらを持って行っても構いません。息子の恩人への、せめてもの礼ですので。」
「有難く頂戴します。」
フィーユとアレファノは城の中庭へ出た。
もう既に日は傾き、壁が真っ赤に染まっている。
「地図なんて貰って、旅でもするのですか。」
「あぁ、ゆっくりとね。実際、あの森から出たことなかったし。」
「気を付けて下さいよ?外見まだまだ幼い少女なんですから。」
「私が誰かに倒されるとでも?」
「そうでしたね。」
悪巧みでもしてそうな顔でアレフを見ると、彼も負けじと応戦してくる。
2人はおかしく思い、吹き出した。
「明日の朝にはもう出るよ。」
「そうですか。気を付けて下さい。」
「その言葉はまた明日な?」
そう言っていると、セバスが食事へと2人を案内しにやって来た。
めっちゃ簡略化されてますが、現時点で判明している所の地図を書きました。
Excelで頑張ったんですが難し過ぎ。。。
次の話で出してみたいと思います。
ほんとに簡素だから。。。。