09.反転のチャンス
「え……栞……。」
驚きのあまり声も出ないって感じでした。そりゃそうですよね、せっかく応援してくれていたのに、今それが全て仇になっているんですから。
「……栞って意外とダイタンなのね!」
「え?」
今度驚いたのは私の方です。そういう捉え方するんですか!?
「栞って引っ込み思案だから、そういうことをする勇気があまり出ない人だとてっきり……、ごめん!」
「いや、何で朱音ちゃんが謝るの……?」
そうです。根本的なことがおかしいのです。せっかく今まで力を貸してくれたのに……それを裏切るような形となってしまったのです。
恐らく、男子マネージャーに神谷君を選んだのも私のために朱音ちゃんが仕向けたのでしょう。
「だってもう告ってるとはさすがに思わなかったからさ。まあ普通だったら気まずいけど、むしろこれは栞にとってはチャンスだよね。」
「え、何の……?」
「だって、まだ修のこと好きなんでしょ?」
私はびっくりして飛び上がってしまいました。
「い、いや……そ、そんなわけじゃ…な、ないし!」
「もう顔にも口調にも全部出てるって。」
朱音ちゃんに笑いながらそう言われて、私は思わず両手で顔を覆い隠してしまいます。
「い、いつから分かってたの!?」
「いつからって最初っからだよ。今年に入ってからでも、ずっと修のこと見てるじゃん。もうなんかバレバレって感じのバレバレだよ。」
聞けば聞くほど恥ずかしくなってしまいます。穴があったら入りたいよ……。
要は朱音ちゃんが鋭すぎるのではなくて、下手したらクラスの大半が知ってるかもしれないってことになるのかな。
「え、じゃあ神谷君も気づいてるのかな……私の気持ちに……。」
「気づいてるって栞、告ったんでしょ?そりゃ知ってるでしょ。」
「あ、そっか。」
落ち着きましょう、私。
「でも、振られてなおも好きって相当ゾッコンだよね。なんかハードなキッカケでもあったわけ?」
「そ、それは……。」
それは一番答えたくない質問なのです。確かにキッカケはありました。でも、大っぴらに話すというのはとても恥ずかしいのです。
相手が例え、朱音ちゃんでも。
「ま、言いたくないこともあるよね。」
私が下を向いて俯いていると朱音ちゃんが無理矢理納得してくれました。朱音ちゃんが話の分かる人で本当に良かった……。
「ねえ。朱音ちゃんって幼馴染なんだよね?神谷君と入江君と。」
「まあそうなるわね。」
「昔ってどんな感じだったの?」
私がそう言うと、朱音ちゃんはなんだか嬉しそうに話し始めました。
「そうねえ。昔は3人の家が近かったから、よく家の前の道路とかでよく遊んだりしたなあ。」
幼い頃の話とはいえ、私が少し朱音ちゃんを羨ましいと思ったのはナイショです。
「なんかその頃は私が野球にしてもサッカーにしても全部あの2人を蹴散らしてたらしいんだけど、正直記憶にないの。気のせいであってほしいんだけど……。」
「その頃から運動神経良かったんだね……。」
部内で強さを決める番手というのがあるのですが、朱音ちゃんは1番手でした。
「いや、そんなことないって!後、小っちゃい頃は2人ともやんちゃだったなあ。私もそうなんだけどね。」
入江君は今でもちょっと少年っぽいところはあるけど、神谷君がやんちゃってのは意外だなあ。クールなところもいいんだけど、ね。
「なんか電車で少し行った先にでっけえ山があるから、そこ探検しようぜって言われて登ったりしたわ。結局何もなかったけどね。」
「なんかかわいいね。3人とも。」
そう言うと、朱音ちゃんは照れ隠ししながらクスクスと笑いました。
「あ、後こんな話も!」
朱音ちゃんがそう言って手をポンとたたいた時、部室のドアが勢いよく開きました。思わずドアの方を見てしまいます。
「朱音!栞!試合全部終わったって。整備入るよ。」
ドアを開けたのは引退も近い先輩でした。その言葉を聞いて、私達は動き始めます。
「この続きはまた今度ね!」
「……うん!」
結局、その後は使ったコートを整備して、顧問の先生からお話を頂いて……と、忙しすぎて、朱音ちゃんと話す暇は無かったのですが、なんだかとても有意義な時間でした。
明日は、硬式テニスが、練習試合をするようなので部活はオフ。久々にゆっくりできます。
「もーちょいゆっくりさせてくれよ……。」
「ゆっくりってバカ!?今日は月曜だよ月曜!起きて起きて!」
何事もないように繰り返される日常。ああ、休日が恋しい……。
思えばこの土日は散々だった。特に土曜。午前にいきなり開登が押しかけてきて、内密(?)な、部活の話をした後は、午後は地獄のボーリング連続3ゲーム。
この3ゲームのせいで、完全に手がつって、その痛みが日曜にまで持ち越されるという魂胆です。未だに凛は俺が茶道部に入部したと思い込んでるしもう最悪だ。
あれ?これって思い返せば全て開登がいけないんじゃあ……。そんなことに気づきかけたその時、謎の高温の物体が頬に直撃。
「ってあっつ!!」
昨日の残りの唐揚げが頬にダイレクトアタック。そう、日常は繰り返されるのだ。
「おはよう。おにーちゃん。」
「……おはよう。」
げっそりした1週間の始まりだったとさ。
「よっ。修!」
そう俺が開登に呼び止められたのは過酷な朝を乗り切り、登校して校内に入ってからだった。
「ナンダオマエ……。」
「おお、今日は一段と私怨がこもってるねえ。」
「あったりめえだ。」
「まあまあ今日くらいは穏便にいこうや。修君。」
「今日くらいは……って今日なんかあったか?」
記憶を辿ってみるも、出てくるのはいつも通りのだるすぎる月曜日くらいだ。
「修お前、あんな一大イベントを忘れたのか。体育祭の選手決めだよ!」
それを一大イベントと呼ぶなら体育祭本番は何イベントに分類されるんだよ。
「正直あんまり興味ないんだが……。いつも通り、ちゃっちゃと終わる100mに出るつもりだし。」
中学時代から俺は100m走一本で頑張ってきた。足の速さにはそこそこ自信があったし何よりすぐ終わる。まさに俺のためにあるというような競技だ。
「お前俺と二人三脚に出る約束はどこ行ったんだよ!?」
「してねえよ!」
「俺と二人三脚に出れたら死んでもいいって言ってたじゃねえかよ!」
「いやそんな人生嫌だ!俺の生涯、悔いしか残らねえ!」
こんなくだらない会話をしているが、正直言って俺にはそれよりももっと重要なことがあった。
男子マネージャーうんぬんの締め切りが今日なのである。と、言ってもはなから断るつもりで学校に来ている。今更テニス部に戻るなんてまっぴらごめんだ。
ただ、そのはずなのに謎の葛藤がもやもやしているのはなぜなのだろう。以前言ったようにもしかしたら心のどこかで部活を楽しんでいる自分がいるのか?
……そんなはずはない。俺は深く深呼吸をした。
「あ、じゃあ2人でムカデ競争でも出ようぜ!」
「2人で出れるか!」
そして開登は俺の深呼吸を一瞬で台無しにした。